第74話 静かなる船旅
「忽然と消える殺人犯。ジャック・ザ・リッパーの再来とかってメディアが騒ぐかもしれませんね」
青烏は、キュアアクア船内でそう宣った。
実際に、ヴィズたちの足取りは燃える車を残して完全に消失。決定的な証拠は一つも残っていない。
これは、ヴィズとローレンシアがキーラの運転するバンに乗り換え、その後、人目のつかない道を通ってウェールズに抜け、そこの港でバンを貨物船に載せて隠蔽し、本人たちは、ボートで洋上に出てから貨物船『キュアアクア』に回収するという何重もの偽装工作の結果だった。
また、最後の移動に使ったボートは海底に遺棄され、道中の移動に使用したバンは、書類上では正規の手続きを経て輸出されている。
「スコットランドヤードもジェームズ・ボンドたちも「ハメられた」と言うでしょうね」
混沌とした行動にこの落とし所を設けれたのはひとえに彼女の手腕だ。
「でも、青……その……今回はぐちゃぐちゃになってしまったけど……大丈夫?」
手を揉んで落ち着かないルーリアを諭す。
「作戦の規模が………想定の100倍くらい大きくなったけど、やる事は変わってない。
ダークエルフやらサイボーグの武装集団が法治国家で大暴れして、私はそれが誰の仕業だったのかを隠蔽する。
最初から隠すべきポイントは変わっていませんし、私はそれを完璧にこなしているからね———!」
キメ顔を作っていた青烏は、ドアの開閉する音で不意に飛び跳ねた。
入ってきたのは、船に乗り込んだばかりのヴィズで、彼女は目を見開く青烏など気に留めず、ルーリナへと歩み寄る。
「ヴィ、ヴィズ。無事に帰ってきてくれてありがとう……」
その姿は、髪はボサボサでまとまりがなく、格好はボロボロ。
血と硝煙にガソリンとタバコの臭いが混じった暴力と犯罪の権化のようだった。
修羅の雰囲気に気圧されるルーリナに、ヴィズはスマートファンを見せつけた。
「奴が無罪の証拠とかいう写真だ。私にはこの言語は読めない」
瞬きしながら、スマホを覗き込む吸血鬼は、写真の文章がラテン語だと断定し、読み解いた。
「ありゃりゃ………本当に、彼女への嫌疑が晴れちゃった」
ルーリアはそう呟くと顔を手で覆い、無念と後悔に歯を食いしばる。
そんな彼女にヴィズが耳元で囁いた。
「あの女は相当弱っていてる。今なら私でも殺す事が出来る」
「———っ!?」
顔を上げ、ヴィズの目を見つめるルーリナ。
ダークエルフの目には、“ただ可能性の話をしただけ”とばかりに何の感情も映し出されていない。
————————————————————
「あら、ルーリナ。私の靴を舐めたそうね?」
ローレンシアは、勝ち気な笑みを浮かべ、憎まれ口を叩き。
対面したルーリナはポーカーフェイスじみた微笑みを浮かべていた。
ローレンシアは甲板のど真ん中に立ち、ルーリナは船橋から伸びる日除けの陰で、狗井を引き連れて相対。
ハーフエルフと吸血鬼の橋渡しをするようにダークエルフはその中間に立っていた。
「左と右、どっちの足を舐める?」
挑発するように交互に足を上げたローレンシアだが、右足を上げた時だげ表情が強張らせていた。ヴィズが見抜いた通り、ローレンシアは体面をなんとか取り繕うだけで精一杯なほどに疲弊している。
「ローレンシア。私の誤解だった。貴女はバイオテロの犯人ではない」
「ふっふふ。何度もそう言ったでしょ? この落とし前はどうつけてくれるの? ルーリナ女王様?」
「しっかりと貴女と向き合って、責任は取るよ」
ルーリナは、ちらりとヴィズに視線を向け、もう一度ローレンシアを見つめる。
強気な態度を崩さないハーフエルフだが、額にはうっすらと汗が浮き、呼吸も僅かに荒くなっている。
「回りくどい言い方をしないでよ。あんまりイライラさせると、あんたを蒸発させるよ?」
ローレンシアの殺気を察知して、狗井が身構え、ヴィズも密かにホルスターに手をかけたが、2人をルーリナが制した。
「ローレンシア。貴女のような危険人物を野放しにはしておけないの」
吸血鬼が冷淡に言い放ち、その言葉にハーフエルフは逆上。
「ふっ、ふざけるな! もういい! この船ごと沈めて———」
「出来るものならやってみなさい。貴女でもこの船のシェルターを撃ち抜くのは不可能だ。それに沈めるほどのダメージは与えさせない」
ローレンシアは、ヴィズ、ルーリナ、狗井を睨んだが、攻撃を仕掛ける事はない。始まれば事は一瞬で決着がつく状況で、ローレンシアには3人を仕留める体力がないからだ。
「…………」
ルーリナは、パチンと指を鳴らし、ヴィズと狗井を睨むローレンシアの注意を向けさせる。
「話の続き。貴女を野放しにはしておけないから、私に服従するなら生かしてあげる。拒否するなら殺す」
「……ちっ……………」
ルーリナ、ローレンシアともに睨み合いを続けたが、優勢に立っているのはルーリナで、場の指導権も彼女が握っている。
「早く答えを出さないと、日が沈んでしまうよ?」
ルーリナは勝った気でいて、ヴィズは何かの理由をつけてローレンシアを撃ち殺す算段を立てている。
ローレンシアだけが脳裏で突破口を探し回っていた。
「…………あんたの下にはつかない———」
ハーフエルフの魔女は、自身の発言がどんな意味を持つか理解している。まずルーリナが期待していた答えではない事。次に、ヴィズに殺していい理由を与える事。
「………まさか、貴女がプライドを取るなんて——」
ルーリナは明らかに諦観し、失望を隠さず。ヴィズは、一切雰囲気を変えずに虎視眈々とローレンシアを狙っていた。
ので、ローレンシアは、シュレディンガーの猫どうように未確定な生死の狭間で切り札を使う。
「だから、パールフレアの下にならつく」
「は?」
狗井は、何かを聞き間違えたと思い、ヴィズは意味が理解できていない。ルーリナは唖然としていた。
「ルー。あなたは私を殺すのは惜しいと思っているのでしょう?」
ローレンシアは、もともと負け戦なのを察していたので、いかに上手く敗北するかを探り、主導権をルーリナと自身で等分する事に成功した。
そして、露骨に戸惑うルーリナ。
「パールフレアは私の配下にあるのよ?」
ローレンシアは、動向を伺いつつ笑顔で応える。
「えぇ。でも、私はパールフレアの下について、彼女の命令しか聞かない」
ローレンシアは、事実上で全面降伏しつつ、自身に好待遇を望んで策を練る。
ルーリナもヴィズという緩衝材を挟めばローレンシアを服従させれると考えた。
「そうしようかな。お互い適度な距離を保ちつつ、意見交換は出来る。考えれば名案ね」
「ルー。相変わらず聡明で優れたカリスマ性ね」
「待て。ルーリナ。何がどう転んだらこんな奴を信頼しようと思える?」
ヴィズの反対をルーリナが雇い主として却下する。
「まず彼女の扱い方は分かったでしょう? それにあなたはこのオファーを断ることができない」
「私が殺されたらお前のせいだ」
「ははっ。ヴィズ……ヴィズ・パールフレア。いままでもずっとそうだったでしょう?」
タバコを咥えたヴィズは、そこで閃いた。
「くそっ。ローレンシア」
ローレンシアは、ヴィズの呼びかけに答え、わざとらしく跪く。
「はいはい。我がマスター」
ハーフエルフはキラキラとした目で命令を待ち、ダークエルフは半ば祈りのような命令を下した。
「自害しろ」
「却下します。ルーリナに言わされてるようですから」
勝ち気な笑みを浮かべて欄干へと寄りかかるハーフエルフを横目に、ルーリナがヴィズを手招く。
「彼女は、別格の魔導士で、人格破綻者で、ロクでもない奴だけど、幸いな事にバカじゃない」
ルーリナの言葉に耳を疑うヴィズ。
「あんたが何を考えてるのか分からない」
「深い事は考えてない。ただ、今の彼女は、あなたについて歩く、“歩き回る影法師”だ——」
「さっすが! ルーね! 私は正に、その偉大なダークエルフの歩き回る影法師だ」
ヴィズは、ニコニコと笑うローレンシアを横目にルーリナにだけ聞こえるように囁く。
「吸血鬼は知らないのかもしれないが、影は夜になれば姿を眩ますぞ」
「やーね、ヴィズ。その影じゃないんだよ」
「チッ。分かったもういい。私は私の役割を果たすだけだ」
「えぇ、それ以上は望まない」
ダークエルフは、すべてがどうでもいいと言わんばかりに会話を終わらせ、流れるような仕草でタバコを咥えた。
「ローレンシア。人様、特に私に迷惑をかけないように、とりあえずカモメの真似をしていろ」
「………は?」
デタラメな命令を受けた銀髪の魔女は、きょとんとしていたが………。
「だから……——っ! おい、馬鹿」
なんの
「我がマスター。いえ。ヴィズ。あなたの命令を半分だけ聞こう」
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