第15話 偏執×従軍経験=圧倒

 2人が眠っている間に日は暮れ、山を切り拓いた宿泊施設は、宵闇の中で閑散としている。


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「着いたぜ、騎兵隊カウボーイ野郎共」


 なんの変哲の無いバンが、ミシシッピ州の外れにあるモーテルの正面に横づけに停まる。


「そのようだ……。仕事はすぐ終わらせる。

 だからよぉロン毛のディック。もう二度とジャクソン5の残党の曲なんて流すな。俺はあいつが大嫌いなんだ」


 レイノルドはそう言うと、自慢のM14ライフルと片目用の暗視装置を被った。


「ちっ。分かったよ。でもここは都合が良いぜ。ドンパチやっても誰も気にはしねぇ。大暴れにはうってつけだ。みんな雷が落ちたとでも思うぜ」


 運転手のディックは、街灯に群がる蛾の群れを見ながらそう歓声をあげる。その後ろでボブが騒いだ。


「レイノルド。ダーキーの車がねぇぞ? あるの白いピックアップだけだ」


「気にすることはねぇぞ、ボブ。おおかた、あのダーキーがリスみてぇに埋めて隠したんだろうよ。とにかく突っ込め」


 バンには、レイノルドとボブの他に、5人の人間至上主義者が詰め込まれている。

 ボブは愛用のスコープ付き44マグナムを取り出し、弾丸の括り付けられたカウボーイハットを目深く被り、残りの4人は、オーストラリア製の拳銃を改造したピストルカービンを装備し、これには警察の保管庫から紛失した、消音器とフラッシュライトが備わっていた。


 バンのスライドドアが開き、ドアレール終端でロックされると、男たちはドッグランの犬のように飛び出す。

 ある者は、自身を犯罪者を制圧するSWATチームの一員のようにイメージし、ある者はイラク軍の背後から上陸するアメリカ海兵隊を自身に投影したが、この中に従軍経験や口伝え以上の火器の知識を持つ者はいなかった。


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 ヴィズとキーラが異変に気づいたのは、ボンッという紙袋を破裂させたような音と共にモーテル全体が暗闇に包まれたからだった。


 2人して同じタイミングで起き上がったが、思考の明瞭さはヴィズが勝った。


「えっ!? 停電?」


「うるさい。1人減らしただけ。馬鹿が細工したブレーカーをいじって吹っ飛んだの」

 

 吸血鬼故の夜目が利くキーラに対し、その優位性がないヴィズは、窓からの月光のみで辺りを探る。

 ヴィズは、抱えていたリボルバーを指先の感覚で撃鉄を起こすと、床に耳をつけた。


「アンダーソン。バスルームに隠れて、死にたくないならね」


 キーラは小さく頷きユニットバスの浴槽へと避難。


 ヴィズは息を殺して床を伝う振動に意識を注ぐ。複数人が階段を登る足音を聞きつけると、ヴィズの心拍数は一瞬跳ね上がり、すぐに平時よりも穏やかに落ち着き、それに伴って神経が急速に研ぎ澄まされた。


 その一団が廊下を通ってくる頃、ヴィズは一団が3人組である事を見抜き、それぞれの配置を正確に補足できていた。

 

 床の軋みと気配から、1人が入り口の左側に張り付いたのを感じる。


「野郎ども、このスタングレネード閃光手榴弾が爆ぜてから突っ込めよ」


 壁の向こうからの声。


 ヴィズは、その声を辿り壁越しの何者かに3回連続で引き金を引いた。


「ぎゃあ!」


  薄い複合木材の壁を貫通した銃弾が、その向こうの襲撃者を射止め、不意打ちを受けた襲撃者は、ピンを抜いたばかりのスタングレネード閃光手榴弾を手から落とした。 


 スタンドグレネードの安全レバーが空中で跳飛び、起爆寸前の爆発物が、廊下に集う襲撃者達の眼前へと転がり……。


 その眼前で炸裂。


 刺すような閃光とつんざくような爆音が轟いた。


 ヴィズは伏せた姿勢のまま銃声よりも爆音を壁越しに聞き、ドアの隙間からは強烈な閃光がカメラのフラッシュのように差し込むのを確認した。

 爆発の反響が収まるよりも早く、ダークエルフは体を起こし、拳銃片手に入り口の扉を蹴破る。

 突入役だった男を扉で弾き飛ばし、廊下への射線確保。


 階段に続く通路には、ドア越しの体当たりでノックアウトされた者も含めて、襲撃者が3名。

 三者三様に顔や耳を押さえてのたうち回り、スタングレネードを投げ込む予定だった男は、防弾ジャケットの背中をさすりながら顔も抑えていた。


 ヴィズは、滑稽に思えるような惨状の中で、扉で殴った男の顔に1発を撃ち込み、弾が頭部を貫通して壁へと血が塗りたくられる。

 続けて、廊下の端に立つもう1人に残りの1発を撃ち込む。この男も確実に脳を破壊された。

 


 その間に銃弾を食らっで怯んでい男を部屋へと引きずり込み、扉を乱暴に閉めた。


 この男は、室内へとスタングレネードを投げ込むつもりのボブだった。

 運び込む途中、ボブが意識と戦意を取り戻し、引き摺っているヴィズの手を掴み返して、自慢のガンベルトに収まったのマグナムに手を掛けた。


「ダァァキィィ! 顔を吹き飛ばしてやる———っ!?」


 異変を察したヴィズは、身体を翻し、銃を握ったボブの腕を踏みつけた。その衝撃で差別主義者の自慢の大口径拳銃がホルスター内で火を噴いた。


 ヴィズは、さらに飛びかかるようにして男の顔面を踏みつけ、上顎骨と鼻骨と陥没させて顔を踏み砕いた。


 そして、手探りで襲撃者の情報をかき集める。

 身体付きは筋肉よりも贅肉の比率が高く、傭兵や警察というよりは、暗黒街の殺し屋のようだったが、纏っている道具は全て一流品というチグハグ感が目立つ。特に着込んだ防弾ベストは、自動小銃までを許容する軍事品だった。

 

 ヴィズは、次に、男が抜こうとしたマグナムを拾い上げ、弾丸を調べた。

 弾丸は、対吸血鬼用の銀製ホローポイント弾。

 この弾丸の特徴は、弾頭の先端がすり鉢状に窪んでおり、人体に命中した際、スライムを壁に叩きつけたように体内で変形するので、銃弾の運動エネルギーを人体に伝える事が可能というもの。


「キーラ・アンダーソン……。あなた、変な連中に目をつけられたわね」


 ダークエルフは、顔色を変えずに、顔の潰れたボブに彼のマグナムを構え、撃った。


 元々はハンターが熊の撃退用に開発された大口径拳銃は、破格の威力を持ち、文字通りに頭をを吹き飛ばした。


「……こんなの馬鹿が使う銃だ」


 大口径弾の強烈な反動に手が痺れ、その威力に耐えるべく作られた頑丈な銃は、かなりの重量を持つ。この特徴はヴィズからすれば扱い難いことこの上ない。

 さらに、このマグナムには遠距離狙撃用のスコープも付いていた為にさらにバランスが悪かった。


 マグナムを放り捨て、ボブの亡き骸から防弾ベストを奪うとキーラの隠れるユニットバスへと引き返した。


「パ、パールフレアさん! 血が!」


「私のじゃない。それよりこれを着て」


 吸血鬼に向け、防弾ベストを差し出したつもりだが、ユニットバス内は完全な暗闇で、ヴィズには無いも見えていない。


 ジャケットが手から離れ、暗闇から衣擦れと気配だけを感じ取る。


「着た?」


「着ました!」


「次は、起爆線」


 手を差し出すヴィズの手のひらを、キーラは献金皿へのお布施のように銅線の先端を渡す。


「しゃがんで耳を塞いで。調のついでに、悪党共をマッシュポテトにするから」

 

 ヴィズの指示でキーラは、バスタブ内にしゃがみ、ヴィズもそこに座り、呪文を唱えた。


「全能なる古の賢者よ、あなたの導きを用って、私に魔力を遣わせ給え。いかずちを宿らせ給え」


 ヴィズの握る銅線に、青白い火花が散り、次の瞬間、轟音がユニットバスの扉を激しく叩く。

 爆裂術式は連鎖しながらモーテルの2階の中部屋の両壁と床を同一方向に粉砕し、屋内に新たな通路を作り出した。

 

 ヴィズは、自分のリボルバーに弾を装填すると、キーラを立たせながらドアノブに手をかける。

 が、ドア自体が変形しており、ヴィズは体当たりで扉を蝶番ごと引き剥した。


 爆風のみを発生させた爆裂術式により、出火こそないが、砂埃と引き裂かれた水道管が、建物全体を滅茶苦茶に仕立てている。


「この臭い。純度の高い石綿アスベストフレグランス芳香ね」


 ヴィズは、的確に死角を潰していきながら安全を確認すると、キーラを東部屋から、吹き飛ばした壁を通して中部屋に導いた。


「わっ!? 人が倒れてる———ッ!!??」


「死んでるの。あんたもそうなるよ?」


ヴィズが、顔を潰した死体を見て、キーラはその場で嘔吐しかけるが堪えてヴィズの後を追う。

 中部屋は、床も吹き飛ばされていて、真下の1階中部屋への直通路を形成されている。


 その穴を使って、ヴィズが先に飛び降りた。


 降り立ったヴィズは、部屋の出入り口に銃を向けたまま、キーラにも降りてくるように手で合図し、彼女はそれに従う。

 

「アンダーソン。私は廊下に出るから、あんたは裏の窓から出て、そのまま、真っ直ぐ走った駐車場で、白いピックアップ荷台付きトラックを探すの。良い?」


「………えっと、それって代えの車ですか?」


「マスタングに光学撹乱術式をかけてそう見せてるの。駐車場の1番手前の街灯の下に止めてある」


「パールフレアさんは? 来ますよね?」


「すぐ行くけど、あんたが思ったよりもまともだから、ちょっと時間を稼ぐ」

 

 「じゃぁ、行った、行った」とヴィズは、キーラに車の鍵を投げ、そのまま廊下へと踊り出る、それと同時にキーラも野外へと飛び出した。

 

 

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