第82話 漆黒の装具

 艶消しの黒で統一された複合装甲製外骨格。長身痩躯のシルエットは、関節ごとに角張っていて、アンドロイドというよりはロボットに近い。顔はフルフェイスのヘルメットのような漆黒のシールド無機質にあつらえられているために、感情や生物らしいは微塵も存在しない。

 それが狗井に施された変装だ。


「狗井さん。その格好だと誰とは言いませんが、シスの暗黒卿っぽいですね。いや、伝説的なテクノグループかな」

 


キーラは、360度あらゆる視点から狗井を観察している。

 そんな彼女なか無機質な仁王立ちのまま人工声帯を通さない電子音声が答えた。


「黙れ、アンダーソン」


 狗井・天を構成する全てのパーツがキーラの興味を尽きさせなかった。


「アンドロイド君。私は君のご主人様だよ? ほら、あれ言ってください。“僕の名前はジョバニ・ジョルジョ。でも、みんなにはジョルジョって呼ばれてる”って」


 黒い塗装の電節義手が硬い拳を作り、あまりの出力から、指を構成するアクチュエーター類が風が鳴くような音で共振を起こしている。

 表情が見えず、側からは怒っているように見える彼女を青烏がたしなめた。


「狗井。今のあなたはジンドウ製の高機能アンドロイドE-15-B型で、シリアルナンバーは、25121991。スティノヴァ開発の要人警護兼通訳なんだよ。それらしく振る舞ってもらわないと困る」


「………分かっている」


「ソフトウェアもインストールしてあるから、言うべき事は分かってるでしょう」


 黒いカプセルのような形の頭がキーラに目線らしきものを注ぐ。


「………機械の代表として、お前とお前たちに反旗を翻したい」


 キーラはその巨影に対しておどけた。


「こ、これが審判の日ですか。………分かりました。番号25121991。コミニュケーション機能はオフにしてください」


「願ったり叶ったりだ」


 無機質然とした狗井を指差し、キーラは、青烏に尋ねた。


「あのー、青烏さん。アンドロイドって飛行機に持ち込めるのですか?」


「えぇ。問題ないよ。貨物ならね」


「良かったですね。狗井さ……番号25121991。トランク用ベルトコンベアの内側なんかそうそう見られませんよ」


「……………」


 漆黒のシールドには、キーラの笑顔が反射していた。


————————————————————


 準備期間は終盤に近づき、作戦行動の基本方針が確定されつつあった。


 「結論から言うと、“ムラマサ”の在処は2ヶ所のうちのどちらかだ。それ以上は分からない。確実な情報を探るならジンドウ・コーポの東京本社ビルのコンピュータを探す」


「2ヶ所? 4人のチームに対してか?

 その程度の確度ならいっそのことダーツで決めた方がマシだ」


「パールフレア。はっきり言うけど、あなたの仕事は私と議論する事じゃない。私の仕事はあなたに教えを説く事じゃない。あなたは私があなたに与える、あなたの仕事をこなして」


「……今日は元気がいいじゃないか」


場所を一つに絞れないのは問題は、ジンドウ独自のセキリティ・システムのせい。アクセス者のコードとは別にコンピューター本体のコードの認識を手動で行わらないとならないか、アクセスするには、ログイン暗号の入手とコンピューター本体の承認コード入力が必要で、後者はコンピューターに直接の打ち込まないといけない」


「アクセスだけで2人必要という事ですか………バカバカしい」


「非合理的、非効率的よね。ただ直接操作という手順のせいで、遠隔操作への対処能力は最強というしかない」


「で、どうすればいい?」


「ログインコードは私がここから手に入れる。パールフレアたちは、………東京本社に侵入して、コンピュータにUSBを接続してもらいたい。尚且つ、コンピュータが狙いだったとは気づかれないようにね」


「さながら忍者のようにか」


「ゴーストにも気取られないようにね」


————————————————————



「ねぇ、コレ、中身入ってるの?」


「もしもーし。狗井さーん」


 顔を指叩くローレンシア。


「聞くところによるとロボットは人を傷つけられないように設定されて———ぐぇぇ!」


 沈黙を続けていた狗井は、唐突にローレンシアの首を掴んだ。


は傷つけないよ。ハーフエルフ」


 首を押さえられ、しかも体をその腕一本で持ち上げられたローレンシアは、素で驚き、その表情は狗井の黒い顔に映り込む。


 2人の諍いを止めたのはヴィズだった。


「狗井。すごく気持ちは分かる。けど、キャッチ&リリースだ」


 パッと細い首を掴んでいた手が開き、落下するローレンシア。


「ゴホッ、ゴホッ。差別主義者め。命拾いしたわね」


 ローレンシアは蹲った姿勢で、咳き込みながらも尚捨て台詞を吐く。


「それはこっちのセリフだ。今回は大目に見てやる」


ローレンシアは、埃を払う仕草をしながらたち上がりると、拗ねたように狗井に背を向ける。


「偏頭痛がしてきた。パールフレアはよくこんなのと一緒にいて平気ね」


「我ながらそう思う。よくと一緒にいれるもんだ」


 目を細めるローレンシア。


「ねぇ、相棒。皮肉を言うときは前置きをしてもらわないと分からない」

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