第14話 WAR PIGS〜戦争豚は静かに鳴く〜

 ルーリナからの折り返しを受けたシエーラは、金色の髪を一房に纏めたポニーテールとアビエーターサングラス。パリのノミ市で買ったジャケットを羽織り、シャルル・ド・ゴール空港に着いていた。


「ルー。の空港に着いた。15時間のフライトで合衆国に到着する」


 シエーラがこの空港をと称したのは、この空港名をフランス第五共和制初代大統領シャルル・ド・ゴールから取った事との大統領が、大戦中はドイツに抗った救国の英雄で、戦後もフランスの象徴だった事に由来する。


「分かった。ありがとうね。シエーラ」


「お礼なんてね……。私は、ただ単に楽に大金を稼がせくれる、あんたをそれなりに好ましく思ってるだけ。通信終了。あっ」


「あはは。ルーリナ、通信終了」


 ビープ音で電話を切ったルーリナは、衛生電話のアンテナを畳みながら青烏に尋ねた。


「えっと……パールフレアについて何が分かってるんだっけ?」


 青烏は、コーヒーで唇を湿らせてから、監視カメラの映像を拡大した。


「経歴以外には……ボロいクーペ。70年型のマスタングで、ウェットアンカー港に訪れて、そのまま街を去りました。キーラ・アンダーソンを受け取ったのかどうかは釈然としてません………。それこそニューヨークのマフィアに聞いてみたらどうでしょうか?」


「うーん。ソニーは、卑怯で利口だからこの件に深入りしないと思う」


 青烏は、キーボードを弾き、監視カメラの映像からヴィズのマスタングの切り取った。


「パールフレアの車は、無登録のナンバープレートが付いていて、車体と同じように錆さびなんです。

 そして、こいつが厄介で識別難易度が跳ね上がってる」


 青烏は、説明と並行して画像を編集して、三次元のマスタングのサンプルを写す。


「見てわかる通り、車体前方は錆びてて、左右の側面は塗装と錆のツートン。後部は新品みたいにピカピカです。

 このランダムな色のせいで、荒い画像からは絞りきれず、錆びた車とか、同じ世代の車がだいたいヒットしてしまいます」


 ルーリナは唸りながら首を傾げ、青烏は打開策を打ち出す。


「彼女とアンダーソンが合流したのを前提として、目的地がルイジアナ州と決まってます。

 なので、通過点であるジョージア、アラバマ、ミシシッピに絞り、それぞれの州境付近のカメラを重点的に警戒して、捕捉しようと試みていま———」


 青烏が、眼鏡に指をかけ、精一杯格好つけていると、ディスプレイの端に“完全一致”の文字が赤色で瞬いた。


「ヒット! フロリダとアラバマ州境。サイトC24検問所………カメラ1のやつです」


 青烏の操作で、ディスプレイは、四分割の画面に切り替わり、それぞれ監視カメラの映像が映った。


「画質は悪いけど……この画面中央のライトが片方の奴だね」


 ルーリナがディスプレイを指差し、青烏が首肯。


 カメラの画像は投光器の明かりで白んでいて画質自体も悪い。さらに電波ノイズが黒い線として画面を縦横に走った。


 その映像の中では、検問で停車している車が、片方のヘッドライトしか点いていない古いタイプのクーペだということしか判別出来なかった。

 

「こんな画像ですが、ライトの数と側面の錆のパターンが合っているから、確実でしょう」

 

 青烏は、理論的にこの車がヴィズの物だと確信していたので、余裕の態度で背もたれに寄りかかる。


「ねぇ、狗井。このダーキーがパクられたら、あんたがアンダーソンを強奪しないとね」


 狗井は、電節義足の金属質な足音を伴って、ルーリナと青烏と同じように画面を覗き込んだ。

 椅子の深々と座る青烏に、その背もたれの後ろから背伸びして覗くルーリナ。

 義足のせいでアンバランスに高身長の狗井は、立膝でディスプレイに目線を合わせた。

 

「アオ、日帝警備のガードマンに比べば、アメリカの民警なんか朝飯前」


「本当? あんたの主食、ペーストだからかなり早いじゃん?」


「うるさい。糖尿病予備軍」


「頭脳労働者なのでご心配なくー。最悪は人工肝臓に置き換えるしー」


 2人の会話に呆れ気味のルーリナ。狗井は画面を凝視し、青烏は頬杖をついてヴィズと警察のやりとりを眺めていた。


「止めて。後から来た民警が怪しい」


「へ?」


 狗井は、監視カメラの向こうでアンダーソンを発見し、何かを確認している民警に違和感を覚えた。


「こんな、状況で堂々とスマホを——っ!?」


 映像に音声は無かったが、民警の男が銃を撃ち、薬莢が跳ね飛び、硝煙が昇る。


「うそ……」


 一瞬最悪の事態が3人の脳裏をよぎる。


 だが、画面の向こうのマスタングはカメラを使い物にならなくなるほどの白煙を撒き散らすと、一瞬で検問を突破して逃走。


 青烏とルーリナが息を飲む中、狗井が冷静に呟いた。


「アオ、アンダーソンは吸血鬼。パールフレアがアクセルを踏んだのだから問題ない。それよりも撃ったのはどんなやつだ?」


 狗井が場を仕切り、ルーリナがほとんど同じことを青烏に命令した。


「あの民警は……ジャクソン・ホグロー………」


 すぐさま、勤務データと画像から人物を特定した青烏は、その経歴から手掛かりを探った。


「なんで、こんな奴が民間とはいえ警察に?」


 思わず青烏は言葉を溢す。


「こいつ。ガッチガチの差別主義者ですよ。

 車には、愛国主義的人間至上主義団体の旗を立てて、エルフとアジア系相手に3度も傷害事件を起こしてる。つい2週間前には、“人間と労役種”なんて本も買ってます」


 男と経歴には、感情の起伏の少ない狗井ですら目を伏せ、ルーリナは眉間にシワを寄せながら思考を巡らせる。


「その男は、一目で分かるダークエルフよりも、一見に人間に見えるキーラを撃ってる。

 ………勘でしかないけど……こいつ1人の犯行ってワケじゃないと思う」


 狗井も画面に映る敵を睨んだ。


「ルーリナ様の言う通りだと思う。コイツ、キーラを襲う前に携帯でなんか確認してるし」


 ルーリナと狗井の進言を受けた青烏は、首をポキポキとほぐし、静かにキーボードに手を置く。


「ま、私はこの為に雇われてますからね」


————————————————————

ミシシッピ州


「なぁ、ボブ。“女を捕まえろ”と“女を撃て”って全く違う言葉だよな?」


 スキヘッドの異種族差別者レイノルド・“私刑執行人”・ジェイコブスは、自慢のM14ライフルを磨きながら同胞のボブに尋ねた。


 その時ボブは、掃除したばかりのスコープ付き44マグナムを構え、窓の向こうの鳥に十時線を重ねていた。


「確かに違う。違うが……亜人非人間ってことならそんな悪いことじゃねぇ。AプラスかAマイナスかってくらいの差だ」


「馬鹿野郎。今回は、スポーツハンティングなんだ。お前だって、片方しかツノのない鹿は剥製にしないだろう」

 

 レイノルドの言葉に、はっと目を覚ましたようになるボブ。


「確かにそうだ! あんの馬ッ鹿野郎!」


 ボブはそうイキリたちながら、特別製のガンベルトにマグナムを納める。


「ダーキーと吸血鬼売女ヴァンプビッチは、アラバマ州に入った。こっちに来るかもしれん」


「ミシシッピに? 連中はどこに向かってるんですかい?」


「先生の言うには、ルイジアナに行くらしい」


「先生……あ、あぁ例の支援をしてくれたとか言う人っすよね」


「そうだ。しかも、どの界隈にもコネがある。神の次に慈悲深く、武器でも金でも寄越してくれる。

 まったく、あの人は全てのアメリカ人が尊敬すべきアメリカ人だ。次の大統領選に出てくれれば良いのにな」


 理想と妄想と狂気を混ぜ込んだ言葉に息を巻くレイノルドとボブに、水を刺すように電話が鳴り響く。


「俺だ。あ? お、おう。分かった」


 レイノルドは、ぶっきらぼうに電話を取り、2、3のやり取りを経て電話を切った。


 そして、満面の笑みでボブに言う。


「ボブ。仲間に連絡しろ。ダーキーが西部のモーテルに入ったて連絡がついた。

 ほら、あの小屋に住んでる行動力の無いナマケモノみたいな偏屈爺さんが見たってよ」


「へへっ。ついてますね。ベガスだったら大金持ちだ」


「ボブ。お前は本当に馬鹿だなぁ。これは神のお思し召しなんだよ。神は常に正しい側の味方だからな」

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