第81話 『個人事業主』

 キーラは、銃器密造の新たな手法について、青烏の意見を求めようとしていた。


「青烏さん! ジンドウへの工作は順調ですか?」


 そう質問しながら青烏の忙しいさを推し量る。先輩ハッカーは、砂糖が飽和して底に溜まっているコーヒーカップを片手にパソコンをいじっていた。


「データは送られてきてるけど当たりがない。砂金を探してる気分」


 状況に変化はないようだったので、立て続けに質問を投げる。


「3Dプリンターで、リベレーターを作ろうと思うのですが………」 


 ゲーミングチェアの質の良いベアリングが音もなく回り青烏が振り返る。そうしてから人差し指を伸ばした。

 

「自作プラスチック製リベレーター粗製単発拳銃。俗称“プライベーター個人事業主”。その設計図の原版は削除されてしまったけど、データは無数に複製されて電脳の海を漂ってる」


 青烏はそう言ってパソコンを操作し、幼児向けのオモチャのようにカラフルな配色の密造銃の画像を引き当てる。

 

「そう。こんな感じのなら向こうでも調達できますよね?」


「かもね。ちょうどいい。私も設計図はダウンロードしてあるんだ」


「さすがアオさん! それを下さいな」


 青烏がキーボードを打鍵すると、すぐにキーラのタブレットにデータファイルが転送される。


「いいけど……これ、3Dプリンターだけじゃ作れないよ?」


自分の手柄を自慢しようと画策するキーラに、想定外の情報が飛び込む。


「え?」


「普通の銃が金属で賄うパーツを樹脂で作るだけだから、ところどころ金属部品が必要になる」


「ぐ、具体的に言いますと?!」


 青烏はゆっくりとコーヒー啜った。


「分かんない。私はガンスミス銃の専門家じゃないから」


————————————————————


 設計図を手に入れたキーラは、その足でヴィズの下へと戻った。


「………これが設計図なんですけど………足りないパーツって分かります?」


 勢いよく飛び出したキーラは、意気消沈して戻り、設計図を見せる。


 ヴィズは、そんなキーラの心身を気に留めずに資料を眺めた。


「あー、銃身と撃発機構の部品だな。

 安全装置も排莢機構も元から備えていないとは、ステンやグリースガンも真っ青な簡略だ」


 一通りの図面を頭に叩き込み、率直な感想を述べる。


45ACP45口径拳銃弾をこんな銃で撃ちたくない。それに、銃声は小さい方がいいからな」


 そして、独自の改良を考案した。


「よし、22口径を使うように変える」


 1人で納得しているヴィズに、キーラが問いかける。


「22口径だと、小さい分隠しやすそうですけど………その分、威力も落ちるわけですよね。でも使えるんですか?」


 ヴィズは手で作ったピストルをキーラに突きつけて答えた。


「そもそもドンパチ銃撃戦やるような銃じゃない。どんなに小さかろうが弾丸は弾丸だ。火薬で金属の塊を飛ばしている以上殺傷能力はある。

 まぁ、ライフルリングなんて粋な事はできない打ろうから……滑腔砲の22口径単発式。有効射程は4mもあれば讃美歌で讃えるべきだ」


 銃から放たれる弾丸の精度には、銃身は大きな影響力を持っている。まず、銃身の長さ。

 銃弾の爆発エネルギーは、銃身を通って放出されるため、銃身が長いほど弾丸は火薬の爆発を長く受けるので、受け取る運動エネルギーも大きくなる。

 また、現代の銃には、銃身の内側にライフルリングと呼ばれる螺旋状の溝が彫られている。弾丸内の火薬が爆発すると弾頭はこの溝に沿って、推進力の横方向に回転するエネルギーが加えられる。この回転エネルギーが“ジャイロ効果”を生み、弾丸の軌道を安定させる。

 しかし、ライフルリングは、弾丸を滑らか通過させつつ横方向への抵抗をかけなければならないので、非常にシビアな精度で施工されなければならない。それを加味してヴィズはこの2つの重要な要素を切り捨てたのだ。


「……戦闘すらを想定していない銃ですか」


キーラの戸惑いに簡潔に答える。


「そう。小指の爪みたいな弾丸だ。金属のボタンや肋骨は撃ち抜けないから、狙って撃つじゃなくて、当たるように撃つ。

 戦争では銃は凶器で護身具だけど、街中では交渉を有利にすすめる道具だ」


 彼女の頭の中にある銃の設計図は、自作できるほど簡素で、ポケットや掌にに収まるほどコンパクトで、その為に相対的に銃身口径共に小さく、殺傷能力も低くなっている。が、“相手に死の恐怖を植え付ける”という必要条件は満たしていた。

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