第49話 合法的な扱いの違法行為

  トゥーロンの税関役員は、イギリス籍のダンディリオンという船の接岸と荷積の許可を審議を行った。

 この長さ約100m、排水量2200トンのアメリカ製貨物船が、フランスの貨物港の一つに入港する条件を満たしているかのチェックを行う。

 まず、税関員はグレートブリテン及び北アイルランド王国連合の船舶管理者に問い合わせ、その船がスコットランドの管轄である事を確認し、次にスコットランドにある予定の母港の船舶管理者に問い合わせた。

 結果的に、この船は人畜無害なただの商船と判断される。

 それまでにこの税関員は、とある海運会社の、それを特殊な言語を話すを介したので、信じられないほどの労力を要したのだった。


 そして、この者はさらにこのダンディリオン号の積荷リストの確認も行った。

 積むのは雑貨やら日用品の詰め合わせばかりで、実際に荷詰み時には、リストの一つ一つをチェックを行う。当然、麻薬や違法な武器、密航者は紛れていなった。


 この船が問題無しと判断されたには、この船の航路予定も影響を及ぼしている。


 ダンディリオン号は、スペインからフランスのトゥーロン港に帰ってきて、そこからウェールズに停泊してからモロッコに向かう予定を組んである。

 この航路は多くの非営利団体NGOが、不定期船で難民やら貧困児童だかの救済という名目で物資を送る典型的なルートで、先進国を謳う国々にて気持ちよく破棄された不用品の山が、ボランティア団体を通して、アフリカ大陸に渡り、そこで一部の者に独占された後、貧困者たちに高値で売り買いされるという、恒常的に本末転倒なシステムの歯車だ。

 

 そうして、税関員は日常業務の範疇はんちゅうで、ダンディリオン号の入港を許可した。


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 船尾の銘板を、ダンディリオンと上書きされた貨物船キュアアクアは、素知らぬ顔でトゥーロンの停泊地に錨を下ろしていた。


 港管理事務所の者が、積荷目録と実際に船に積まれる物に間違いや問題がない事を確認し、銃火器、麻薬等が密輸されていない事をあらゆる手段で検査してから、積み込みを始めた。


 積荷はクレーンで運ばれ、ミスもトラブルもなく詰め込まれ、ついでに前もってツーロンで合流する予定だった補充要員として、正式な乗船カードを持ったキーラも乗り込んだ。

 そうして、キュア・アクアは翌朝の出港時刻まで波に揺られている予定…………。


 リスト外に予定が一つ組み込まれているが、それが行われるのは、港の管理人たちが定時を過ぎ、夜間常駐員もウトウトしてしまうような真夜中を過ぎた頃。


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 ツーロンの港は、月が朧げに照らすだけの静かな夜だったが、静かな港の影で怪しげな人々が息を殺して活動していた。


 時刻は1時ちょうど、キュアアクアの船内からルーリナとキーラが現れると、2人は、船尾の手すりに日除けのように白いシーツが張った。

 そのうちのキーラが、ライトでシーツを照らして、2人とも船内に退避。


ヒュン!


トス……。


 しばらくしてそのシーツ目掛けて、ワイヤー付きのクロスボウの太く短い矢が打ち込まれた。


 再び2人の人影が船内から姿を表すと、矢を回収し、結ばれているワイヤーをしっかりと手すりに固定。


 そして、船と岸に鋼線の橋が渡り、この手動のロープウェイを使い20丁のアサルトライフルがキュアアクアへと運び込まれた。

 そうして密輸された銃器は、船の船倉の最深部に持ち込まれ、イタリアで、マフィアから譲られたトレンチガンショットガン2銃身散弾銃ダブルバレル、その弾薬と一緒に隠蔽された。


 ルーリナは、不謹慎を自覚しながら悪戯好きそうな笑みを浮かべて言った。


「ふぅ。密輸ってなかなかスリリングでしょう? この私の心臓がばくばくいってる」


ルーリナのご満悦な声に、キーラは顔色が悪くして愚痴る。


「私は、胃がキリキリして吐きそうです」


 真っ暗な倉庫の奥で、幼い容姿の吸血鬼は、その年恰好らしい子供の笑みを見せた。


「あら、シエーラに鍛えられたと思ったけど?」


 キーラは、壁の鋲をながめ口をへの字に曲げて答えた。


「えぇ、だからプロっぽく作業が終わってから文句を言ったんですよ。それにこの顔を見てください」


 キーラはそう言って全力で目を見開いてルーリナを見下ろす。


「良い顔してる。ブルックリンの広告に使える顔ね」


「疲労のあまり感情を失い始めた顔です」


 キーラが擬音が出そうな勢いで肩を落とすと、ルーリナが背伸びして、彼女の頭を撫でる。


「あらあら大変、本番はこれからなのに」


「本番ですか……」


 キーラの悲嘆を横目に、ルーリナは自身の頭を指差し、記憶の順路を辿る。


「これから英国へ向かう。あなたとアオには、ウェールズでの作戦行動の準備を頼むからね。

 まぁ、見破られるかもしれないけど……。それこそ、神が我れらが女王を救い給うGod Save The Queenと言いたそうにね」


 老獪な吸血鬼に、若輩の吸血鬼はため息まじりに返した。


「ジンクスかもしれませんよ? 神様、あんな奴さっさと連れていけGod Save The Queenという意味もありますから」


 キーラの答えに、ルーリナはケラケラは笑いながら船倉を後にした。

 

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キュア・アクア内司令室


 青烏は、自分の王国のようなコンピューターブース内で、来る英国での作戦行動に必要な条件と物資を集め、これは予定よりも数日早く進んでいた。


 作業に一区切りをつけた彼女は、コーヒーゼリーに生クリームをトッピングして、脳を労おうと思い立った、その時。


ピピピッ、ピピピッ。


 電話の通知音が彼女を呼び止める。

 電話の呼び出しライトは3番。それはカナダにあるペーパーカンパニーダミー会社に掛けられた電話である事を示した。


 青烏は、炎のように湧き上がる苛立ちを制して、偽会社の偽社員に扮した。


「お電話お待たせしました。こちら、ノースムース運輸でございます」


「ハロー?」


「はい。こちらはノースムース運輸です」


「えー、ア、アナタ、アメリカノヒト?」


 電話相手はきついスペイン語訛りの英語を話し、この会話のやり取りはだった。


「電話番号を確認してください。これはカナダの市外局番ですよ」


「あぁー。ワタシタチウィーアメリカ語ノースピークシャベレナイアメリカーノ


 電話相手は、そう言うと一方的に電話切ってしまった。


 電話を置いた青烏の心には煩わしさが込み上げ、独り言を呟いた。


「連絡遅すぎるでしょ……ダーキー」


 カナダのこのダミー会社に連絡があり、相手が“私たちはアメリカ語が話せない”という不自然な言葉を使った場合、そこには予め決められた意味があった。


 その意味とは、“任務完了。予定通りに船を寄越せ”だ。

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