エピローグ

第75話 航海

 キュアアクアの甲板下倉庫の薄暗い空間には、空のコンテナが不規則に配置されており、室内戦闘を模した射撃場として使えるようになっていた。


「よーーい、はじめっ!」


 キーラの掛け声を皮切りに、ローレンシアは素早く銃を抜く。

 使用したのはコルト1911拳銃で、薬室内に1発、弾倉には7発の計8発の弾が込められている。

 銃を抜くと流れるような動作で、ダミー人形3体を撃ち倒す。

 

 消費弾は6発。所要時間は1.7秒。


 扇型に並んだ人形には、胴体と頭部にそれぞれ弾痕が創られていた。

 

 第1区間の掃討が終わり遮蔽物に身を隠すローレンシア。

 硝煙が立ち昇るコルトから弾倉を抜き取り、次の弾倉を装填。交換前の弾倉には弾が残っっていたが、これは戦術的に破棄した。


 第2区間に突入。たなびく銀髪の奥で紫色の瞳が忙しなく状況を捉えている。

 遮蔽物の間を移動しながら確認した、4体のダミー人形を相手取る。


 そのうちの2体には、精密な攻撃で致命箇所を撃ち抜く。


「……ちっ!」


 3体目を狙った時。排莢不良を起こしている事に気がついた。


 頭の中では実戦を想定している彼女は、このアクシデントに対し、咄嗟に身を屈めながら手動で薬莢を取り除き、敵を狙わずに乱射。

 弾の切れたコルトを投げ捨てながら、腰のリボルバーを抜き、縞鋼板しまこうはんの地面を這いながら3体目と4体目に2発ずつの弾丸を撃ち込んだ。


「はい! やめっっっ!」

 

 キーラが声を張り上げながらタイマーを止める。

 ローレンシアが歩くたびに空の薬莢がカラカラと音を立てて転がった。


「どう? 先生」


 ローレンシアがキーラのストップウォッチを覗き込む。


「ロ、ローレンシアさんは、4.6秒で7人を殺せるようですね」


 キーラは何度練習しても5秒を下回るかどうかだったので、ローレンシアの体捌きや判断力の高さが裏打ちされる結果だ。


 ローレンシアは、ルーリナからプレゼントされた大口径のリボルバーM500を左のホルスターに戻し、コルトのオープンホールドスライド後退の保持解いてから、太もものホルスターに差し込む。


 「筋力もあるからに自信はあるけど、このリボルバーの方は扱い難いな」


「“使用者の安全は保証しない”と注意書きされているような、文字通り最強の威力だけを求めた銃ですからね、連射して当てれるとかもう神技ですよ」


 キーラが、穴の空いたベニア板を指差しながら褒めると、ハーフエルフのアメジストのような目が吸血鬼の赤い目をじっと見上げた。


「さて、キーラ師匠。それでは免許皆伝の決闘といきますかね?」


 吸血鬼はオーバーリアクションで後退して、目を見開いた。


「いやいやいや! そんな事しませんよ!?」


————————————————————


同船内司令室。


 甲板で射撃練習をしているキーラとローレンシア以外の面々は皆この場にいた。


前触れは何もなく、ソファに腰掛けていたヴィズが、ドンッとテーブルに脚を載せた事がトリガーだった。


「ルー。腹を割って話そう」


 ヴィズからルーリナへの申し出に、人体工学関連の雑誌を読む狗井とパソコンに張り付いている青烏は、作業を中断せずにそれとなく会話を盗み聞いた。


「腹を割る。私は……たぶん大丈夫だけど、あなたは危くない?」


「………」


「吸血鬼ジョークよ。笑って?」


 舌打ちをして、タバコを咥えかけて止めるヴィズ。ソファの背もたれに肘をつき頬づえをかってダウナーに話し始めた。


「笑いたい気分じゃない。それよりローレンシア・シルバーシルビア・カニングの実態を知りたい気分だ」


「甲板に上がれば本人がいるでしょう? 天真爛漫てんしんらんまん頭脳明晰ずのうめいせき容姿端麗ようしたんれい、文武両道なハーフエルフが」


ふんとつまならそうに鼻を鳴らすヴィズ。

 ルーリナは目をくるりと回して話を続けた。


「悪い点は………簡単に説明すれば、ハイエナね。狡猾で獰猛で………仲間意識もないわけじゃない」


 怪訝な表情をするヴィズ。話を聞いていた青烏が割り込んだ。


「ハイエナは優秀な生き物ですよ。彼らは本来の学習能力が高い分、親などから社会性を学ばないと生態系から外れた凶暴性を示してたそうですし」


 青烏を全肯定するように指をパチンと鳴らすルーリナ。

 蚊帳の外のように扱われたヴィズは、露骨に不快感を表にする。


「素晴らしい知見をありがとう。私が議長なら退廷を命じてる。

 で、ルー。お前のあの女に対するスタンスはどうなってる?

 吸血鬼の社会だと、“礼儀知らず”は1番嫌われる部類だろう?」


「そうだけど、彼女も馬鹿じゃないから、自身の待遇が私たちの信頼で成り立っている事は理解しているの」


 眉間に皺を寄せ、タバコを咥えた。


「狂犬を放し飼いにしたいと?」


 ヴィズの所作を咎める事なく話を続けるルーリナ。


「狂犬に首輪は不要。ただ、犬笛で戻ってくるようにだけは躾ける」


 タバコに火をつけ、煙と共に言葉を吐き出す。


「なるほど……それだけなら私と一緒ってわけだ」


「そう。ローレンシアとあなたとの明確な違いは状況判断能力。彼女は“自分”と“その他”という二元論でしかものを考えないから、ブレーキ役が必要なの」


 タバコの灰を床に落としながらヴィズが呟いた。


「さしずめ私はブレーキを扱えるカナリアだな」


「確かに。あなたの観点からすればそれで間違ってない。あなたというカナリアが死ねば……、私は危機を察知できる」


 「クソ野郎」そう言ってタバコを強く吸うヴィズ。


「ヴィズ。私の観点から言わせてもらえば、あなたは私よりも安全なんだよ。何度も言うけどローレンシアは馬鹿じゃない。“犬の殺し方”を知っているからね」 


 ほぅとダークエルフの吐いた煙が“室内禁煙”のポスターを白ませた。


「は。“犬を殺すなら、尻尾でなく頭をねろ”ってヤツか………」


 ローレンシアもヴィズと目線を合わせるようにテーブルに肘をつく。


「そう。それがの流儀だ。ローレンシアは、その流儀を知っていて、その流儀を破るとどうなるかも知っている」


「私だって、マイアミにいた頃は、その手の話に“大工”として絡んだ事がある。それで、だ。その常識があの女に通じるのか、それが問題だ」


 吸血鬼が、ダークエルフとの間にかかる紫煙由来のモヤを息で吹き払い。牙を見せるように微笑んだ。


「うーん。ヴィズ。常識じゃなくって、法則だよ。

 この際だから、あなたにも一つ教えておこう。バベルの塔を作ろうとした人々や蝋燭の羽で空を目指した古代人を思い出してみて? 

 次に、とあるアイルランド系アメリカ人の兄弟を思い出して。

 マフィアという言葉を世間一般に広く認知させたのは、60年代初めのアメリカ合衆国の司法長官だ。その人物は、現代まで続く組織犯罪対策の礎を築いた人物で、名前を|ロバート・ケネディという。この人物が、とあるアイルランド系アメリカ人の兄弟の弟の方だ。そして、彼は犬の頭か尻尾かで言えば尻尾になる。

 では、彼の頭は誰になるか? それは彼の兄で、当時の大統領だったJFKその人。

 さらに………念を押すとすると、彼がなぜで撃たれてしまったのか、なぜその狙撃犯が、大統領の死を嘆く元大統領夫人の涙に感化された義憤に満ちたイタリア人に報復されたかを考察してもらいたい」


「…………ゴホゴホッ——」ヴィズは咳き込んだ。


 無意識のうちにダバコを吸い尽くし、フィルターの溶けたガスまでも吸い込んでいたのだ。


「吸いすぎよヴィズ。フィルターまで吸うなんてね……。そうだ。近いうちにピッグス湾で採れる一級品の葉巻を贈るよ。あれはフィルターがないからね」


 生返事を繰り返しながらタバコをもみ消すヴィズ。

 ルーリナは、消されていく火種を眺めながら言い放った。


 「とまれ………ローレンシアがあの傍若無人な振る舞いの影で、私にどのような感情を抱いているかは理解出来たでしょう?」


「あぁ……その………完璧に理解した」


 ルーリナは優しく微笑みながら、茶化すようにヴィズの両頬をつまむ。


「友よ。私を恐れる必要はない。これは私がついているからローレンシアを恐れる必要がないと言う話だ」


 吸血鬼はそう言い残して部屋を出て行った。


 残ったダークエルフは、次のタバコを咥え、深く深く息を吸い、有害物質に思考を整理させた。

 

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