傭兵の本懐

第42話 魔女狩り作戦

「ルー。とりあえず、カニング家の家系図は始祖まで辿れた。

 この血筋は元々ウェールズの貴族だけど13世紀には確実にイングランドに取り入った魔術士の一族で、現代までその血が脈々と受け継がれた、正しく名家ってやつだ」


 青烏が机に広げたカニング家の家系図を取り囲むように、ルーリナ、青烏、狗井、キーラが集まった。


 ルーリナは、その系列を一通りまで追ってから、自身の記憶と照らしあわせて補填した。


「26代目カニング家当主ロベルト。彼には3人の息子と1人の娘がいて、この息子の1人、ロレンス・カニングってのが1821年に死んでるでしょう」


 ルーリナはそこを指し、ロレンスの横にビアンカという名を書き加え、2人が婚姻関係があった事を記すと、次の世代に継線を引き、そこにローレンシア・シルバーシルビアと付け加えた。


「ロレンスの妻ビアンカというのは、エルフの王侯貴族で、始祖の賢者の系譜につらなる希少な血統のエルフだった。

 つまりローレシアは、イングランドの魔法使いの貴族とエルフ族の貴族の血を受け継いだハーフエルフで、人間とエルフの最高の血を継いだサラブレッド」


 その説明を聞いたもう1人の吸血鬼キーラ・アンダーソンは、目の前のファンタジー小説の冒頭にあるような家系図を、なんとなく見つめながら思った事を口にした。


「なんで元からそのローレンシアって人が載ってなかったんですか?」


 キーラの質問に、ルーリナは複雑な表情を浮かべた。


「よく言えば、ロレンスとビアンカは駆け落ちしてる。悪く言えば勘当ね。

 カニング家は魔法使いの家系だから、“血の質”にもかなりうるさくて、ビアンカの一族も同じようなもので、混血なんて絶対に許さらなかった。

 まぁ、言ってしまえば2人は無理矢理にローレンシアを産んで、結局それが大問題に発展したの」


 普段の飄々とした態度とは違い、落ち着きのない振る舞いをしているルーリナ。

 キーラたちも当然その異変を感じていた。


 忙しなく指で机を叩きながら、ルーリナは「さて」と話を切り出す。


「このローレンシアというハーフエルフは、分かりやすいくいえば、社会性病質者ソシオパスだ。知能は高いが、人間性に欠陥がある。

 “死”に魅入られていて、同時に極度に恐れている。

 そんな娘が、親から受け継いだ才能とそれを使いこなせるだけの能力に、本人の神がかったセンスと逆境から這い上がるだけの不屈の精神を持っていたのよ」


 ルーリナの話を聞いて、青烏が端的に矛盾点を突いた。


「でも、なんでそんな怖がってるの? 200年も前の話でしょ? ハーフエルフは生きて150年くらいだし、その女は、吸血鬼でもないんでしょ?………」


 青烏の指摘に、非難するような目を向けるルーリナ。


「えぇ、生きていれば215才くらいのハーフエルフなんてあり得ない。あり得ないなけど……ローレンシアだけは、不可能を可能にするくらいやってのける化け物なの」


 ルーリナの意味不明な発言に、キーラ、青烏、狗井はそれぞれに顔を見合わせる。


「「「…………」」」


 その空気を察して、ルーリナがいつもと変わらない笑顔を浮かべた。


「ま、まぁ、これでローレンシアがあの場所にいないと分かったら、私が心理セラピーを受診するよ……考えすぎなんだと思う」


 ルーリナは、そう言って、カニング家の家系図をしまうと、次の話題に移行。


「取り敢えず、ヴィズからの報告はどうなってる?」


 青烏がタブレットを取り出し、資料を呼び出した。


「パールフレアは、南米にてルーの依頼を達成してる。

 でも、それから3週間たった今も音信不通です。よっぽど時間にルーズなのか、大きなトラブル………」


 青烏は、報告しながらキーラの様子を伺った。

 青烏が才能を高く買っているこの吸血鬼は、ヴィズ・パールフレアという慇懃無礼なダークエルフをなにかと頼りにしているので、この話を聞いているだけでも辛そうにしてるのだ。

 しかし、青烏は忖度することなく報告を締め括る。


「……報告もできないような致命的なトラブルに見舞われたのかもしれないね」


 ルーリナは、卓上を食い入るように見つめ、顔すら上げずに青烏に方針を伝えた。


「後3週間は静観する。それまで狗井は待機。アオは、ウェールズの墓地周辺と資材の調達をお願い」


 狗井は、待機命令を不満そうに承諾し、青烏は調査命令を受けると同時に、首をポキポキ鳴らしながらパソコンに向かい、ルーリナのもとにキーラだけが残った。


「ルーリナさん。なんでヴィズさんを3週間も放置するですか?」


「ヴィズにアメリカであなたを守らせた時のように、今回の計画もヴィズに任せてあるからだよ。

 仮に彼女がとして、逮捕や殺害されていれば把握できるしね。

 彼女には彼女の、あなたにはあなたの仕事がある」


 渋々ながら納得するキーラ。


「それで、私の仕事はなんですか?」


 曇った表情をしているキーラに、ルーリナは衛星電話のアンテナを歯で伸ばしつつ、笑顔を向けた。


「私たちには、対魔術師戦闘の経験が無い。そこで、プロを雇う。シエーラね。

 貴女には、彼女と一緒に必要な人材や資材を手伝ってもらうことになると思う」


 ルーリナは、一年と数ヶ月ぶりにエルフの傭兵に電話をかけ、彼女と専属契約をまとめる。


「さて、目的地は変更だ。まずフランスへ」

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