Legendary Havoc 〜不滅の災禍〜

2章プロローグ

第41話 旧友にして………

 貨物船キュア・アクアは、大西洋上を一隻のタンカー船が航行していた。

 一見してなんの変哲も無いコンテナ輸送船だが、船倉の一部を特別に改造されていて、とある組織の移動基地としての側面を持っていた。

 船の本当の持ち主は、吸血鬼の大富豪ルーリナ・ダァーゴフィア・ソーサモシテン。


 彼女は、自室にて、冷蔵庫から輸血袋を取り出しグラスに注ぎ、そのまま入浴の為に服を脱いだ。

 一糸纏わない少女の身体は、過去に何度も焼損、欠損、破損を繰り返したが、傷は一つ無く、無垢と称するのが相応しい。

 ルーリナが浴室へ向かうとすでにバスタブには湯が張られ、彼女のお気に入りの入浴剤が添加された乳白色のジェットバスが完成していた。


 湯船に浸かるルーリナ。


 湯船の中で大胆に足を組み、備え付けのテレビのスイッチを入れた。

 湯の抱擁と入浴剤の芳香に満たされてうっとりとする吸血鬼。

 

「あぁ、300年位このままでいたい」


 真っ白な天井を眺めながらこぼした独り言が気恥ずかしく笑う。


 テレビが起動すると、興味が惹かれるまでチャンネルサーフィンを続け、最後にはイギリスの心霊オカルト番組へと落ち着いた。


 ルーリナは、自身を含め死を超越した存在であるので幽霊を信じていない。

 だが、この手の番組でイギリス人、特にイングランド人が、事実を加工して真相のようなものをでっち上げる際の真摯な態度がこれ以上なく好きでもある。


 番組内では、茶髪の陽気なイングランド人が、砕けた若者風のイギリス英語で、心霊電波探知機なる怪しげな装置の説明していて、ルーリナの心を躍らせ、陽気なレポーターは次に探索場所の歴史を語り始め、取材場所がバーモント・モンロー墓地という場所であること、今回はそこの地下墓所を探索する予定である事。その場所が500年の歴史と幾つかの噂がある事などを解説した。


 『ウェールズのこの“場所”は暗い噂が絶えません。始まりは、約200年前、ちょうど世界中で“炭化病たんかびょう”が流行った頃に、ここの地下墓所を増築して、死人も、も一絡げに、放り込んだというもの始まります』


 炭化病という単語は、ルーリナにとって苦い思い出しかなく、嫌な記憶を思い出させたが無視して、番組を見続けた。

 

『それから地元では、地下深くには罹患者が死者を食べて生き長らえているやら、突然変異した炭化病が確認されたなどともっぱらの噂があります。

 さらに、1980年代この墓所の修繕作業が行われる予定でしたが……地下墓所の調査をした者が行方不明になったとか』


 気を取り直したルーリナは、眉唾物の話を楽しみ、陽気なレポーターは万を期して教会を撮影していく。

 古びた教会はクリーム色で、造り自体は15世紀ごろのカトリックに多く見られるビフロン建築。荘厳な雰囲気の長方形の聖堂と鐘塔を持った教会だった。

 彼らは、建物内から地下への下り、画面外の騒音やノイズ障害など、視聴者の受けが取れる怪奇現象を一通り撮りながら、最深部の地下集団墓地の広間まで到達した。


『おやおや、ここの皆さんはよく寝ているようですね。ゾンビもバイオハザードありません。

 テレビ的には……ウェールズ国旗のモデルになったドラゴンでもいればよかったのですが………おっと、なことを言ってすいません』


 暗闇だけの空間で懐中電灯と暗視カメラの映像が放映されている。

 埃と蜘蛛の巣。礼拝席のように規則正し並べられた石櫃せきひつが暗視カメラの白色が強い映像で映り、撮影班はついに広間の端の壁にまでカメラが収めた。


『あー、この壁、カメラさん。この壁を写してください。

 ほら、いろんな言語が書かれていますよ。どれどれ………ふむふむ………。

 あー………私は、英語、フランス語にが話せますが……これはさっぱり意味が分かりませんね。失われた聖櫃アークの在処でも示しているのでしょうか?』


 そんな中画面に映った物を見たルーリナは言葉を失っていた。


 ルーリナが呆然としている間もテレビクルーたちは、いくつか音声飛びなどのハプニングを収録したので、次の心霊スポットへと移り、恐らく視聴者のほとんどは、この典型的なスタイルの番組から、物足りなさを感じただけだったが………。


 ルーリナだけは壁一枚を見た後、驚愕のあまり完全に放心していた。

 老練な吸血鬼は、2回無意識に瞬きをして、3度は意識して行い、自分の顔をつねり、現実と夢の区別を確かめる。


「まさか………」


 テレビで取材の仕事をするだけあって、あの陽気なレポーターは、なかなかに聡明だ。

 彼は、あの壁をと判断していたが………。


「間違いない。さっきのはの複合言語呪文……」


 実際は違う。あれは特異な呪文が記された魔法陣なのだ。

  その手法は、言語ごとの僅かなニュアンスの違いを反映して魔力の統制することができるため拡張性に非常に優れた方法だが、欠点として複雑化しやすく、著しく実用性が低いこと。

 魔術という、魔法を確実に使用する為の技術を完全に潰すほど調整が難しく、わざわざ選択するメリットが非常に少なく、手法自体が既にロストテクノロジーとなっている。

 だが、ルーリナは、歴史上でも極小数の使い手の中で、最高峰の魔法使い。正確には、魔術と魔法の2つの技術に長けた魔導士を知っていた。


ルーリナは、すっかりぬるくなった血を一口で飲み干し、じっと天井を睨んだ。


「ローレンシア・シルバーシルビア・カニング。貴女…………生きてるの?」


 その人物は、ルーリナが親友と呼んだ旧知のハーフエルフであり、約200年前に喧嘩別れした極悪な無政府主義者アナーキストだった。

 


 

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