第76話 IRON MAN

フランス共和国 パリ

 

 パリの色町にある寂れたバーに、シエーラ・ヴァーミリーは姿を現した。

 顔馴染みの店主に挨拶もせずにカウンター席に座ると、無愛想にオーダー押し付ける。


「ウォッカ。ストレート単体で」


 店主が、ショットグラスに、雪解け水のように澄んだウォッカを注ぐとエルフは一口で飲み干す。


「あの仕事の支払い完了したよ」


 ショットグラスをカウンターテーブルに置きながら呟く。


「チャックとイザベラの報酬を払ってきた」


 エルフの言葉にジャンガロ・ホッピは静かに頷いた。


「……俺たちにできるのはそれだけだ」


 ルーリナに雇われた傭兵の内、戦死者は2名。

 チャックと呼ばれたスコットランド人とイザベラと呼ばれたフランス人だ。


 あの一件で、ジャンガロ・ホッピも片手を強力な魔力照射を受けた為に欠損したが、彼の場合は命に別状はなく、腕も義手という形で再生している。


 シエーラは、ジャンガロにウォッカを注ぐように促し、また一気に飲み干した。


「イザベラは、親の家に金を置いてくるだけで済んだのだけど………」


 話の中でカウンターを軽く叩き、ウォッカをねだる。


「チャックは、離婚した奥さんとその子供たちに渡しに行って、鉢合わせになった」


 そう言いながらウォッカを煽り、力を失ったようにカウンターに突っ伏した。


「仲間が死ぬのだけは慣れないなぁ。フランスやドイツ、ビアフラやコンゴでも経験したのにね」


 ジャンガロはグラスを磨きながら、黙って話を聞きいた。


「クソ。せめて、あのハーフエルフを殺したっかった。ぶっ殺して、なんも処理もせずに干し首にしてやりたい!」


「シエーラ、落ち着け。俺たちは傭兵だろ? 死ぬリスクも報酬に乗っけてるんだ」


「私に説教するのっ!?」


 バンッ! とカウンターに手をつき椅子を倒しながら立ち上がり、その直後に青ざめる。


「ごめんなさい。ジャンガロ。声を荒げてしまって……」


 酔いが回りとろんとした目のエルフが重力に負けるように突っ伏した。


「チャック、イザベラ、ザンギトーにあなた、それにヴィズ・パールフレアもイヌイ・テン、最後に私。この全員の命を賭けた作戦だったし、成功を収めてる。今更台無しにするつもりはないわよ」


 シエーラはそのまま俯いて黙り、ジャンガロは彼女が泣いているのだろうと声をかけなかった。

 だから、次にシエーラが顔を上げるのはかなり時間が経ってからだった。


「放浪の旅に出る」


ジャンガロの作業の腕が止まり、恐れを抱いた小さな目がエルフの顔を向く。


「大佐。どこへ行く? 行き先を俺に告げれるか?」


 エルフの傭兵は、自分が心配されている事に遅まきに気がついた。


「言わない。ただ、あなたの思っているような——」


彼女は、地面と天井、その先にある上の世界と下の世界を指でしめす。


「——場所じゃない。この空の続くところに行く。貸し借りもない自由なところへね」


 千鳥足のエルフは、悲しげな口笛を吹きながら駅の方へと歩いていった。



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イギリス ロンドン


 惨劇の夜が明けたカニング邸は、悲しみに包まれながら、メアリー“レディ・メアリー”カニングとチャールズ“チャック”カニングの葬儀が行われた。


 喪主は、チャールズの息子にして、次期カニング家当主アルフレッド・カニングが務め、未成年である彼の後見人にはサマンサ・カニングが付いた。

 葬儀は近親者のみで取り行なわれていたが、事件性を隠せない家屋の損傷やロンドン近辺で多発したトラブルとの関係を紐付けたマスコミが騒ぎが起こし、警官隊が駆けつけるような騒ぎにまで発展した。


 司法はこの一連の“カニング家の関わったとされる事件”を個別の事故として処理し、事件は解決されたとしている。

 そして、大手マスメディア群は、カニング家の訃報を小さく伝えること以外の一切を言及せずに話題を別のより華々しく、スキャンダラスなモノへと切り替えっていった。


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 母と兄の葬儀の終わったサマンサは、その足で、『エドワードの店』に出向く。そこで客人を迎えた。


「初めまして……ではないか、カニングさん?」


 サマンサが会う約束をしていたのは2人のアメリカ人で、2人ともサマンサの兄と同じように軍人の雰囲気が取り憑いている。


 サマンサは、ブロンドの髪に目をサングラスで隠した男には見覚えがあった。


「えぇ、あなたとは以前……パキスタンのアメリカ大使館広報担当官の個人パーティーで会いましたね。確か、名前はジョン・スミスさん」


 ビジネススマイルを浮かべるブロンド男。


「さすが名家の御令嬢。。だが、そんな男は


 男の背後にはクルーカットの痩身の男が立っていて、常にサマンサの動向を伺っている。

 サマンサは、その2人を神経質な目で交互に見た。


会社カンパニー勤めのお2人さんは、スパイごっこに付き合って欲しいの?」


「今の俺たちにラングラーCIAは関係ない。サム——」


 ブロンド男が猫撫で声で、魔導士に訴えたが、手順を間違えていた。


「気安く名前を呼ぶなアメリカ人」


 サマンサは、素早く雑貨を手に取った——が、ブロンド男とサマンサの間に痩身の男が割り込んだ。


「すまない、カニングさん。この若造は礼儀を知らないんだ」


 忙しなく目を動かし、息が荒しているサマンサに対し、2人のアメリカ人は感情を完全にコントロールしている。   


「俺たちは、CIAがリスクが大きい過ぎて手を出せない案件を受ける民間の警備会社の人間で、俺はローグ。この若造はアランと言うんだ」


「はっ。噂に名高いアメリカ政府の暗部の方々か…………はてさて、なんの御用件でしょうか、身内に不幸があったばかりで忙しいのに」


「メアリー・カニングの事は俺も心を痛めてるんだ」


「ふん。心にもない言葉をありがとう」


「彼女、“レディ・メアリー”とは縁が無いワケじゃないんだ……彼女とは朝鮮戦争で同じ任務についていたからな。忘れるのも難しいよ。当時から……美魔女だったからな」


「……っ!」


 サマンサは、諜報員として有り得ないほど露骨に動揺。


「そんな馬鹿な話があるか!」


「本当の話しさ。俺は少し格のある吸血鬼で、彼女は歳を取らないようにしていた時期があっただろう?」


 サマンサには話の真偽を見抜ぬこうと思考を巡らせたが、話の流れを牛耳っていたのは男たちだ。


「カニングさん……そうだ。この写真の人物に見覚えは?」


 そう言って胸ポケットから、古びたポロライド写真を取り出し、サマンサの目の前に掲げる。

 そこには72年の日付と銀色の双発輸送機と少女がそのエンジンカウルを外す場面が写っていた。


「見た。吸血鬼の女だ」


  小さく頷きながらもう一つ写真を取り出す。それは黄ばんだモノクロ写真で、そこにはどこかの前線基地で土嚢を運んでいるダークエルフの女性が写っていた。


「では、こっちは?」


「家に侵入したヤツかもしれない」


 サマンサの言葉を男は掬い上げた。


「それは……つまり——映像データがあるのか?」


「えぇ、玄関の防犯カメラが、壊されていたけどデータは復元できたヤツに」


 そう言って、ゆっくりとスマートフォンを取り出したサマンサ。


「この中に、独自で押収した画像データがある」


 その一言で、アメリカ人の目つきが変わった。


「ダークエルフの仲間の歩行パターンや、一部には不鮮明ながも目なんかも写ってる。一つ条件を呑むのならこれを提供してもいい」


 アメリカ人たちは寛大な態度を見せる。


「条件次第だな」


「ダークエルフと吸血鬼はどうでもいいが、彼女たちと一緒にいる銀髪のハーフエルフだけは私に殺させて欲しい」


「交渉成立」


 差し出されたスマートファンを受け取った。


「えぇ、このデータがあれば、幽霊の実態を掴む手がかりなのは間違いない」


「幽霊なんかじゃない。ダークエルフはヴィズ・パールフレアという元アメリカ陸軍の女で、吸血鬼の少女はルーリナ・ダーゴフィア・ソーサモシテンという戦争屋だ」


「どうやってそんな情報を?」


 目を点にするサマンサに、ローグと名乗ったアメリカ人は、サングラスをズラし、赤い目を覗かせてウィンクをする。


「俺も吸血鬼だてらにキャリアが長くてね。ルーリナを通して革命直後のキューバの内情を探った事がある。

 それに、ヴィズ・パールフレアとは退役軍人セラピーで一度だけ会った事があるんだ」


「………そう。それでも砂漠で縫い針を探すような話しね」


「“縫い針”だと分かってしまえば後は探すだけさ。君だって、そう言った事は分かっているだろう?」


 失意と落胆が抜け落ち、使命を担った気持ちになったサマンサは、目まぐるしく思考を巡らせる。


「これはどう言った任務になるの?」


 アメリカ人は笑いながら答えた。


「世界規模の極秘作戦さ。その名もマックス・ロメオ作戦。目的は単純に、準備を整え、悪魔を追い、その親玉であるルシファーを地球から追い出す。それだけだ」

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