第22話 ちょっとした頼み事

 ヴィズはレッソについて行きレストランの主屋にある書斎へと招かれた。


 そこでイタリア男は、ヴィズに机の上に置かれた電話を指差し、自分は部屋から出ていった。


 受話器を耳に当てると、電話は繋がっている。


「変わったよ。あんたは誰?」


 電話の音声は、非常に明確で黒電話の外装をしているだけの最新モデルのようだった。


「初めまして。ヴィズ・パールフレアさん」


 電話の相手の若い声の女性で、ヴィズは、10代半ばの女子を想像した。


「えぇ、そうだけど。あんたは?」


 電話越しの声はアテにならないとヴィズは自戒する。ボイスチェンジャーを使えば、誰でもルイ・アームストロングに成れるからだ。

 だが、だからといって簡単に第一印象は拭えるわけでもない。結局、ヴィズは得体の知れない子供を相手する気分で会話を続けた。


遠路はるばる……キーラを連れてきてくれてありがとう。

 私は、ルーリナ・ダァーゴフィア・ソーサモシテン。気軽にルーって呼んでくれて良いよ」


 ヴィズ自身、ルーリナという名前に聞き覚えは無く。気軽に“ルー”と呼ぶ筋合いもない。


「ソーサモシテンさん。私たちを見張ってるの?」


 ヴィズは、ルーリナがここにたまたま電話したとは思っていない。

 襲撃者や社交会とこの女は何かしらの繋がりがあると確信していた。


「跡を辿ってる。計画が上手くいってなくてね、それこそすれ違いの連続」


「そう………」


 ヴィズの沈黙に対して、ルーリナが話を続けた。


「さて、パールフレアさん。本題の話をしましょう。キーラ・アンダーソンの件」


 相槌と同時にヴィズの受話器を持つ手に力が込もり、静かに深呼吸をした。


 楽観、悲観、あらゆる可能性が頭を駆け巡り、電話相手はそんな心情を察する事なく、淡々と話を続けた。


「ニューオリンズまでの報酬は今から払っても良いのだけど、さらに仕事を頼めないかな?」


 ヴィズは、ルーリナについて、一つ心象を追加した。それは、“典型的な金持ち”というもので、傲慢で自己中心的な厄介者の代名詞。そして、ヴィズはその印象を隠さずに言う。


「……流石、ブルジュア」


 ルーリナは「ふふ」小さく笑い、ダークエルフの皮肉は無視した。


「彼女をカリフォルニア州ロサンゼルスまで連れて来て欲しい。不躾ぶしつけなのは百も承知だけどね」


 依頼主としては、少々怪しいが……ヴィズは、まだ依頼を断る事は考えていない。

 降りる理由、あるいは、降りなくても良い理由をルーリナに求めた。


「ルーリナさん。本来の予定はどうしたのよ?」


 ニューオリンズとロサンゼルスでは、位置が違い過ぎる。

 単なる予定変更とは言い難く、ヴィズは、ルーリナに弁明を求めた。


「ダメになったの。ニューオリンズの受け手がしちゃった。それにキーラの居場所が発覚するのも早かったからね。あっ、蒸発ってのは慣用句ね」


 話の内容に対して、ルーリナの情緒は平坦だ。

 その平坦さは、強がりやポーカーフェイスよりも、経験の豊かさが滲み出でたもので、ヴィズからすれば信頼はできるが……信用できるかは怪しかった。


 ルーリナの物言いの“蒸発”は、失踪を意味している。この場面で、それを抹殺の比喩として使うのは相応しくない。


 ヴィズは、その会話の流れから受け手の失踪とキーラの存在がバレて一番困っているのはルーリナだと推測が立て、その推測を元にヴィズが交渉の主導権に手を伸ばす。


「なぜそんなことになった?」


 電波を伝った音声からでも、ルーリナの声には怒気が篭った。


「先に言わせてね。まず私は仲間を見捨てない。私の血を引いたキーラ・アンダーソンなら突然無視できないし、私たちを狙う連中は野放しに出来ない。

 の抑止力としても、今回の敵は撃滅しなければならない。

 貴女とキーラには、そのための時間を稼いで欲しい」


 ヴィズは、ルーリナの技量を測る事を試みた。


「それは私がやらなければいけない理由は無いみたいね? あなたの知り合いは多いのでしょう?」


「そう。あなたの必要は無い」


 ルーリナの即答に、ヴィズのかまかけが外れた。

 ヴィズはルーリナがにっちもさっちもいかないだろうと足元を見たが、ルーリナはそこをで凌いだ。


 ルーリナがヴィズを煙に巻き、そうしてからダークエルフの懐柔へと移った。


「私が貴女を推すのは今回のここまでの実績だけ。でも、それって大事でしょう? 

 ここまでは、金を出せば誰でも引き受ける仕事だけど、これからは違う。この任務が出来ないのなら放棄してくれてもいい」


 “任務”という単語にヴィズはひっかかり、ルーリナの話に乗った。


「あんたはキーラを釣り餌にしておいて、彼女の身の安全は守りたいと言うの?」


 キーラが囮で、自分が囮の護衛かと問うヴィズ。


「えぇ、まったくもってその通り」


 ルーリナはあっさりと認めた。その潔いさに、ヴィズは思わず笑っていた。


「あははは。私たちにカミソリの刃の上を歩けというね」


 ヴィズにはルーリナの真意が読めていない。直感と経験は、この依頼に拒否するように告げる。


。私が口当たりの良い大義の為に動くと思うな」


 ヴィズの中では、本能と思考と気持ちがそれぞれに意見が分かれて混乱している。そこをルーリナが諭した。


「えぇ、だから、私に協力してくれた報酬は当然だす。だから、これから72時間ほど

 だから、こうは言わせないで、72時間後になんてね」


 ルーリナにはキーラの為になんでもやる覚悟があり、その為ならヴィズを脅迫までしてみせた。 


「ふん。そう言う大言壮語を並べるのは、テレフォン詐欺みたいだ」


「確かに……ね。ただ、ヴィズ“ラッキーストライク”パールフレア上等兵曹。

 私は、スカレッタ。ファンディーノ。レッソというアメリカの裏社会の大物たちを動かしたのは事実だよ」


 ヴィズは、ここでやっとルーリナと名乗る女が、一連の出来事をどうやって追跡したかを知り、同時にこの人物が規格外の怪物であると認識した。

 

「ふふ。分かったフーアー。死んでもやり遂げるさ、良い仕事が出来そうだ」 


 電話の接続が切られた後。


 そのまま長い吐息と共に肩を落とすと、自然な動作でタバコを咥える。


「灯れ」


 絹のような煙を吐きタバコを口端に寄せると、走り書きしたメモをポケットに押し込み部屋を出た



「どうだい、ダーキー? 最上級捕食者と話した感想は?」


 廊下の壁に寄りかかり、そう問いかけるレッソ。

 彼に対し、ヴィズは苦笑いを浮かべた。


ナッツふざけた野郎だ


「なんかお前、目つきが鋭くなったな………」


 

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