エピローグ

第38話 少数精鋭の曲者集団+2

 日はすっかり水平線の下に沈み、静かな夜には、汽笛、海上ブイの鐘、トローリークレーンの作動音だけが波間に響いている。

 ロサンゼルスの中心からほど近い貨物港は、世界有数の大都市の夜景に照らされていた。


 ヴィズは、その景色を貨物船の甲板から見下ろしていた。

 眩いほどに輝くロサンゼルスが、ヴィズのタバコで白でいる。


「アメリカ合衆国。クソッタレのサラダボウル」


 ダークエルフが白煙を吐くと、風上からルーリナが声をかけた。


「ロサンゼルス、ニューヨーク、横浜、タンプラ、ツーロン。港から見える夜景はどの国でも美しい。ただ、その明かりは人類の闇を深くする」


 夜を統べる吸血鬼は、憂いを浮かべて呟き、ダークエルフは再びタバコを咥えた。


「それがあんたや私にとっても好都合なんだろ」


 ダークエルフは吐き捨てるように言ってルーリナの方を向き直った。


 吸血鬼も微笑みながら船の手すりへと寄りかかった。


「とっても便利よ………例えば、あなたにぶっ壊された狗井ちゃんのパーツが欲しい時とかね」


 ヴィズは目をぐるりの回して狗井・天という強い戦士が、片腕で苦労している事、さらにその部品の調達と制作に過労死寸前の林・青烏という人間が駆り出されている事も知っていた。


「あんたらがあんな兵器を持ってるなんて関心したよ——」


「兵器じゃない。


 きっぱりと訂正する吸血鬼を、ダークエルフは流し目で観察していた。


「キーラちゃんはハイテク機器に詳しい、なにより私たちにノリノリで加わってくれたから一安心してる」


 穏やかに微笑むルーリナ。そんな彼女にヴィズは冷淡に言い放つ。


「信用するな。あれはストックホルム症候群だ」


 ヴィズがまたタバコを吹かすし、ルーリナは言葉を反芻するように頷く。


「ストックホルム症候群。人質が犯人に共感する心理」


 ヴィズが鼻を鳴らすと、ルーリナはさらに続けた。


「それなら貴女はリマ症候群ね、犯人が人質に共感してしまう心理。そんな感じで何にでも病名は付けれてしまうよ?」


 ダークエルフは、吸血鬼から核心を突かれたように思えたので押し黙り。

 ルーリナは、諭すように言った。


「もっとシンプルに、私と貴女とキーラちゃんは、同じ敵と戦ったて考えればいいじゃない。勝った。私たちは勝ち組だってね」


「勝ち負けじゃない。私は、私の任務を達成しただけだ」


 気怠そうにヴィズが言うと、ルーリナは肩をすくめた。


「私は、それを勝ちと呼んでいる。

 まぁ、このチームには斜に構えた人しかいないから、キーラちゃんのようなムードメーカーがいないと大変」


 ヴィズは、“このチーム”に自身が含まらている事に満足感を抱いたが、黙ってタバコを吹かした。


「ねぇ、パールフレア。もしこの“旅”にエンドロールを流すとして、歌は何する?」


 ルーリナはアメリカ語には無い独特は音階を含んだ英語でヴィズに尋ねた。

 ルーリナに深い意図を持っての質問かどうかは考慮せず、ヴィズは思いを巡らせる。


「イーグルスのホテル・カリフォルニアかな」


 ルーリナは、意味深な笑顔を浮かべてそこで首を傾げる。


「へー、なんで?」


 この見た目の幼い吸血鬼が、70年代のヒット曲を知らないのか、知った上で意図が汲めないのか、ヴィズには関係無い。


「歌詞にあるじゃない。

 『私たちは、ただプログラムされた運命を歩んでいるに過ぎない。

 あなたは、いつでもこのホテルをチェックアウト出来るがその向こうで、出た先には何もないんだよ』

 歌のホテルは、死にかけの男が立ち寄ったこの世とあの世の繋ぎ目だからね。

 まるで、私の事そのものでしょ。行く場所も行ける場所もないけど、私はここを去っても良い」


 ルーリナは、尖った形の耳でダークエルフの言葉を反芻し、紅い瞳は夜空に向けられていた。


「じゃぁ、ここに居てよ。素敵な場所だし、あなたは生き生きと出来ると思う。

 ここには、“1969年以後でも”蒸留酒スピリット(魂)が用意してあるから」


 吸血鬼の言葉も同じ歌を引用した物だった。 


 ヴィズは、気恥ずかしくなって肩をすくめ、ルーリナは空から岸へと目を移した。


「この組織。実はリピーターも多いんだ」


 そう言っていきない手すりに身を乗り出すルーリナ。


アシャンテやっほー! シエーラ!」


 それからかなり遅れてヴィズはこの船にもう1人、乗り込む者がいる事を知った。


————————————————————


 貨物船内にて、ルーリナのチームが一同に会した。メンバーはルーリナ、シエーラ、青烏、狗井、ヴィズ、キーラの6名。


空気は最悪だった。


 まず狗井は、片手が無く、この原因となったヴィズには敵意を向けて睨み続けている。

 また、狗井をボロボロにしたダークエルフを青烏も心良くは思っていなかった。


 狗井とヴィズの間で起きた手違いは決着がついていたが、その時に生まれた悪感情は少しの間尾を引いたのだ。


 ルーリナとキーラがその空気をなんとかしようとしたところにシエーラが現れ、場は一時的に和んだ。


 ルーリナはシエーラとの再会を喜び、青烏と狗井もルーリナからこのエルフの傭兵の“伝説”を聞き及んでいたので、初対面ながらにかなり好意的に接した。


 そして、シエーラもルーリナの新しい仲間たちと挨拶を交わしていき、ヴィズの元に向かった。


 歴戦のエルフの傭兵は、一目でヴィズが自分より若い事と醸し出す雰囲気から従軍経験があることを見抜き、親しみを持って握手を求めた。


「良い目をしているね。


 ヴィズは、その“歴戦の傭兵”の言葉に内心で突っかかった。


「あんたも小皺を隠すのが上手いようだな。


 ぎゅううと音が鳴りそうなほど固い握手を交わす2人に、ルーリナが無理矢理割って入った。


「シエーラ。私たちはこうやってなごなごしていても問題ないのよね?」


 吸血鬼の采配で、エルフとダークエルフの静かな戦いが終わり、ヴィズは痛みを誤魔化すように手をキツく握りしめ、シエーラは素早くてポケットに手をしまいながらルーリナの質問に答えた。


「えぇ。依頼通りに、2人の頭をヨハネスブルク水平線の向こうまで吹き飛ばした」


 ルーリナは、ほんの少し後悔したような顔をしてから、「一件落着ね」と呟く。

 ルーリナの言葉を青烏が受けついだ。


「結果的に、アダムス上院議員と新顔のフィクサー“スミス”本名はサイモン・ウィルスという男が吸血鬼の血を手に入れようとして、人間至上主義者たちをけしかけたという事。

 パールフレアとアンダーソンは上手く逃げ切り、シエーラさんがうまくケリをつけてくれた。ので一件落着。

 特に、相手は大物政治家と元政府諜報機関の人間でしたから、この事件そのものが“合衆国のスキャンダル”として葬られるでしょう。念の為に経過観察とする」


 青烏は、最後の報告を終え、眼鏡をクイッとあげて締めくくった。が、狗井が疑問を呈する。


「アオ、そこの2人と私を襲ったヘリの連中は? PMCとは違うぞ?」


「それもスキャンダルの一部なんだよ、彼らはガチのCIAでサイモン・ウィルスを囮にして国家安全保障に理由しようとしてたみたい。まぁ、これで頓挫したけどね。これで連中も“二度と見たくないリスト”にこの作戦を載せるでしょう。もちろん、観察は行うよ、ひっそりとね」


 狗井は、ヴィズを横目で見ながら呟いた。


「連中。仲間の死体を置いて離脱していた」


 ヴィズは。「クソッ」とだけ溢してタバコに火をつける。


 ヴィズのタバコの煙がシエーラの鼻先をかすり、彼女はその嫌悪感から眉間に皺を寄せながら彼女の「クソ」と言った事の推理を行った。


「普通ならあり得ないわね。遺体という証拠の回収より優先されるとすれば、負傷者の手当て……」 


 ルーリナは、青烏の発言を補足しつつ、ヴィズを擁護した。


「まぁ、仕方ないよ。敵は多かったし、ヴィズはキーラを守らなければならない状況下だし、そもそもそんな連中が出張ってきたのが予想外だし………結局、連中はヴィズたちが誰で、私が雇っていた事もわかってないんでしょう?」


 キーラがそれを後押して、青烏も肯定した。


「えぇ。その点ではサイモン・ウィルスは利口で、証拠や手掛かりは残っていません。

 なんとか辿り着いたとしても……私たちは、アメリカの敵ではないので、簡単には手を出さないでしょう」


 ヴィズは、つまらなそうに鼻を鳴らし、タバコの灰を床に落とす。


「たまにはアメリカ人を辞めてみるかな」


 ヴィズのボヤきに、シエーラが同調した。


「それなら良い機会だ。きっとここにいる全員が、CIAの“必ず、絶対に何があっても見つけ出して、ぶっ殺して、火葬してからその骨を砕いてやるリスト”に載ったのだから」


 ルーリナは、「はぁ」と魂が抜けるようなため息を吐き、ポンと手を叩いて辛気臭い空気を終わられせた。


「じゃあ、結果オーライって事で反省会終了!」


————————————————————


 会合が終わり、シエーラはフランスに帰るために下船し、ヴィズは禁煙の司令室から追い出される形で甲板へと上がり、部屋には、ルーリナ、キーラ、青烏と狗井が残った。


 キーラは、ヴィズの振りまいたタバコの灰を掃除機で吸いながら、「たまには、アメリカ人をやめてみるかな」とヴィズの真似をした。


「うふふ。似てる」


 ルーリナが、そう言ってニヤニヤすると、青烏は、目を細めながら呟いた。


「それこそヤンキーアメリカ人っぽい、いけすかなさだっーの」


「青、それにあの人は振る舞いもヤンキー不良だ」


 狗井もヤンキーの意味を誤解しつつも同意。

 その時、キーラは閃いた。


「ルーリナさんって、人を……しがらみから解放することが目的なんじゃないですか?」


 ルーリナは、「ほほぉ」とだけ言って、キーラの質問をはぐらかした。

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