第16話 マシンガンとナイフ
仲間がいるはずの階が吹き飛んだ事を知り、レイノルドは残りの部下を確認に向かわせた。
一階の廊下を駆け、2階への増援に向かう2人組。その2人が1階中部屋を通り越した途端、部屋からダークエルフが飛び出し、後尾の男の太もも裏と防弾ベストの背中を撃つ。
銃撃を受け、その男はそのまま前のめりに転倒。先行した男も
よろけた男が振り返りと、その額と右目に38口径弾を叩き込まれ、その男が昏倒するより早く、転んだ男も後頭部に狙撃を受ける。
その5発分の銃声は、ほとんどを配管からの流水とコンクリートの遮音性によってかき消された。
一度物陰に退避して、息を殺しながら再装填のために弾倉を迫り出させるヴィズ。
立膝でしゃがむ彼女の足元には、真鍮製のの空薬莢がカラカラと転がった。
「ダーキー!! 大人しく出てくれば楽に殺しやる!!」
ヴィズが弾を込めた弾倉を戻した時、外から拡声器で風変わりな提案が申し出された。
低い姿勢のまま窓の外の様子を伺おうと顔を近づけるヴィズ。次の瞬間には、窓から飛び退いて床に伏せる。
次の瞬間。
ズダダダダダ!!!
あだけるような銃声と共に弾丸の雨がモーテルを襲った。
「マシンガンかよ、クソ野郎!」
ヴィズの怒号すら掻き消す銃声は、山々にこだまするほど大きく、あの44マグナムの比ではない。
さらに、デタラメに打ち込まれた弾丸は、雑な作りとはいえコンクリートの外壁を撃ち抜いているのだ。
無傷ながら埃塗れになったヴィズに、鼻にかかるムカつく声が届いた。
「おーい、くたばっちまったかー!!?」
モーテル内に閉じ込められ、物陰で息を潜めるヴィズ。
彼女は、相手が制圧射撃を試みているのか、ただの乱射なのかを思案していたが、そもそも必要はなかった。
ヴィズが、マシンガンの対策を練るよりも早く、レイノルドの方がミスを冒し始めた。
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レイノルドは、自身の手に入れた軍用のM14ライフルの火力を絶大に信頼し、ことさら民間に出回ることの無いこのフルオート射撃機構には耽溺するほど惚れ込んでいた。
彼の頭の中にのみ存在するルールとして、“20発の7.62ミリ弾をフルオート射撃で撃ち込まれて生き残れる者はいない”という法則があり、空弾倉を引き抜いた彼は、自慢のライフルが、ダークエルフのどこを撃ち抜いて仕留めたのかを確認したくて我慢出来なくなっていた。
駆け足で建物に入り、単眼の暗視装置を起動すると映画で見たように死角を意識しながら侵入していく。
彼の脳内には、血塗れの姿で生き絶える亜人種の姿が鮮明にイメージされていて、問題はそれが、“どこで現実になっているのか”だけだった。
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正面玄関から出迎える受付カンウター。そこから左側に折れたところには申し訳ない程度のロビーがあり、このロビーから2階への階段の途中の廊下で男2人がヴィズに射殺されている。
私刑執行人レイノルドは、暗視装置の緑色の映像の中で2人を見つけ、歯を噛み締める。
「クソダーキーめ。頭で剥製を作ってやる」
ヴィズはその恨み言をとても間近で聞いていた。
受付カンウターと各部屋への廊下は一直線に繋がっていて、死角となるのは玄関から左に曲がったロビーのスペース。
差別主義者は、受付カンウター通り過ぎ、壁にぴたりと張り付いてから、映画の特殊部隊のようにロビーに素早く飛び込み、その壁際の死角にM14を構えようとして……思わず、息を呑む。
「なッッ!!?」
レイノルドは、
2人の距離はひどく近く、勝敗は一瞬で決まった。
レイノルドがライフルを撃とうとした時、ヴィズは低姿勢で彼の懐に潜り込み、ライフルの銃身を払い除けて射撃姿勢を崩させる。
M14ライフルは引き金を引かれてフルオートで暴発したが、その全弾はソファと壁に穴を空けただけ。
潜り込んだ勢いで両脚にタックルしたヴィズ。
レイノルドの両脚を掬い上げたヴィズは、そのまま豪快に差別主義者を押し倒し、M14を奪い取り、銃床で顔面を叩きつけた。
「はっ。俺ぁ、鼻が折れたくらいじゃ、くたばらないぜ」
鼻血を流しながらレイノルドは笑ったが、脳震盪で身体は痺れて動かない。
その視界の端には、投げ捨てられた愛銃が転がった。
ライフルを捨てたヴィズは、リボルバーをホルスターに戻し、代わりにブーツにさしてあるナイフを抜いて男の首に這わせる。
「おい、マヌケ。最後くらい人の役に立たせてやる、雇い主は誰だ?」
ヴィズの問い対し、レイノルドは彼女の顔に血の混じった唾を吐きかけた。
「蛮族の英語は聞き取れねぇな———グァ!!」
ヴィズは、彼が自身で思っているほど“タフガイ”でない事を教えるためにナイフで脇腹を刺した。
「雇い主は誰か答えろ」
時間が巻き戻ったような質問が繰り返されたが、ダークエルフのナイフは血に染まっている。
「名前は知らなぇ。流れ者で、撃つ時以外は左手しか使わないガンマンだ。へへへっ———クソッ! またやりやがった!」
ヴィズのナイフは、男の左手首を貫いた。
「タフガイ。人間は現代の拷問に耐えられないんだ。だから、拷問に耐える訓練ってのは、自白してしまう前に逃走するか、死ぬ方法を見つける訓練なんだ」
男は、呻きながらヴィズを睨む。
「ただ……私には、拷問するような時間はない。もう一度だけ聞く。雇い主は誰だ?」
「殺せよ。国の為に殉じるだ、名誉なこった」
ヴィズは、ナイフを逆手から順手に持ち替えながら笑った。
「ふふ。国の為に死ぬ。聞こえは良いが諸君らの仕事ではない。諸君らの仕事は、敵を国の為に死なせてやることだ」
「なんだそれ———」
ヴィズは、差別主義者の下顎から脳に刃を突き刺さし、そのまま首の骨も捻り外した。
その後、血に塗れた手で男を衣服を探るが手掛かりになるものは何も持っていなかった。
一階のエントランスまでを制圧し、射殺されたモーテルの主人、ブレーカーで感電死した長髪の男を、脳内のキルカウントに追加し、モーテルの正面に停められた1台のバンにまで辿り着く。
バンの中に、人はおらず、ここにも追跡者の手掛かりとなるものも皆無。
あるのはファストフードの包み紙、ジャンクフードの包装、芳香剤、ペットボトルと空き缶のみ。
それを物色し終えたヴィズは、人差し指と親指でCの字を作り、その中空に紙屑の山を挟む。
「灯れ」
紙屑に中で電流が火花を起こし、種火が発生すると、数秒後には炎が育まれた。
ヴィズはそこに、芳香剤の中身をぶちまける。芳香剤のジェルボールは多分な油脂を含み、それは一瞬で
ヴィズは、揺らめく炎を背に、モーテルの裏手へと走ると、旧式のV8エンジン特有の不均等なアイドリング音が耳に届いた。
その重低音に頬を緩ませながらマスタングへと乗り込んだ。
「アンダーソン。よくエンジン掛けれたね」
「何回も見てましたからね。隠しスイッチの場所も、アクセルと鍵を回すタイミングもバッチリでした」
後部座席に身を潜めていたキーラに礼を言うと、ヴィズはエンジンを空吹かし、勝利の咆哮を上げさせる。
そして、マスタングはルイジアナ方面へと駆け出した。
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