第43話 歴戦のパリジェンヌ

 フランス、ハンメル港


 ドーバー海峡越しにイギリスと向かい合う、フランスの港には、タンカーからトローリ船などの大小さまざまな船舶が様々な目的で停泊していて、その三叉の矛のように海に突き出した岸壁の北が貨物揚陸場を要した貨物船エリアがある。

 ルーリナの貨物船は、その程よく劣化した外装と大量生産された型式によって、港の風景に完璧に溶け込み、書類上も緊急整備の為の停泊として問題なく受理されて錨を下ろしていた。


 日の落ちた港は、作業区画が強力なライトで暗闇に浮かびあがり、ライトの外はより一層深い暗闇を呼び込んでいる。人目を避けたカップルや不良気取りの若者などが潜んでいて、港の警備はその程度にゆるい。

 そしてこの状況は、ルーリナとシエーラ双方にとっても好都合だった。


————————————————————


 キュアアクアに乗り込んだシエーラは、そこでルーリナとキーラと落ち合った。


「魔術士は、第一次世界大戦後に工兵に分類されるようになったけど、それ以前は独立した兵科だった。

 砲兵の火力と騎兵の機動力を持つ強みを持っていたけど、元々魔力適応者の数は少なく、戦闘能力の個人差が大きいので、安定した戦力の確保が難しい。それに加えて、近代の火砲の発展で、アドバンテージもなくなった。結果として残ったのは、戦術優位性として特殊技能としてだけだ」


 シエーラは、魔導士についてそう説明した。


「シエーラ、そんなことは知ってる。私は軍隊を指揮する立場にいたんだから」


 ルーリナは腕を組んで口を挟み、シエーラに要点を求めた。


「私が知りたいのは、魔術士の防御能力を突破するには、どの程度の武器がいるのかよ」


 シエーラは、この人形のように綺麗な顔の吸血鬼をいぶかしんだ。


「ルー。支離滅裂だ。最近何か変わったことでも?」


 ルーリナは、じっとシエーラを見据えながら、大きく息を吸い小さな胸を上下させた。


「平静じゃなくごめんなさい。ただ相手は、私を裏切って私の王国を滅ぼす遠因の一つとなった女で、たった200年じゃ忘れらない蟠りがある」

 

 ルーリナは負の感情を隠す気がなかったが、シエーラはそれを冷静に受け止めた。


「ルー。冷静に、自分が何を言ってるか理解しているのよね?」


 エルフの傭兵がぴしゃりと言い切り、甲板には潮風の音と吸血鬼の興奮気味な息遣いだけが残った。

 冷静さを取り戻して、ふっと夜空を仰いだルーリナ。


「えぇ、私情での復讐よ。ローレンシアを公正に処罰したいけど………生きたまま舌を引き抜いてやりたいとも思ってる。悪い感情に飲み込まれそうだから、あなたたちが捕縛するまでは彼女と関わりたくもない」


 キーラは、ルーリナの言葉を横で聞いてゾッとした。彼女は冗談ではなく、本気で他人の虐待を仄めかしているからだ。

 逆にこの手の過激な会話に慣れているシエーラは、甲板の手すりによりかかり海面を背に空を見上げた。


「ルー。あなたは私がに参加した時も見捨てずにいてくれた


 昔アフリカに存在したの国“ローデシア”。

 その国は、国策で人種差別を行い、世界中から傭兵を雇い入れて当時の最強の軍隊を持っていた。

 シエーラも、とある事情から自身の大義を無視してその国に雇われ、その国の崩壊直前にルーリナに助けられた事があった。


 エルフの傭兵は覚悟を決め交渉をまとめる。


「私は、貴女に恩があるから依頼を受けるよ。その代わり経費と報酬はしっかりともらうからね」


 キーラとルーリナからは、月を背にしたシエーラの顔は逆光で見えなかった。

 だが、場の空気が穏やかになったのは肌で感じ取れ、そっと胸を撫で下ろした。


「昔、賢者の血を引くエルフの魔導士部隊と戦った。当然、連中は、防御魔法の“防殻”や防御魔術の“防楯”を展開していたんだけど、これがすごいものでコルトなら10mでも貫通しない。その時はロシア製の7.62ミリの小銃弾でなんとかなった。

 他には……例外的には魔弾。魔術の使用前提の弾があったけど、そもそも魔術士がまだ通用した時代の遺物で、入手も難しいし、使える銃がないから除外する」


 シエーラの経験から、ルーリナは魔女狩りに必要な道具を知る。


「一般的な弾丸の入手経路なら、私の方にツテがある。

 素人意見なのだけど、ショットガンのスラッグ弾はどう? 扉を撃ち抜けるのでしょう?」


 シエーラとルーリナは率直に意見を交換し合った。


「スラッグ弾なら、ならどんな魔術士でも撃ち抜ける。が、問題は殺傷能力ね。弾丸の飛翔速度ではなく重量で運動エネルギーを稼いで貫通力を生むスラッグ弾は、そのまま人体にも強力なダメージを与えてしまう。秒速600メートルで直径20mm前後の巨大な弾丸を撃ち込む事と生捕という目標は矛盾してるでしょう?」

 

 シエーラは、そこで言葉を区切り注釈をした。

  

「だから、7.62ミリ弾のFMJ完全被鋼弾を使うべきかと。

 完全被鋼弾なら、貫通力は申し分なく、か貫通力故に殺傷能力は低い」


ルーリナは、黙って聞き入った。


「ただ、その弾を使用できて、簡単に手に入るのは旧式の軍用小銃になるから、サイズが閉所には不向きな可能性がある。そもそも過剰な威力だろうけどね」


「彼女は、普通の魔法使いじゃない。ドイツのロイヤルティーガー重戦車みたいに頑強なやつだから、問題ないよ」


 ルーリナの無駄に強い言葉に、嫌気がさしているシエーラだがあくまで傭兵のブレーンとして振る舞う。


「じゃあ、やはり7.62ミリ弾を使おう」


 シエーラのこの判断は、そのままルーリナの意思を決定した。


「分かった。あなたは武器の調達をお願い。弾はこっちで用意できると思うから、何を使うか教えて」


 シエーラは、一瞬で記憶を探り、仮組みの予定にミスがないことを確認すると、それをルーリナに伝えた。


「7.62x51mm・NATO弾。ロシア製じゃない方の7.62だ。

 それを使えるやつで、まとまった数のライフルを手続きなしで持ってる奴をあたってみる」


 2人のダーティーなやりとりに、キーラは、1人ワクワクしているのをなんとか誤魔化して冷静を装っている。


「OK、じゃあ、頼んだよ」


「ルー、期限は?」


「一応は、3週間。きっかり21日後の深夜0時にトゥーロンの港に物をそろえて来て」


「急ぎね……分かった」


 シエーラが張り切って船を降りようとするのをルーリナが呼び止めた。


「それと……このを同伴させてもらえる?」


 歴戦のエルフの傭兵は、思わず足を止めて振り返る。

 青い髪をしたティーンエイジャーの子守、単なる武器の調達が、人生史上最も難しい仕事を任されたように思えたのだ。


「……お断りしたいわね………」


 シエーラは、そこまで言ったから、キーラの整った顔と大きな、ぎこちない愛想笑いを浮かべた口に覗くを観察した。


「ちゃんと指示に従うなら良い」


 ルーリナの下にいた吸血鬼なら完全など素人というわけでもないだろうと判断した。

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