第9話 詐術と話術の才能

 ヴィズたちは数時間車を走らせ続け、フロリダ半島を抜け、フロリダとアラバマの州境に着いたのは、日付が変わる頃だった。


 昏倒した吸血鬼を後ろに乗せているヴィズは、実質の一人旅に、マスタングよエンジン音と変速機の軋みに耳を傾けて、夜風と澄んだ空気に混ざる排ガスの雰囲気に浸っていた。


 フロリダとアラバマ州境までくると西のアラバマ方面から吹く風には草の香りで満ち、マスタングによる環境負荷もかなり減らせていそうだ。


 平坦でのどかな海岸線は、ヴィズに緊張の解けた反動のように眠気を感じさせ、10時間近く走り続けた事もあったので、仮眠取る事を決めた。

 そして、幹線道路から外れるルートを選び、ほどなくして空き地へと辿り着いた。

 エンジンの冷めるチ、チ、チという微かな音と後部座席で眠る吸血鬼の吐息を聞きながら、プロテインバーの包装を剥きつつ、フロントコンソールから伸びた剥き出しの電極を握り、静かに呪文を唱えた。


「全能なる古の賢者よ、あなたの導きによって、私に魔力を遣わせ給え。雷光の残滓を宿らせ給え」


 バチッと指先に火花が散るとコンソールの裏で、リレー接点が作動し電気系統が導通。そうして、ラジオデッキぐが地方放送の電波を受信し、エレクトロニカ電子音楽が流れ始めた。


その時。


「ぅ、うーん……ここは………」


 吸血鬼の寝ボケた声に、ヴィズは内心で舌を鳴らし、腹ごなし食べようとしていたプロテインバーを咥えると、迷う事なくホルスターからリボルバーを抜いた。


ガチャリ。

 

 体を起こした吸血鬼。その胡乱うろんな目が銃口を認識するのと、リボルバーの撃鉄が起こされる音にはズレがなかった。


「おはよう、吸血鬼」


 ヴィズは、銃の抑止力を頼りに会話を切り出した。

 吸血鬼は怯えたまま銃口の向きに注目し続け、を凶器として一辺倒に恐れている事のあらわれした。

 ヴィズは、その恐怖心を煽るようにくさびを打つ。

 

「これは………44マグナム。世界最強の拳銃で、コイツの弾は、。打ち込んだ弾頭が体内でぶっぜるから、さすがのお前でも酷い事になる」


 吸血鬼は、血の質が高いほど異常な治癒能力を持つが、それに比例して極度の銀へのアレルギーを持つ。

 それ故に吸血鬼の体内に銀金属が侵入すると、鉛や水銀中毒のような症状を引き起こし、摘出しなければ最悪死に至る。

 ………が、実際のところヴィズの持つ拳銃の弾丸は、であり、吸血鬼に対するアドバンテージは皆無。

 だが、吸血鬼はその嘘を見抜けずに信じ込み、戦意や反抗心を抱きもしなかった。


「ま、待って! 絶対に人違い! 貴女たちは、何の変哲もない民間人を誘拐した挙句、こんな片田舎に拉致してるの!」


 目の覚めたキーラが、状況が分からないまま命乞いをすると、ヴィズは話題を逸らした。


「はっ? 何でここが片田舎だと分かる!?」


「え、えっと、今時ラジオでテクノポップは流れない!! 80年代で終わってるから!」


 ラジオから、シンセサイザーとキーボードのハイテンポの音楽に、植物による人類支配を憂う歌詞が歌われてる中、ダークエルフと吸血鬼はしばらくの間睨み合った。


「エ、エルフさん。か、解放してくれませんか? 明日は、大事な用事が——」


 ヴィズは、分かりやすくため息を吐き、拳銃の撃鉄を戻す。

 彼女のリボルバーは、西部劇の物シングルアクション式とは違い、引き金を引くだけでダブルアクション式銃撃ができたが、この場合は、撃鉄を戻すデコッキングことで敵意がない事を表現した。


「あんたをルイジアナまで運ぶのが私の仕事。後気をつけな。私はダークエルフだ」


 ヴィズのぶっきらぼうな物言いと銃の眼光から外れた安堵から、吸血鬼も下手したてに出るを止め、露骨な敵意を目に宿す。


「ルイジアナ! こんなオンボロで行けるとは思えませんけどね!」


「吸血鬼。言っておくけどエンジンは、620馬力のカスタムV8で、ボディは炭化タングステン製。ガラスはナノ粒子防弾。ドアパネルには、非活性化銀生成プラズマフィールドが施してあるから、下手に触ると死ぬからね」


 努めて事務的に脅し文句を言い放ったヴィズは、仮眠を諦めてエンジンを始動させる。


 吸血鬼相手に、無限にをかます度胸を持つこのダークエルフも、流石に夜間、狭い車内に目覚めた吸血鬼を放ったまま寝る事は出来ない。


 ヴィズのマスタングは、轍の雑草を踏み潰しながら畦道を抜ける。


 街灯の明かりはなく、宵闇を裂くのは、古い車の古く黄色味の強いヘッドライトのみ。


 海岸線を沿う街道を西に向かった。道は狭くその右手側は、切り立った崖がそびえ、左手側は、車線を挟んで海へと落ちる崖だった。

 その崖下は、波音ひとつ立てない漆黒の海が佇んでいる。


 澄んだ夜の気配にマスタングのV型8気筒エンジンが吠える。

 ドライブの雰囲気は最高だったが、ヴィズは密かに奥歯を噛み締め、ハンドルを握る手にも力が込ている。


「貴女は、ハズレを引いたのよ。エルフさん」


 マスタングの後部座席に囚われた吸血鬼は、凛とした態度を意識して、心内で何度も練習した台詞を吐き、ヴィズはそれを軽くあしらった。


「マジかー。前の“大統領の暗殺日クジ”も外したんだよねー」


 そうやって、ヴィズは吸血鬼の懸命な努力を踏みにじったので、吸血鬼はキレた。


「ダーキー。私なんかに何の価値もないって分からないの?! あぁ、あなたなんか捨て駒なんでしょうね!」


 ヴィズは、とっくの昔に倫理観など破壊され、生きるためだけにこんな事をしているので、そんな話に興味はない。

 

 

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