第8話 積荷少女と運び屋女
期日の日。ヴィズはジーパンにチャコール色のTシャツを着込み、その上に、左脇腹の
目的地はマイアミ市街のさらに西方、キューバの葉巻の匂いが届きそうなほどアメリカの西端にある小規模な貨物港ウェット・アンカーだ。
観光地や住宅街からも離れたその地区には、港湾労働者の通勤車両の他に盗難車、放置車両などがいくつもあり、その有象無象の中になら彼女のマスタングを十分に紛れてしまうので、積荷の到着までの間、そこで待った。
港湾作業員たちが夜勤明けの疲労と苛立ち紛れにクラクション轟かせ、朝食を待ち侘びたカモメと船の警笛を呆然と聞き流して過ごした。
待つ事数時間、日が天頂を跨いだ頃。
ジーナ・オーリブオイルという会社の貨物船が港に到着しすると、ヴィズは船が接岸するまでにマスタングを近場まで移動させた。
停泊したタンカーから、スロープが降りると黒く巨大なナメクジのような袋を肩に担いだ大男が降りてきた。
汗と埃で黒ずんだ最初は白色だったであろう灰色のタンクトップに作業ズボン。その出立ちからして肉体労働者だが、違和感があるとすれば、顔に稲妻のような傷跡があった事だろう。
男の鈍重な足音がタラップの鉄板を軋ませながら地上に向かい、ダークエルフは、その男が持っている。女性なら楽々と入れそうな袋の方を“積荷”だと判断してあった。
「不法移民を取り締まってる。パールフレアだ」
ヴィズの挨拶代わりのジョークは不発で、呆れた様子の巨漢は暗い色のサングラスを下げながら、口を開いく。
「ダーキー。さっさと受け取れ」
アロハシャツの襟を正す真似と、着けてもいないネクタイを締める真似をするヴィズ。
それを無視して巨漢は、積荷を車へと運んでいく。
「マッチョさん。私が運ぶのは生きた人間と聞いているけど?」
「その点は問題ない。開けろ」
巨漢はぶっきらぼうに答え、ヴィズにトランクを開けるように指差す。
「常識的に考えて、生きた人間を袋で梱包してトランクには積め込めない」
ヴィズは、積荷が死体だったら仕事を降りるつもりだった。
巨漢が白目がちの目でヴィズを見下ろし、穏やかな昼下がりの波止場に、緊張が走る。
緊張が高まりヴィズは、牽制として脇腹に備えた付けた拳銃を見せつけるまでに至った。
だが、巨漢は銃に驚く素振りもなく、担いだ袋を乱暴に地面に置くとジッパーを開け始める。
ジッパーの間から人の脚が覗く。
袋の中身は人型。金髪の大人びた女性で、目や唇には黒色のゴス系メイクをした女。キーラ・アンダーソンだった。
キーラのか細い首には、犬用の首輪が、食い込むほどキツく締め付けてある。
この船乗りたちは、彼女が吸血鬼である事を良い事に一度失神するまで首を絞め、首輪で酸素量を絞り、半殺しにしながら運んでいたのだ。
巨漢は、乱暴に意識のないキーラを袋から引き摺り出し、マスタングの後部座席に押し込む。
この時に、ヴィズはキーラの死体のように冷たい体温とほんの僅かな脈を感じ取った。
「本当に生きてる……。じゃあ、納品書は貰える?」
ヴィズのつまらないジョークに、巨漢はサングラスを上げて目が少し細めるが、何も言わずにタンカーへと踵を返す。
その男がスロープを乱暴に引き上げると、それを合図にタンカーのスクリューで再び海水をかき始め航路へと戻って行く。
船が港にいたのは10分程度でしかなかった。
船影とその波濤に中指を立てるとヴィズは、改めて2000万CDの荷物を確認する。
プラチナブロンドの白人の女。顔立ちは整ったゲルマン系。身長と胸はヴィズよりも若干大きく、肩口で切り揃えられた髪は乱れてボサボサ、肌が人並みより白い分、却ってそばかすが目立ち、年頃の女子というよりは、何かのオタクといった感じだった。
格好はフード付きの薄手の黒いロングパーカーにスキーニーパンツに加え、執事みたいな手袋といった、肌の露出を徹底的に抑あるようにしているのは、やはり吸血鬼なのだからだろう。
そして、粗雑な方法で仮死状態に置かれているのは、吸血鬼という種族でも特に優れた血統のみがもつ異常な回復力に由来していると判断した。
「この吸血鬼の身体能力で抵抗されたら、素手では勝てないわね……」
ヴィズは、少女の脈がある事を調べ、そして肌が凍えるほど冷たい事を確認した。
「さて、吸血鬼。こっからルイジアナは長旅だ。早く初めて早く終わらせよう」
キーラには意識がなく、ヴィズはそのままの方が好都合と判断して首輪をつけたまま放置。
荷揚げ用クレーンの警告音と船舶の排気音が、海面を叩く強風で潜って響く中。ヴィズと吸血鬼の乗ったマスタングは、けたたましい排気音と燃料過多によるマフラーからの爆発音を伴って、エンジンを息吹かせた。
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