第21話 毒を食うなら……

 再びマスタングに乗り込んだヴィズは、ルカというイタリア男が運転するセダンを追走している。


「ダーキー。この曲がった先が狭いから気をつけろよ」


「いちいちうるさい」


 トーマス・レッソは、案内人兼人質としてマスタングの助手席に座り、後部座席には、拳銃を持ったキーラが構えている。


「こんな乗り心地の悪い車は初めてだ。

 金髪のお嬢ちゃん。車が跳ねた時に撃たんでくれよ?」


「い、イライラさせると、手が滑るかもしれませんよ?」


「貸してみな、弾が入ってるか調べてやる」

 

 ヴィズたちのマスタングは、誘導されて、ニューオリンズの隣街にたどり着いた。


 「ようこそ。南部裏社会の貿易拠点“ニューカルバラカ”へ」


 メキシコ湾とベレガナ湖へと続く河川が織りなす広大な三角州の中にニューカルバラカの街があり、その街はベレガナ湖を挟んでニューオリンズに面している。

 カリブ海の島国や、南アメリカの国々から航路でアクセス可能で、尚且つアメリカ合衆国内を東西に入る鉄道の中継点にもなっているこの街は、合法非合法問わないあらゆる物資の隠れた受け取り口として栄えている。


「こんな街があったなんてね」


 ダークエルフたちは、V8エンジンを吹かしながら、ニューカルバラカのノース・ゲートを潜る。

 門は、木製でワニを模した木彫りの看板には“ようこそ、ニューカルバラカ”へと刻まれている。


「ニューオリンズが有名過ぎるだけさ。この街は、ニューオリンズからジャズとジャズ文化を引いた街だ」


 街並みは古く、建物や街路のほとんどは1930年代に整備されたままのレンガ造りで、建物によっては、植民地時代の面影すら残している。

 

「排他的な田舎者と臭い湿地帯に囲まらた古臭い街ってことか」


 ニューカルバラカの街には、昨晩降り続いた雨が残っていて路面の水溜りには反転したニューカルバラカの街が映る。


 セダンとマスタングは、そんな街のメインストリートをダウンタウン地区へと向かった。


 街の中心でも、電柱は木製で、街灯は焼けた色の白熱球。

 その街の色彩に完璧に馴染んだ街角に、シエロ・ネラというレストランがあった。


 セダンは、マスタングを引率しながらレストランの裏手に周り、そこの空き地に2台とも停まった。


「あらまぁ、人をバラすのにもってこいな場所ね」

  

 ヴィズのぼやきを、レッソが鼻で笑った。


「ダーキーのやり口ならそうかもしれんが、俺たちは証拠が残らないようにバラすんでね。ここでは喧嘩すら許さんよ」


 セダンからアントニオとルカが降りてこちらを伺う。

 トーマスもごく自然な動作で、マスタングの軋むドアを開けた。


「ちょっと、キーラ。なんで止めないの?」


「えっ、あ、はい」


「ちっ。殺されたら、恨むからね」


 ヴィズは、悪態をつきながらマスタングを降りる。


「ついて来い。この店は吸血鬼の聖域だ」


 トーマスが先導してレストランに入ると、ヴィズの服の裾をキーラが摘んで引き止める。

 

「ヴィズさん。あの……あの人たちを怒らせ無いようにしましょう?」

 

 希少かつ強大な吸血鬼であるはずの、キーラ・アンダーソンがヴィズに懇願する。


「だって、あの人たち絶対怖い人ですよ??」

 

 ニューカルバラカの湿気た夜風の中、往年の時を照らした水銀灯の下、能力的には遥かに上回るはずの吸血鬼キーラ・アンダーソンは、蚊の鳴くよう声でダークエルフに頼み込んだ。


————————————————————


 玄関扉のベルが店内に客の来店を告げると、小太りの男が顔出し、レッソが2人に紹介した。


「ダーキー。アンダーソン。この七面鳥みたいな男がここのオーナー兼ニューカルバラカ一のシェフさ」


 トーマスが、演技がかった仕草でその男の事を伝えシェフもそこでヴィズたちに会釈する。

 目は緑で、口元は豊かな髭が整えてあるので、牙の確認は出来ず、このシェフが吸血鬼なのかは判別出来ない。


「トミー。ルイジアナ1番だよ」


 シェフがトーマスにそう答え、これが定番のやりとりのように2人で笑う。


 その後、トーマスはシェフと耳打ちで会話し店の奥へと消えていき、シェフは、ヴィズ達の顔をまじまじと見て、顔に再び笑顔を浮かべた。


「お二人さん、腹ペコだろう? 何かを作ってあげようか?」


 手をポンと叩き太い腕の逞しさと自身の料理スキルへの自負を披露したがるシェフ。


 プロテインバーを主食にしていたヴィズは、シェフのオススメを頼み、キーラもそれに倣った。


 シェフは、サムズアップして注文を請け負い厨房に勇足で戻った。


 ヴィズ達は手近なテーブルカウンターを陣取る。レストラン内のシートや調度品は、全て緑か白か赤で統一されていて、全ての内装がイタリアの国旗をモチーフにしてあり、建築歴の長さは、床と壁の板材と革のソファからビンテージ感を醸し出している。

 そのノスタルジーな雰囲気を決定付けているのは、壁掛けスピーカーから流れる『朝日の当たる家』だ。


 テーブルに対面して座ったヴィズとキーラだが、すぐにヴィズは腰を浮かせてキーラの耳に口元を近づけた。


「ねぇ、キーラ。この場でペペロンチーノを頼むのは、ニンニクを使ってるから差別的?」


 そう言いながら、ヴィズは建物の壁をキャンパスに見立てるスプレーアーティストと同じタイプ笑みを浮かべ、キーラが呆れ気味に答えた。


「差別でしょう。私なんかはニンニク大嫌いです」


 ヴィズには、それが吸血鬼という種族的な物なのか、キーラ個人の話なのかは分からない。


 その直後、シェフが水と一斤分のを運んできた。


「あんたくらい能力が強く無いとニンニクは効かないみたいね」

 

 ヴィズは、ガーリックトーストを一枚つまみ齧り付き、キーラはヴィズから離れるように座る位置をずらした。

 

「おい。ダーキー」


 ヴィズの事をそう呼び、さらに「ヒュウ」口笛で注意を惹いたのは先程店の奥へと消えたレッソだった。


「お偉いさんがお前に用があるってよ」


 トーマスは、そう言って手で電話を意味するジェスチャーをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る