第104話 人身掌握

 ビルの56階は、7つの区画で構成さらている。ヴィズたちの狙っている装置やコンピューターの本体が置かれたサーバールーム。事務と業務を行う事務所。2つの会議室と管理者専用のオフィスだ。

 フロアの大部分をサーバールームが占めており、そこへ安全に向かうべく、最初に着手したのはこのフロアを制圧だ。


 事前情報と偵察から、このフロアにいる社員は、15から20人。

 その人数を2人で制圧しなければならなず、その成否は2人の迅速さに委ねられた。

 

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 フロアの人間が、爆竹の音に驚き体が硬直している間にヴィズたちは、銃を持って彼らの前に姿を現す必要がある。

 そうする事で爆竹の炸裂音を銃声だと誤認させ、社員たちを驚愕から恐怖に陥れることが出来れば、その時点で制圧は完了するからだ。


 ヴィズが、ローレンシアに手で指示を出し、管理者オフィスへと突撃させ、それと並行して、ヴィズ自身は会議室の一つに走った。


 予告もなく扉を蹴破り、サブマシンガンを構え、即座にパイを切り分けるように室内の状態を探る。結果的にこの部屋は無人だった。


clear脅威無し


 すぐさま隣の会議室に向かった。


「V! Office is vacant」

【ヴィクター! オフィスは空だった】


 オフィスを制圧したローレンシアが廊下を走り、事務区画へと向かう。


「copy………alright R. I don't gat 」

「コピー……分かった、ロメオ こっちも空だ」


 情報を更新しながら、次の会議室の扉を蹴破った。


 合板の扉からドアノブのキーシリンダーが飛び出し、木片を纏ったヴィズが部屋に飛び込む


 その部屋は、コーヒーの匂いが満ち、プロジェクターの鈍い白だけの光源で、その周りを6人の人間が雁首がんくび揃えて唖然としていた。


「…………」


 ヴィズに対して一様に注がれる視線は、彼らが理解不能な事態に陥り、思考が停止している烏合の衆であると物語っている。そんな彼らにヴィズが命令を下す。


「Evrebady hands up!」

【全員、手を上げろ!】


 2人の女性と4人の男性が椅子に座ったままでこちらを見ている。誰も動かない。事態がまだ理解できていないのだ。


 ヴィズは素早く、烏合の衆を見回し、潜在的な脅威の皆無を確認すると、手足の制御を自虐心とアドレナリンに預けた。


「hands fuck'in up!!」

【さっさと従え!!】


そう声を荒立てて、1番手前にいた男の頭をディスク上のキーボードへと叩きつけてる。


 男のうめき声とキーボードの弾け飛ぶ音が響いた。


「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」


 その事態を理解した隣の女性が狂ったような悲鳴をあげた。ので、ヴィズは躊躇なく銃でその女を殴りつけて叫びをすすり泣きに変えさせた。


「き、君! 何をしているかわかっているのかっ!!?」

 

 そう声を挙げたのは、頭髪が薄く肥えた腹の中年。


 ヴィズは、目を細めその男のを瞬時に分析する。腹の肉は社会的地位と金銭的余裕が作り出したものに違いない。それを補足するのは寸法と体型が完全に調和したスーツを着ているからだ。

 そして、それらの情報がこの男がこの場において、何かしらの権限を持つリーダー的存在だと示している。


「Sir. how's speak English?」

【お偉いさん、この中に英語を喋れる者は?】


「な、なにを言っているんだ君はっ!?」


 ヴィズは、ハグでもするような雰囲気で、男に近づき、そのまま豹変したように殴り倒した。そして統率者の無力化する。


「うぅぅ、なぜだ」


 大の大人が1発のフックで戦意を失い、血と歯の混ざったよだれを垂らしながら泣き崩れる様は、指揮系統を崩壊させる断首作戦としては満点だ。


「who is next?」

【次の相手は誰だ?】


「…………」


「great. iet's a genocide time Baby」

【そうか、そうか。じゃあ虐殺といきましょう】


 ヴィズの視界の端で、1人の男が挙手をする。


「i.i.ICAN SPEAK ENGLISH!!」

【私は、英語を喋れます!!】


 怯えた様子で、無駄に声を張っての主張。自分だけは助かりたいのか、ヴィズの注意をひきたいのかのどちらかだ。


「great. Iwant you. uncle tom……」

【素晴らしい。あんたみたいななびく奴が欲しかった……】


 使い捨ての通訳を見つけたその時、男の視線が一瞬、ヴィズ以外の何かを見た。

 その一動作が、彼女の職業的危機察知能力を作動させる。


 名乗り出た男は囮で、ヴィズの死角からもう1人が取り押さえようと飛びかかった。


 反撃される可能性を低く見積もっていたヴィズだが、直前の違和感が神経を尖らせており察知、対応が追いつく。


 男がテーブルに飛び乗り、モニターを蹴散らせながら飛びかろうと試みた。

 大方狙いはヴィズの腰付近。タックル気味に突撃し、押し倒しながら拘束するつもりなのだろう。ヴィズに体格で勝っていることから、体重差という自分の優位性を理解した賢い行動だ。

 対するヴィズは、素早くおもちゃのサブマシンガンの吊りベルトを引いて、手を自由にすると、迷うことなく密造銃を取り出した。


 そのまま突撃してくる男を闘牛士さながらに華麗にかわす。

 攻撃に失敗した男は、戦闘行動の興奮アドレナリンに駆られてヴィズの方を向き直る。


 そこで、ヴィズが引き金を引いた。


 パンッ。と小さく軽い音の炸裂音が響く。22口径の銃声は、爆竹よりも小さいくらいの音だ。

 小爆発の後、一瞬悲鳴が上がり、すぐに辺りは静まり返える。


 時間が止まったような静寂の中で、撃たれた男はきょとんとした顔でヴィズを見つめていた。

 そして、すぐに自身の首から血が噴き出している事に気がつき、咄嗟に首を押さえた。


 水風船に穴を開けたように血が噴いた。その色は豊富な酸素量から新鮮なトマトのように鮮やかで、動脈に傷を負ったのは間違いない。

 

 ヴィズが会敵した2人のうち、1人に致命傷を負わせ、もう1人の方、ヴィズに英語が話せると言って注意を引きつけた方の対処に動く。といっても複雑な事はなにもない。


 既にその男は、仲間の惨状を目の当たりにして戦意を失い、蝋人形の如く硬直しているのだ。

 容易く男の手首を捻り、そのまま背後に回る。

 腕を折れば充分で、首を折れば完璧だ。だが、圧倒的優位に立ったヴィズは、そこであえて、男の膝裏を蹴って座らせると、腕と頭を押さえつけて、2人で並んで座るようにして死に行く仲間の最後を鑑賞させた。


 短く口笛を吹き、手で示して、血のスプリンクラーと化した男の方を見るように合図する。


 その指先の向こうでは、必死に両手で首の傷を押さえるも、止血には程遠く指の隙間から赤い滝が飛沫を散らす男が、助けを乞うように動いている。口は動いているが声は出ておらず、何かで傷口を塞ごうと辺りを見回すが、その意思に反して足が足に絡まった。

 そこから、止血を片手に任せて、片手で這おうとするが自身の体がそのまま重りになってしまっている。

 血が男を中心に円を作り、力の入らない体を無理矢理動かす様子は、文字通り血の海を泳いでいる。

 ……泳いでいた。男は電池が切れたように動きが鈍くなり、自身の血の中に顔を沈めながら力尽き、末期があったとしても血の泡沫に包まれて終わった。


「nice.nice work bitcs」

【いいじゃん、良い作戦だったね、馬鹿共】


 とヴィズが言う。

 拘束されている男は狂乱しながら叫んだ。


「あ、あんたはイカれてる!」


 それがこの男の最後の言葉だった。その言葉の直後、彼の顔は左向きに強く引き回され、脊椎とその中の中枢神経を捻じ切られたのだ。

 

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「こっちは制圧完了………何があったの?」


 ヴィズが2人を殺害した直後、他の部屋の制圧を終えたローレンシアと合流。ヴィズの方が行動が遅れており、その支援と状況確認に出向いたのだ。


「少し手こずった。残りを拘束しろ」


 ユリのようにうなだれた死体を放り捨てながら、他の人質を指差す。


「オッケー」


 ローレンシアは快活に答えて、流暢な日本語で誰も傷つけたくない、大人しく拘束されろと説き、結束バンドの束を取り出した。


 仲間が2人殺された現場を目の当たりにし、呆然としている。


「こいつらの目を見てみろ、“1000ヤードの凝視感情解離状態”だ。反抗する気力も削げただろう。」


 ヴィズの言った通り、他の者たち反抗の意思を見せずに従順に手足を結束バンドに通した。


 ヴィズは、ローレンシアに後を任せて、部屋を出ると、このフロアではもう一つ惨劇が起きていた事を知る。

 ローレンシアに任せてあった事務所の区画は嵐でもあったかのように物が散乱し、部屋のど真ん中に集められた人質たちは、手足を結束バンドで拘束された後、その上からガムテープを巻かれて補強され、顔も鼻以外の全てがガムテープでぐるぐる巻きにされている。人が1人で出来る作業量ではないので、誰かを脅して協力させたのだろう。


化け物フリークめ。私より手際がいいじゃないか……」

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