第18話 傷んだプロフェッショナル
マスタングは山脈を覆う夜霧を裂きながらルイジアナを目指す。
ヴィズの選んだルートは、アラバマ州とルイジアナ州を跨ぐボルチット山脈を抜ける道で、鬱蒼とした森林と渓谷が織りなす険しい峠のルートだった。
「今なら、ちょっと運転が出来そうな気がしてきました」
無知と自信から出たキーラの一言に、ヴィズは片頬を吊り上げる。が、流石に峠と呼べる山道で、アクセル加減一つでスピンしかない程のハイパワーマシンのハンドルを握らせるような事はしない。
道は蛇のように曲がりくねり、上下にも波打っている。その運転の感覚は、運転よりも乗馬やオフロードに近い。
そんな道であるにもかかわらず、キーラは後部座席から助手席に移り、ヴィズと並んで座った。
「あのぉ。ヴィズさん?」
キーラが、初めてヴィズ・パールフレアを下の名で呼び、意図して心身共に距離を詰めた。
そうして、この吸血鬼からヴィズに質問を投げる。
「人………殺したんですよね?」
キーラの態度を伺うような聞き方に、ヴィズは場当たり的にとぼけた。
「それは、人の定義によるんじゃない?」
そう言う放ってからヴィズは、ふっと自身がややこしい方向に話が進むのを承知で、キーラの質問を茶化したと自覚する。
「い、意志の疏通が出来る知的生命体です」
「それだと、犬やイルカも含まれるし、大半のホモ・サピエンスは含まれなくない?」
更に茶化した挙句、ヴィズは危険な事項を思い出す。キーラ・アンダーソンは、強力な吸血鬼性をだということだ。
「とにかく。なんであんな簡単に人を殺せるんですか?」
ヴィズは、この吸血鬼の質問の意味が、“何故、あなたは人を殺しても平然としているのか?”だと理解して、明確に答えた。
「慣れね。最初に殺したのは、傀儡派のベトナム人だったから、異種族だと殺しやすいってのもあったし、殺さなきゃ、殺される。それに慣れると、殺人も、問題解決の選択肢の一つ成り下がるのよ」
ヴィズは、サイドミラー越しに自身の顔を見ると、いつになく真剣な顔をしており、わざと笑顔を作る。
そして、目を合わさないようにしてキーラに向かって、訓示を垂れた。
「あなたが、人道主義者でも、博愛主義者でも良いのだけど、それを銃を持った相手に期待するのだけはやめなさい」
キーラが目を細め唇を尖らせ、何かを言いかけるが、ヴィズは遮った。
「そんな事をあなたのような吸血鬼様に言われるなんてね。まったく」
ヴィズは自身を嘲けり、視点を前方へと定める事で、会話を切り上げる。
しかし、キーラの視線は途切れる事なく、彼女を捕らえた続けた。
「勝手に話を飛躍しないでくださいよ。私は、ただ………ただ……」
啖呵は切れたが竜頭蛇尾。
「やっぱり分からないです。“死”を目の当たりにするなんて考えていませんでしたから」
その溢して黙るキーラ。
人を喰らうと恐れられる吸血鬼の一族でありながら、キーラ・アンダーソンの死生観は未熟だ。
それは、単に、現代の吸血鬼は人を殺さずに“渇き”を癒す術がいくらでもあるからだったが、それとは対照的に、ヴィズ・パールフレアの死生観は、非常に体験主義的なもので固着し、成熟している。
彼女にとって、“死”とは、可能性の消失でしか無い。
少しの沈黙の後、ヴィズは昔流行った曲を口笛で奏でた。
題名は、『これは、俺の役目じゃない』陽気なリズムのサザン・ロックながら、その歌詞は、亡くなった息子の葬式を行う父親の心情を歌った陰気な曲。
そこそこの腕前の口笛をBGMに、ヴィズ達のマスタングは山中でトンネルに到達した。
この山の峰が州境になっており、トンネルを抜ける事は、ルイジアナに辿り着いた事になる。
トンネル内は、昔ながらの暖色系の照明で、マスタングの排気音が壁に反響して、ジェットエンジンのような音として轟き、その音の圧から解放される頃には、ルイジアナ州に辿り着いた。
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