第40話 御神酒をあがらぬ神はなし
「ヴィズ。共通の知人と話しましょう」
ルーリナはそう言って、ヴィズは自室に招き、椅子に座らせた。
「で、共通の知人ってのは誰だな?」
ルーリナは、悪巧みを隠した笑みを浮かべ、戸棚の一つを開ける。
「この人、知ってる?」
ヴィズはゴクリと喉を鳴らした。
「あぁ。ジョニー・ウォッカーだ」
ルーリナとヴィズの共通の知人とはスコッチ・ウィスキーの事だった。
ルーリナは、酒瓶を机に置き、ショットグラスを2つ用意した。
「注ぐ前に一つ尋ねていい?」
惚れたような目をしていたダークエルフが、おあずけを受けて殺意を宿す。
「卑怯者、早くしろ」
「
「出来る。
ルーリナは関心しながら、酒をグラスに注いだ。
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しばらくの時間が流れた。………このしばらくとは、“2人にアルコールが回る”程度の時間だった。
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「だから、ガチの話で、私は
基地の半分の人間が増援に駆けつけたから、その
ブラッドリー前哨基地に女は少ないし、ダークエルフとなるとさらに少ない、エルフ族の喫煙者は、もっと少ないからね。
1番初めについた“ラッキーストライク”は、“まぐれ当たり”の意味だったのよ」
ウィスキーを飲み干し、勢いよくグラスを戻すヴィズ。
ダークエルフの逸話に吸血鬼は腹を抱えていた。
「あっははは! ちょっと待て、お腹が痛い。あはははは………はぁぁ、息が出来ない……ふふ」
ヴィズは、鋭い目をしていたが、内面はアルコールで朗らかになっている。
「言わせてもらえば、その後はしっかりと“神がかった射撃”という意味で、ラッキーストライクになったからな」
ルーリナは肩から笑い、ヴィズに話を止めるように手で祈った。
ヴィズとルーリナは2人きりで、酒盛りを楽しんでいた。
ヴィズは出されたアルコールを口に含む習性じみた癖があったが、ルーリナは普段酒を飲まない、彼女が行う飲酒は、相手の口を軽くするための外交手段という側面が強い。
「ヴィズ、何杯飲んだの?」
ルーリナは、ヴィズと話が弾んでいる事は好ましいが、自分の体が受けつけるアルコールの許容範囲を超えつつある事も理解している。
それに対して、ヴィズはどう見てもほろ酔いだ。
「グラスは一杯しかない。そーゆー事だろう」
吸血鬼の記憶が正しければ、ダークエルフは、ショットグラスに8杯はウィスキーを注いでいた。
「あはは。この恐ろしさ暗殺者め! 私を笑い死にさせるつもりなのね!」
ルーリナの頭の中では、0.01パーセントの理性が寝るように叫んでいるが、残りの99.9パーセントは酔いに籠絡されていて、顔は赤く、異様に笑い上戸で、テーブルに伏せかけている。
逆にヴィズが気を使い始めた。
「大丈夫か? 吸血鬼様、ゴッホの絵みたいになってるぞ?」
笑いを堪えて反論するルーリナ。
「そ、それは、あなたの視覚の問題でしょう?」
ヴィズは、真面目な顔で頷いた。
「なんだよ、理性が残ってるぞ、もっと飲め」
ヴィズが、ルーリナのグラスにウィスキーを注ごうとし始めた。
「ぎゃあ! 殺される!」
「1番良い死に方だろう!」
が、ヴィズは、それを途中で諦めた。ダークエルフも顔に出ないだけで相当酔っていて、グラスが分裂して見え、どれが本物か分からなくなっていた。
ルーリナは、そこでやっと深呼吸をすることができた。
「良い死に方ね。“死ぬには良い日だ”みたいな」
吸血鬼が突っ伏せたまま呟き、ダークエルフは椅子にもたれかかって答えた。
「どこまでそう言い切る度胸か、だな。」
吸血鬼が声も出さずに笑った。
「私は、吸血鬼だけど痛いのが無理だからなー、殴られたら諦める」
「私は……。ガキの頃から殴られた慣れたから、あんたより耐えれるかも」
ルーリナが顔を上げ、だらしのない笑みを浮かべた。
「あなたは、人の事を悪くいうからねー。教育熱心な親御さんだったのかな?」
ヴィズはタバコを咥えたが、話を聞きたいルーリナは文句を言わない。
「DV男で、ケチな麻薬の売人。墓石には、“コロンビア人を怒らせた”書かれてる」
ルーリナは、聞いてしまった話に、目を落としグラスを見つめて言葉を溢す。
「そう………。波瀾万丈な人生ね」
ダークエルフは、あけっからんに語った。
「私は、その後、車両窃盗を生業とするギャングのとこに拾われてさ、のらりくらりと生きてたら
ルーリナもゆっくりと顔を上げて、もう一度ヴィズを見つめた。
「なるほど、じゃあ、勾留場か社会奉仕かで陸軍に?」
ヴィズは、山火事のような真っ白な煙を吐き、端的に言う。
「まぁ、そう。軍隊に入ればアメリカ人になれると思ってたんだ」
ルーリナは、渋い顔をしながら、ウィスキーを喉奥へと流し込んだ。
「暴露大会ね。私は昔、ウクライナの方の女王様で、大英帝国と戦争もしたことがある」
ルーリナの奇想天外な話に、ヴィズは先祖がコロンブスだという作話で対抗しようとして……諦めた。
そして、返答に窮したダークエルフは、黙ってグラスに注がれた酒に目を落とした。
「ヴィズ。信じてないでしょう?」
ヴィズの目が迷ったように泳ぎ、グラスをぎゅっと掴む。
「酔ってるだろ」
ルーリナは、頬を歪めた。
「酔ってないとできない話もあるでしょう?
当時の私は、人種も種族の隔たりもない平等な国を作ろうとした」
ダークエルフが鼻を鳴らし、ウィスキーを煽る。
「せっかくなら、“私には夢がある”って始めなよ」
ルーリナは、冗談めかして人差し指を立て、釘を刺す、
「茶化さないで」
「じゃあ、その国は今はどうなってる?」
ヴィズはこの次の瞬間。一瞬だけルーリナの目に過去の怨敵に向けた憎悪が宿るのを見た。
「私は建国から4年で失脚して、その後は1930年ごろにドイツに併合されて、今はドミノ理論と社会主義の限界を後世に伝えてる」
次に吸血鬼の真紅の瞳は、遠い過去に思いを馳せていた。
「学んだ事はたくさんある。例えば、作戦術の有効性とか、理想と利害の軋轢。あとは……ハーフエルフには手を出すなとかね」
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更に時間が流れた………。
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「で、それ以降は覚えてないと?」
キーラの質問に、ヴィズは死んだような目で頷く。
ダークエルフの頬には縞鋼板の特徴的な十字模様がついていて。身体中が寝違えたように痛みに襲われた。
「ここはどこ?」
「機関室です」
2人がいるのはルーリナの貨物船キュアアクアの機関室で、真横には巨大なディーゼルエンジンが莫大なエネルギーを生み出している。
「………少し飲み過ぎたようだ」
「少しですか……? ルーリナさんは、まだ動ける状態にないですよ?」
キーラが苦笑しながら手を差し出すと、ヴィズは壁を使って自力で立ち上がった。
だが、ヴィズには帰り道が分からない。
彼女はここにくるには、居住区画から1つフロアを下がり、長い廊下を通って船尾に向かい、2つの水密扉を開けなければならないのだが、彼女にその記憶はない。
「クソ。ひどい洗礼だ」
二日酔いの頭痛に身体の酷使で、足も頭もまともに働いていないヴィズ。
「ヴィズさんの洗礼はこれからですよ。ただ、その前に禁酒の誓いを立て方が——」
「ありえない。タバコも酒もやめないし、銃も手放さない。「みんな、死んじまえ」そう叫びながら、自分の血の中でのた打ち回って死にたいからね」
ヴィズは、乱れた髪を手を櫛代わりにとかしながらタバコを咥えた。
「戦争狂さん。ここだけの話。めちゃくちゃイカれた仕事が待ってます。UBIに売り込めそうなやつがね」
キーラは夢を見ているように浮ついていて、二日酔いのヴィズの頭に頭痛として響いた。
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