第12話 敵よりは味方寄りの関係

「パールフレアさん。さっきはひどい事言ってごめんなさい。もうお別れのようです……」


 本人は、本気で辞世の句と思っているが、ヴィズからすれば世迷い言。


「民警は公務用の9mm弾しか持っていないはずだけど、撃たれたのはどこ?」


 ヴィズが言ったのは、9mm自動拳銃用のソフトポイント弾を指し、この弾丸は効率的に人体に損傷を与えるが、銀を含んではいない。

 ダークエルフの問いに吸血鬼は呼吸荒く答えた。


「胸です……」


 吸血鬼の

 彼女は、その血溜まりを必死に押さえていた。


「胸から血が出ていて………。なにより……防弾ガラスを貫通したんですよ?」


 吸血鬼は、風穴の空いたサイドウィンドーと、運転席を交互に見やり、その視線を肌で感じながらも、ダークエルフは都合の悪い真実を口にする。


「あー、防弾ガラスなんて嘘」


 息を呑む吸血鬼。彼女が怒り出す前にヴィズは次の質問を投げた。


「撃たれた場所は右肩でしょ?」


 そう言われて肩をまさぐる吸血鬼。


 ヴィズの計略通り、吸血鬼は虚言者の糾弾よりも自身の負傷を気にかけ、思わぬ発見に「あっ」と声を漏らす。


 結果として、民警の凶弾はマスタングの右後部の窓を撃ち抜いた後、キーラの肩に命中。弾丸はマッシュルームのような形に膨張しながら、鎖骨を砕いた所で止まった。

 そしてその後、吸血鬼故の治癒能力により治癒した鎖骨によって、皮膚下まで押し戻されていた。


「肩ですね。血も止まって……ます」


「でしょうね、貴女は吸血鬼だもの」


 ヴィズは、感情を感じさせずにそう言い放つが、内心では“簡単に死なないから面倒くさい”と舌を鳴らす。


 命に別状が無い事を理解すると、吸血鬼は、今度は別の事で騒ぎ出した。


「弾があるですけど!」


「ん?」


「中に入ってる!」


「え、下ネタ?」


「だから——」

 

 結局。“吸血鬼の皮膚下に残留した9mmソフトポイント弾の危険性”について、双方の意見は完全に割れ、討論が続き最後の最後で根負けしたのはヴィズ。彼女は折衷案を切り出した。


「分かった。じゃあ、外科手術ね」


 治療の有無を押し問答をしながら、アラバマ州モビール湾のほとりまで突っ走ってきたマスタングは、深夜のハイウェイ上で乱暴に減速すると、道沿いのショッピングモールの駐車場へと入り込んだ。

  

 ショッピングモールは既に閉店しており、敷地全体が宵闇と静寂に包まれている。


 そんな静かな場所にヴィズは車も乗り入れ、サイドブレーキがギギッとタイヤを掴む。


 V8エンジンのアイドリングで振動する車内。

 電球式の仄暗い室内灯の下で、ヴィズは、助手席の工具箱からポケットナイフとペンチを取り出し、後部座席へと移動した。 


「な、な、な、何をしてるんですか!」


 ナイフは、小型の折り畳み式で、ステンレスの銀色が眩しく、僅かに反った刃の形状は、人命を奪う以外の用途を想像し難い。

 ペンチに至っては、完全な工具で、浮いた錆の色と、明らかに動きの悪い可動部分が軋んでキイキイと音を立てるので、キーラの恐怖を煽る。 


「ナイフとペンチでステーキを食べるように見える? 外科手術だよ」


キィキィとペンチを鳴かしダークエルフが、吸血鬼を追い詰める。


「はい、麻酔薬」


 ダークエルフは、そう言って胸ポケットからスキットル小型水筒を取り出した。

 目を白黒させ、息遣いも荒い吸血鬼は、それの蓋を慌ただしく開け………口に動きを止めた。


「臭っ! これ、何ですか?」 


「バーボン。要はウィスキーだけど?」


「お酒無理!」


 吸血鬼は、呆れ気味に怒鳴り、先程の逆再生のように慌ただしくスキットルの蓋を閉め、ヴィズに突き返す。


「そう、じゃあ、袖でも噛んでて」


 吸血鬼は、呆れと怒りに満ちていたが、背に腹は変えられるずダークエルフに従い自身の袖口を噛み締める。


 その目の前でダークエルフが、バーボンを口に含んだ。


「何で、あなたがお酒飲んだんですか!?」


「こんな事、素面しらふで出来るもんか!」


 渋そうに顔をしかめ、口の端から垂れたウィスキーを舌で舐めとるヴィズ。


「やっぱ、病院に行きましょうよ!」


「状況を考えろ!」


 ヴィズは、不意打ちでキーラの服に刃を入れる。

 裂かれた衣服の下に雪膚が覗き、鎖骨の上にあるデキモノのような膨らみに、刃を突き立てた。

 ナイフは、吸血鬼の表皮を滑らかに切り裂き、裂けた切り口からは僅かに血が流れ出す。


「うっ。うぅ……」


 切り込み口から銅色の弾頭が顔出すと、ヴィズは躊躇せずにペンチで摘んで引き抜く。


「いっ、痛い!」


 呻き座席を叩く吸血鬼。

 

「はい。取れた」


室内灯を反射する赤褐色の弾頭は、先端が潰れ、全体が血に塗れている。


「頭が……ぐわんぐわんする」


「大丈夫。呑めば治る」


 キーラは、ヴィズが差し出したスキットルを受け取り、迷った果てに一口煽る。


「不味いし、喉が熱い」


 そう零して吸血鬼は、長いため息を吐き肩を落とす。


 喉も胃もアルコールで熱く。痛みと混乱から状況が全く理解出来ない。


「あの警察官。私の顔を見て、携帯か何かを確認したんですよ。それから顔を上げたと思ったら、拳銃を撃ってきた」


 市民の味方が撃ってきた。その光景は吸血鬼の脳と心に焼き付いている。


「さっきの話。あんたがだったみたいね」


 ヴィズが、摘出した弾頭を眺めながらそう呟く。


「でも、警察に命を狙われるなんて……」


「警察や民警じゃないね。あのゴタつき具合からみて、警察の中に別の連中が紛れたって感じ」


 ヴィズもこの状況に疲れ、ヴィズら夜風を求めて車から降りタバコを咥える。 


「あの、私も外に出ます。逃げたりしませんから……」


 キーラがヴィズに続いた。

  ヴィズは、キーラを気にもせずにタバコを咥える。

 ハイウェイを駆け抜ける車の音と潮風しかない町の夜は静かだ。


「どんな連中が、ただの大学生の命を狙います?」


 完全に傷の塞がった肩を撫でながらしゃがみ込む吸血鬼。

 その顔に、ダークエルフの口元からの煙が揺蕩たゆたう。


「2級吸血鬼の大学生でしょ? 大学では何を?」


「BBSS。生体工学を基幹にした自立ユニットの研究です」 


「まぁ、立派」


 ヴィズ・パールフレアには、全く意味が分からなかった。


「他は?」 


「ちょっとした……プログラミングです」


「はー。マトリックスみたい奴ね」


 ヴィズに対し、露骨に軽蔑した目を吸血鬼は向けた。


「あなたが思っているのは、クラッカーです。私は、ハッカーではありますが、主題は常に、サイバージャングル内のダークユニオン・ヒエラルキー的虚空“ガランドウ”の開拓であって———」


ヤー、ヤーはい、はい。分かった。ここらでトイレ休憩にしよう」


 咥えたタバコを上下に揺らしなが、吸血鬼に制動を働かせるヴィズ。


「聞いたの貴女じゃないですかっ!?」 


「まさか、MAC11サブマシンガン並みの早口で話すとは思わなかった」


 吸血鬼は、後ろ髪の辺りを掻きむしり、小さく呟く。


「貴女はコメディアンが向いてますよ、嘘つきエルフ」


 ヴィズはそれを聞き流し、口元から紫煙をたなびかせた。


 時刻は未明。月は朝の気配から逃げるように西に傾くが、町全体が深い眠りについている。


「おい、吸血鬼」


「はぁ。キーラです。キーラ・アンダーソン」


 吸血鬼キーラ・アンダーソンの心は、彼女のプライドから少しづつ剥離し始めている。


「オッケー。キーラ。これからどうする?」


 ダークエルフも、混迷する現状を鑑みて、この瞬間が、吸血鬼と自身の行く末を決める分水嶺ぶんすいれいだと定めた。


「ど、どうするって?」


「私とルイジアナに行くか、こっからニューヨークまで歩いて行くか」


 ヴィズは、吸血鬼の心変わりを頼った。


 もし、上位吸血鬼であるキーラが、ヴィズに対して非協力的ならば、これ以上の拘束は、に難しい。

 そうなれば、ヴィズは、キーラを殺害するまで考えなければならない。


「2択問題にすらなってないじゃないですか。連れてってくださいよ。ルイジアナでも、どこでも」


 吸血鬼は、置き去りを恐れた故にヴィズに従う事を望む。その返答はヴィズにとって理想的だ。


 ダークエルフは、最後に深くタバコを吸うと吸い殻を放り投げ、車へと乗り込む。

 そして、キーラのために助手席を開け放った。


「フロントガラスはUVカットだけど、太陽光から肌は守りなよ。日が出る前にアラバマを抜ける。ミシシッピまで行って休憩しよう」


 アイドリングのリズミカルなエンジン音はそのままに、タイヤが路面の石を潰す音が聞こえるほど、穏やかにマスタングは駐車場を後にする。

 そして、ヴィズの宣言通り、日の出直前には、アラバマ州からミシシッピ州への州境を越えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る