第10話 強大な吸血鬼と嘘つき
「確認だけど。あんたは
不貞腐れたように黙り込む吸血鬼に対し、ヴィズは、バックミラー越しに尋ねる。
「鏡に写ってるでしょ、吸血鬼じゃないかもしれませんよ?」
「瞳孔は
あと、そんなステレオタイプな事言ったら、
吸血鬼のキーラは、バックミラー越しにヴィズを睨み返しギリと奥歯を噛み締めた。
「ダーキー。あなたは特別に糞だけで作ったみたいですね!」
吸血鬼の口を開かれると、そこには確かに発達した一対の牙があり、これは間違いなく噛みつき、血を
吸血鬼相手に、ヴィズは態度を崩さず、ポーカーフェイスの下より深くキーラを分析する。
この吸血鬼が、
吸血鬼の階級は、全部で5段階に分けられている。
5から3級は、怪我の治りが早く、日中日焼け止めとサングラスが必要な程度で、人と大差のない存在。血を欲する事もほとんど無い。せいぜい丈夫な人間だ。
厄介なのは3級から。先天性の吸血鬼は、ほとんどがこの階級であり、この階級からある意味では古典的な特質を持っている。
日光で肌が火傷を起こすようになり、それと引き換えるように身体能力が飛躍的に向上。さらに、能力に比例するように血を嗜好する者も多くなる。
それでもこの階級までは武器を用いれば人間でも殺す事はそこまで難しくはない。
それが、さらに上の2級となると、基礎的な身体能力が、世界トップクラスのスポーツ選手並に発達し、直接的な
さらに1級は、ただの化け物。“ドラキュラ”のような半ば神話的存在で、歴史上の噂話だけの存在なので、実質2級が最上位。
問題のこの吸血鬼には、牙があり絞殺も耐え、3級クラス以上なのは間違いが無いこと。
ヴィズにとってこれが厄介だった。
2級の吸血鬼でも、銀製の銃弾や、普通の弾で頭を吹き飛ばした後、バラバラに解体して、天日干しすれば死ぬだろう。だがそこに簡単な作業はひとつもない。
また、ここで先天性か後天性かの問題がヴィズの不安を煽る。
後天性の場合、力を付けるにはの為に相当数の人々を吸血しているという事になる。
もし殺人に慣れているのならそれこそヴィズにとって非常に不都合だ………。
…………だが、バックミラーの女は、どことなく世間知に欠け、貫禄も無いように思えた。何よりもヴィズを安心させたのは、自身がまだ生きている事。
この吸血鬼の少女には、危機感か想像力、凶暴性のどれかが致命的に欠けているとしか思えない。
その呑気さが、ヴィズにこの吸血鬼は階級に吊り合うような闘争心や残虐性を持ち合わさていないという推測を成り立たせた。
事実。キーラ・アンダーソンは、平和な世界で育った優等生で、荒んだ事や退廃的な物に惹かれる事こそあっても暴力はタブー視していた。
「ねぇ、エルフさん。私が吸血鬼なのは知ってるでしょう? 降ろしてくれないなら、あなたを真っ二つに引き裂いても良いんだよ?」
吸血鬼は、懸命に“私はサイコパスです”と言いたげに目を思いっきり見開き、古いホラー映画の悪役のような不気味な笑みを浮かべ、ヴィズの反応を窺う。その手は硬く握りしめ、唾を飲み下した。
彼女の渾身の脅迫も、ヴィズから見れば分かりやすいはったりに他ならない。
「120キロで走る車の運転手を殺したら、絶対事故るでしょ?」
吸血鬼の表情が一瞬崩れ、すぐ取り繕う。
「そ、そ、それが何? わ、私は吸血鬼だから生き残るし」
その言葉に対してヴィズはアクセルを踏み込み、マスタングをさらに加速させながら、吸血鬼の方を振り返る。
「あ、危ないから、前を見てよ!」
ヴィズは、キーラの頼みを無視して彼女を凝視した。
「あんたが私を殺すまで良いとして、この車が、他の車を巻き込んだり民家に突っ込んだりしたら、どうする?
世間様がより一層吸血鬼への冷遇を強めるとは思わない?
事情聴取と裁判が終わって、日常生活に戻った頃に、遺族が8歳くらいの息子とかの写真持って責めてきたらどうする?」
マスタングの前方に写真店の看板があり、そこには笑顔の子供の写真が描かれていた。
それが、キーラの脳内イメージに焼き付き、ヴィズの言葉をより鋭く心に突き刺す。
「そ、そんな事で、脅してるつもり?」
「んにゃ、万が一生き残った時の話だ。PTSDとかで辛くなったら、“チャクラ”を意識して深呼吸すると良いよって教えようと思ってさ」
ダークエルフは、努めて無頼漢の雰囲気を醸し出し、吸血鬼に取り付く島を与えない。
その押し問答の末、失望と落胆でため息を漏らす吸血鬼。
「最悪っ」
それをこの言い争いの決着として、ヴィズは後部座席にプロテインバーを放り投げた。
「まぁ、元気出して、ルイジアナでお別れだから、それまで仲良くしましょう?」
「ふざけないで」
吸血鬼は、プロテインバーをフロントガラスに投げると運転席と助手席の間から身を乗り出した。
「ルイジアナになんか——ぎゃッ」
「邪魔。シフトレバーがいじれない」
ヴィズは、肘で強引に吸血鬼を押し戻すと、吸血鬼が苛立ち、運転席のヘッドレストを加減して殴った。
このダークエルフとしては、吸血鬼の顔が真横に来た時点で、悲鳴を上げそうな程恐怖し、ヘッドレストへのパンチは臨死体験に近い思いだが、表情には出さないで済んだ。
「よく聞け、吸血鬼。何のトラブルなく目的地に着けば、あんたは解放される。でも、この車内でトラブルを起こしたら、あんたは死ぬ。私が殺す。何百歳生きてるから知らないけど、そんくらいは分かるでしょう?」
ヴィズは、わざと車を蛇行させて、誰が主導権を持っているかを分からせる。
吸血鬼は急な横Gを受けて、左右に転がりながら叫ぶ。
「あーーもう! 何でこんな目に!! 後、私、19だから!」
激昂する真似は上手くとも、本当に怒る事はないらしく、唇を子供っぽく震わせる吸血鬼。
ヴィズは、吸血鬼の言葉に密かに安堵した。彼女の弁を信用するのならば、彼女はサラブレッドのように生まれながらの吸血鬼なのだろう。
キーラ・アンダーソンの場合は、自身の才能がどれほど優位なのか理解できていないのだ。
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