外伝 ルーリナ一味
第39話 世代間戦争
ルーリナは、新しい仲間キーラ・アンダーソンを林・青烏に担当させる事にしていた。
この采配は、青烏が凄腕のハッカーであり電子諜報に強い事。キーラも同じ資質があるので、この2人なら良い関係が築けるだろうと目論んでの事だった。
「改めて初めまして、キーラ・アンダーソンさん。私は
近しい人からは、日本語のブルーを意味する“アオ”って呼ばれてる」
青烏は、黒い髪が首まで伸び、前髪は左右に割けるようにしてヘアピンで止めてある。茶色の目と黒縁の四角いフレームの眼鏡が、どこかの事務員を彷彿させた。
キーラは、こちらをじっくり観察してくる中華系のハッカーにあてられて完全に挙動不審になっていた。
「は、初めましてリー、ラウンウゥヤーさん」
実は、青烏も精神状態的にはほとんどキーラと変わらなかったが、舐められたくないというプライドで、全力の虚勢を張っている。
「アオで良いよ」
ぴしゃりと言い切って、会話が止まった。
「…………」
「………………」
キーラは、青烏の視線に負けて、目につく配管や配線を追うように目線を外した。
青烏も意識してキーラの顔を見ていたが、目はとても見れないので、口元を凝視していた。
双方どちらもルーリナか狗井が表れて、場の雰囲気が変わる事を望んだが、長い沈黙を経て、今必要なのは自助努力だと悟る。
「こ……ここで働くにあたって、欲しい機材は?」
青烏の質問は単純明快で、新人を寛容に受け入れているように見えて、相手の実力を測っていた。
キーラは、ゆっくりと青烏のパソコンや機材を見回してから要求を口にした。
「CPUはイワタニのテラ・エレメンタル34。メモリーは32以上で、OSはデンノーのクワンタムヤオの6以上」
青烏は、この目の前のティーンエイジャーが良いセンスをしていると共感したが、表情は変えない。
「クラッカーの王道ね。良いと思うよ、使いこなせるだけの腕はあるみたいだしね」
青烏は、キーラがノートパソコンで成し遂げた事を思い出し、キーラのこの要求は、“鬼に金棒”だと考えた。
「じゃあ、ボディはMRCCのガスクラウドでいいですか?」
ニンマリとぎこちない笑顔を浮かべるキーラ。
そして、このセンスを青烏は疑った。
「………それ、そこら中が無駄に光るやつでしょ」
青烏の露骨な嫌悪に、キーラは野蛮人を教化する宣教師のように語った。
「ヴィズさんを見れば分かると思いますが、一流のプロは、一流の道具を使うんですよ」
マウントを取ろうとするキーラに、青烏は論理的に釘を刺す。
「じゃあ、この場であなたが一流という事を証明しなさい。そうね……意地悪はしないから、一般常識があるかのチェックよ」
ハッカーとハッカーの間で見えない火花が散った。
「ふふん。物に釣られた私は最強です!」
キーラは、顔を上げ、吸血鬼の赤い目で青烏見下ろした。
「見せてもらいましょう。では、質問1」
青烏は淡々としながら、非常にひねくれた出題を始めた。
「あなたは、砂漠を歩いている」
録音音声のように言う青烏に、キーラは戸惑う。
「さ、砂漠? どこのですか?」
青烏は、冷たく答えた。
「好きに決めて、あなたは砂漠を歩いていて、そこで亀と遭遇するの」
キーラの脳裏に正答が現れ、不意に片頬を吊り上げる。
「あっ、分かった。ブレードランナー 。私は、レプリカントじゃないですよ〜」
青烏の眉がピクリと動いたが、声は平坦さを堅持した。
「よろしい。では、次。遠い昔、はるか彼方の銀河系で最速を名乗るとして、指針となるものは?」
キーラはニヤリと笑い、胸張った。
「舐めてますね。ケッセル・ランを12パーセク未満で走り抜ける。ですよ」
青烏は、無表情を貫く。が、そのポーカーフェイスの下では、キーラを罠に掛かる最後のトリックを企てていた。
「良し。次、ワーグナーのヴァルキュリーの騎行はご存じ?」
青烏は無意識に足を組みながら、尋ねた。
「ワルキューレの騎行。当然、何かをヘリコプターで襲撃する時の定番BGMです」
青烏は、“さすが”と思っているかのように頷き、さらに聞く。
「これの元ネタは?」
キーラも青烏の手口が読めずに、目を細めながら答える。
ワーグナーのワルキューレの騎行が突撃のBGMになったのは、とある戦争映画だと。
「地獄の黙示録」
青烏は、片目を閉じ、静かに尋ねた
「さて、今出た3つの映画に出演した俳優は誰?」
キーラは、一瞬だけキョトンとし、すぐに頭の中で三つの映画のクレジットを思い浮かべた。
が、記憶違いはあり得ないにも関わらず、そんな人物はいないと判断した。
「えっ……………あぅ……引っ掛け問題で、存在しないとかじゃないですか?」
キーラの声を絞り出したような解答に、青烏の勝利が決まった。
「答えはハリソン・フォード。ブレードランナー とスターウォーズは言わずものがな。地獄の黙示録には、名前も出てないけど、主人公が命令を受ける時の資料を持ってくる役出てる」
知識でマウントを取った青烏は、饒舌だった。
「ここでは、あなたは2番手ね」
キーラは、あからさまに歯軋りをする。
「グギギ。今はですよ。ブルー」
名前を見違えられたと思った青烏だが、すぐにキーラの仕返しだと察し、ベストな返しを模索した。キーラは青烏をボストン訛りで“ブルー”と呼んだ。その場合は、とあるゲームの主人公の愛称となる。
「チッ、チッ、いつでも挑戦しなさい」
青烏は、舌を鳴らして音を出し、ウィンクと両手それぞれをピストルを作るようなジェスチャーにして返事をした。
知識でマウントを取った青烏は、経歴でもマウントを取った。
「さて、真面目な話。
私は元々コーポ・ジンドウの資産情報管理部にいた人間なんだ」
それを聞いたキーラの目に憧憬の色が宿った。
「ジンドウって、日系大手の!? えっ、えっ、ジンドウの資産情報警備課って、ワールドクラスのプログラマー集団じゃないですか!!」
“そんな凄いことじゃないよ”と思わせるために、肩をすくめる青烏。
「まぁね、今はクビになったから———」
青烏を他所にキーラには、聞いてみたいことが山のように積もっていく。
「じゃあ、あの忍者のサイボーグみたいな人も…ジンドウ社製ですよね、E-9型くらいじゃないですか?」
青烏は気押されつつも答える。
「え、えぇ。ハードはE-a10型、E-10型の先行試作モデルのボディで、ソフトは完全な非行少女。といっても頭脳と中枢神経しかないけど」
「まるで、『アキラ』ですね」
青烏の雰囲気を察して、熱量を下げるキーラ。
人間のハッカーは、大きく息を吐いた。
「狗井。彼女の事は後でいいから。まず、私とあなたの話」
そうして青烏は、なんとか話す時間を設けた。
「あなたの実力を見極めるための試験を行います。一発で失格にしますので、真剣に取り組むように」
腕を見せろと言われ目に見えてやる気を出すキーラ。彼女に対し青烏は、挑戦的な難問を寄越した。
「キーラ。あなたには、アメリカ合衆国、
キーラは青烏の質問を無視して自分の世界に没入。
「…………プロキシでダミーを作って、送受信はクウォーター・スノーシンボルのスタイルで行えば……いける。
データ抜き取りは、更新時に行なって……となると、セキリティへの足掛かりは、やっぱり、ギルドのバックドアかな」
吸血鬼は、何の前触れもなく我に返った。
「出来ます!」
「ふん。厳しく見るよ? 私は、戦友も欲しいけど、コーヒー係も欲しいからね」
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