第7話 正常運転……基本的に
“虫の良い話には裏がある”。それが、ヴィズ・パールフレアが半生で得た啓示の一つであり、特にスーツを制服としているような集団に関しては、それが当てはまる事を理解していた。
同時に、そういった連中は、金で解決できる物事の意義を知り尽くしている。
言い換えれば、彼らにとってヴィズへの依頼は 保険のようなもので、金で手に入る安心なのだ。
そうして大金に釣られたヴィズは、それ以前の自堕落な生活をかななぐり捨て、“積荷”が到着するまでの期間を、仕事の下準備に費やした。
吸血鬼の誘拐で、足となる69年型ボス・マスタングを整備する。
ヴィズは、この車を完璧な稼働率にしてあると豪語できる。
電線はしっかりとコネクタで接合されソケットに繋がれている。ホース類も気体も液体も漏れはない。
スイッチやメーターも一見は異常はなかった。
残るは問題は、彼女がほとんどオーダーメイドしたようなフォード製のV型8気筒エンジンが動くかどうかだけだった。
外見に関して彼女の所有するアメリカマッスルカーの状態は劣悪の一言につきる。
左のヘッドライトは壊れ、引き抜かれた眼球のように電球ソケットがぶら下がり、ボンネットから
ライトやサイドミラーからは、涙の後のように錆の流れた後が侵食して、赤錆びていた。
助手席側の扉は重くギィギィ鳴きながら動くような状態。車体後部だけは新車同様の艶のある銀色のカラーリングで、車名の由来となった北アメリカ産の馬・マスタングと同様に体の中心に走る一本の黒いストライプも残っていて、すべてのライトライトも生きていた。
ヴィズは、マスタングのボンネットを開けて、別の廃車から抜いたバッテリーを差し込んだ。
赤と黒と電線のうち、片方をバッテリーに繋ぎ、もう片方にルーンの刻まれたナイフを突き立て、“閃け”と呟く。
彼女のナイフは、“
刀身に電撃術式のルーンが刻まれていて、魔力を注ぐと電力を調整できるスタンガンや電源として使う事が出来た。
ナイフに魔力を注ぎ、刃には青白い電流が走る。
その電気が配線を伝いエンジンに息吹を吹き込んだ。
マスタングのV型8気筒エンジンや、ベルト類はキャルキャルと音を立て………ひとまずは、問題なく駆動したが、エンジンは掛からない。
ヴィズは、さらに始動モーターに電気を送って回し、スロットルレバーを突いて、強制的にエンジンに燃料を送り込む。
それを何ども繰り返していると、ボンッ! やゴンッ! という音と共にエンジン結核患者の咳のようにむせかえる。
それをさらに繰り返した。
ついに、マスタングのマフラーは、真っ黒な黒煙を吹き、エンジンはガソリンを糧に回転を維持し始める。
エンジンが掛かった。
不整脈のように不均等なアイドリングに合わせて振動するマスタング。
この旧式のアメリカンマッスルは、その時代の車の例に漏れず、独特なリズムのエンジン音に、シャラシャラと
ヴィズは、その音を聴きながらウィスキー入りのコーヒーを手に取る。褐色の指にはオイルが黒く滲み、顔にも黒い指の跡が迷彩のように2本ついていたが、本人は気にもせずに、コーヒーの苦味と僅かなウィスキーの香りを楽しんでいた。
V8エンジンが動き、内蔵の発電機が稼働すると車にとっての血液のように電気が機器全体に行き渡り、車内のラジオがノイズをあげながら電源ランプが灯った。
ひび割れたスピーカーが電波から拾った音楽が、音割れしながら安っぽい音質で流れた。
流れた音楽は、古い曲でミーハーでもヒップスターでもないヴィズでも知っている有名な
《all the leaves are brown.(草木は、枯れていて)
and the sky is grey(空は曇っている)》
仲間の誰からは、葉が枯れたのは薬品のせいで、空はナパームの煙で曇っているのだと笑っていた。
《I've been for a walk on a winter's day
(僕は、そんな凍えるような冬の日に外に出た)
I'd be safe and warm. if I was in L.A(ロスにいれば、こうはならなかったのに)》
ヴィズは、この歌詞を重要視していた。
特に、異国のベースキャンプに閉じ込められていた彼女には突き刺ささったのだ。
アメリカ人になろうと異国の地で過酷な日常に身を置き、寝ても覚めても何かに怯えていた時間は、カリフォルニアで
《California Dreamin' on such a winter's day(過酷な時ほど、故郷を夢に見る)》
若さだけで飛び込んだ地獄で、地獄のようだった
《stopped into a church I passed along the way(思いついたフリをして、教会に立ち止まった)》
祖国に戻ってからは、世界が変わっていた、そして夢から醒めたように祖国から戦場に逃げ戻った………その戦場が消失した時、ヴィズには、“アメリカ人”と“人殺し”の肩書きしか残らなかった。
《well, I got down on my knees and I pretend to pray(そこで、祈るフリもした)
you know the preacher likes the cold he knows I'm gonna stay(牧師にとっては寒さは好都合だろう。僕がどこにも行か事ができないから)》
ヴィズは、この曲を聞いていて、無性に自分の頭を撃ち抜きたくなっている事に気がついた。
それが思い出のある曲のせいなのか、それが想起させる苦悩が原因なのか、カフェインとアルコールに原因にあるかどうかは気にしない。
コーヒー捨て、タバコを咥えるヴィズ。
「灯れ」
指に火を生じさせて、タバコに火を与えると、ダークエルフはしばらくの間マスタングのヘッドライトを眺めながら紫煙をくゆらし続けた。
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ヴィズは、幹線道路から畦道まで、情報とした手に入るものは全て頭に叩き込み、更にいくつかの自衛手段も用意した。
運転席の下、ダッシュボードに小型の拳銃をそれぞれ隠し、護身で持ち歩いてる38口径
このリボルバーは、撃鉄のほとんどが延長されたフレームに覆われるデザインをしており、突起部分が少なく衣服の下に隠しやすい。そのことからボディガードや暗殺者等から人気のあるモデルで、その特性からヴィズも好んで身につけていた。
弾倉とフレームの噛み合わせを耳で確認すると、ヴィズは、銃の
カチンッ!
引き金は軽く、撃鉄が淀みなく落ち、撃針から乾いた金属音が響いた。
もし、弾丸が込められていたら……。
ヴィズは、その自問自答に、体の血が冷えたような悪寒に襲われ、まだ自分が自殺願望を抱いてはいないと再確認すると、また仕事の準備に取り掛かる。
この用意周到さは、ヴィズの疑心暗鬼に加えて、カラクリそのものを嗜好する性分によるもの。
計画を練り、支度を進めて行くたびにヴィズは自身の本質を思い出す。
五感が少しずつ研ぎ澄まされ精神から身体中に緊張感が溶け込んで行き渡り、嵐の前の静けさに血が騒いだ。
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