第13話 嵐の前の静けさ
朝日がアラバマ州の広大なレボソ高原から完全に顔を出した頃。
ミシシッピ川を源流に持つマブル川の橋で、マスタングの
寝不足と疲労で充血した目をしているダークエルフが車を走らせ、その助手席には背中を睨む日光から逃れるように吸血鬼が座る。
車窓の向こうには、鹿狩りとフライフィッシングのガイドブックに載りそうな、雄大な河川が続く情景があった。
「マンハッタンとロングアイランドですら、違いがあるのに……いつから、ミシシッピ州だったんですかね?」
キーラは、助手席から声を絞るようにヴィズに話しかけた。
「地球は丸いからね、田舎と都会が等間隔に並んでる。ニューヨークとロサンゼルス。ロサンゼルスから東京、東京から香港。香港から……アブダビってな感じでね」
「それおかしくないですか?」
ヴィズに虚言に反論したキーラに、ダークエルフは横目で見返した。
「……アンダーソン。あなたは理数系ね。つまり地球を滅ぼす連中よ」
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ミシシッピ州に着いた途端。ヴィズは「今日中に、この州を抜ける」とキーラに宣言した。
警察や、正体不明な追っ手を警戒しての決断であり、キーラは従う他ない。
ラジオ放送はフォークロックを流れ、キーラがそれに一人文句を言い、ヴィズはプロテインバーとタバコをエンドレスリピートしていた。
「パールフレアさんは、いつも……こうやって犯罪で生計立てしてるんですか?」
吸血鬼という種族特有の赤い虹彩を煌めかせ、キーラが訪ねた。
「まぁ、そうね。40歳を過ぎた頃だったかな。そんくらいでフロリダに来てからは、ずっとゴミ処理、ゴミ漁りとかかな。物は言いようだけど」
ヴィズの言う、ゴミ処理は有機物、無機物問わずであり、ゴミ漁りは所有者の承諾に拘らない。
「え、40から? 今何歳なんですか??」
「58」
「え、見えない! あー、エルフですもんね、人間に換算すると………20後半くらいの年齢ですね。それなら妥当ですよ!」
「撃ち殺すぞ」
ケラケラと笑い出すキーラ。
「それ以前は何をしてました?」
「まぁ、いろんなとこで、色んな事。亜人種とて、人間様が蔓延る世界に生まれた以上は人間様の時間で生活しないといけないからね」
ヴィズは、キーラの興味がそれ以前の過去に進まないように話題を変えた。
「ルイジアナは目前だけど、正直キツい。あんた運転出来る?」
「無理です。運転免許なんか持ってないので……」
「私も死にたくはないし、マスタングも潰したくない。どっかのモーテルで休もう。事故る前にね」
追手を警戒するヴィズは、結局ルイジアナ州目前の山中までを走破し、午前の内にとあるモーテルへと立ち寄った。
ヴィズの目論見通り、山を抜けるマイナーなルートに沿うモーテルには宿泊客はヴィズとキーラのみだった。
さらに宿主は、難聴気味で新聞とラジオにしか興味のない老人なので、扱いも容易い。
キーラが老人と話し、3部屋のチェックインを申し込む間に、ヴィズは、ブレーカー付近の確認と細工をして回った。
建物は一般的なモーテルのイメージと異なり2階建てのコンクリート製。内部は、薄い複合建材で作られ、音や温度の遮断効果は絶望的に低い。
そんな安宿は、1階に3部屋、2階に3部屋の巨大な箱のような造りで、古い型の蛍光灯と20年前に倒産したビール会社の宣伝ポスターが貼ってあるという年季の具合。
「パールフレアさん。なんで3部屋も契約して、2人とも1部屋に入る必要があるんですか?」
2人は、2階の東部屋に集まり、他の部屋には仕込みを終えたヴィズはベットに潜り込む。
「なんかあった時に面倒でしょ? 後、隣部屋は壁と床に
「爆裂術式!?」
「そう。指向性だからここにいれば安全。
それと、この部屋の扉と壁には点火用の術式を描いて、直結した起爆線をバスルームまで引いといた。石鹸の横ね」
「よく分からないんですけど、魔法使いなんですか?」
「中級魔法と高度
ヴィズは、無理矢理話しを切り上げ、本当に眠りに入ってしまった。
キーラは、そのダークエルフを眺めながら、自身の置かれた状況を整理し始める。
この混沌としか呼びようの無い事態では、整理する手がかりすら見当たらない。
消去法的に答えの出ない自問自答を繰り返すキーラは疲れて、何気なくダークエルフに目線を移す。
人間の頭脳を持った野獣のような性格の女も寝ていれば……美人な部類だろう。
寝姿でさえ、子供がぬいぐるみを抱くような感じで、拳銃を携えているので剣呑だが……。
太陽はまだ、西側にあるが部屋は薄暗く、豪胆なヴィズの規則正しい寝息は、疲労困憊なキーラを眠りへと誘う。
キーラもいつの間にか睡魔に負けていた。
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