第6話 犯罪組織と無法者

 ヴィズを尋ねた男の容姿もさることながら、敷地の入り口には中流階級向けの大型SUVが、防空探査灯のようなLEDヘッドライトが敷地内を照らし出している。

 貧乏なチンピラではない事は明らかで、しかも招いてもいないのに護衛と男たちがヴィズを囲み始めた。


「話が出来て助かるよ。依頼があるんだ」


 ヴィズは、ぼんやりとマフィアの交渉役とその部下たちを眺めた。

 交渉役は、見えるように武器を持っていないが、部下の2人はジャケットの前を開け放ち、その影からは片手で扱えるサイズのアメリカ製短機関銃サブマシンガンを忍ばせていた。

 米軍も採用していた連射速度が速く制御の難しい銃だったが、ヴィズと護衛との距離は近くあまり問題にはならない。それどころか引き金を引かれたら一瞬で、シロアリに荒らされた木材のようにされてしまうような威力を持っている。


「ファンディーノさんなら安心だ。ケチでも貧乏でもない。それで?」


 地面を背にしたままのヴィズは、男の顔を見上げながらタバコの灰を床に落とした。

 ダークエルフの長い耳には、革靴が木板

踏み込む音が軋み、交渉役がヴィズの顔を覗き込んだ。


「ある女をルイジアナ州まで連れてってほしい」


 ダークエルフの口元でタバコが赤々と輝き、端から青白い煙が吹き出る。


「そう……。目の前にイリエワニとサメがウヨウヨいる海があるのに?」


 ヴィズの言葉に護衛の1人が吹き出したが、すぐに咳払いで誤魔化し、交渉役がうんざりした口調で説明を始めた。


じゃない。生きた女だ。だからお前には護衛も兼ねてもらいたい」


 ヴィズは、この時まだ依頼の全貌を掴んではいないが、従軍時代の経験からもこの依頼が“必要な事以外知らない方が良い黙って実行しろ”タイプだと理解した。

 


「そうゆうことなら、私のような善良な市民に打って付けの仕事ね」


 ヴィズは、タバコを吐き捨てながら起き上がり、迂闊にも胸の裏ポケットのタバコを取ろうとした。


 その銃を抜く動作に似た行動に反応した護衛が、コートの下でガチャリとマシンガンをレバーを操作し、ヴィズを八つ裂きにできる状態にしてを覗かせた。


 ヴィズは、その男を睨みながら内ポケットを見せつけるようにしてタバコの箱を取り出した。

 張り詰めた空気が緩み交渉役は呆れたように肩を落とした。


「あんたが誰かは関係ない。大事なのは、金で動く人種ってトコだ」


 のっそりと体を起こしながら、男の言葉を頭で反芻はんすうするヴィズ。

 ファンディーノ一家に限らず、犯罪組織にはネットワークがあり、企業や軍隊のようにそれぞれに分野がある。

 場末のチンピラ集団なら、組織的な行動が難しいにしても、ファンディーノはこのマイアミの街を事実上牛耳っているような組織だ。それがわざわざ外部の人間を雇い入れる理屈が分からない

 情報は知る人間が多いほど漏洩の危険が多くなり、ファンディーノ一家とヴィズ・パールフレアには信頼を担保出来るほどの深い付き合いはない。


 ヴィズはゆったりと煙を吐きながら自身の状況を整理して、行き着いた答えは彼らが本当に必要なのはなのだろうという結論だった。


 そうして、ヴィズは交渉役に対し勝気に微笑む。


「運ぶのは生きた人間なんでしょ」


 ヴィズは、椅子を起こして跨ると、不気味なビジネススマイルで交渉役を見つめ直した。


「そうだ。そんなに何度も言う必要があるか?」


 交渉役もこの豹変に内心で気持ち悪がりつつ、表情は変えずにビジネスの話を続ける。


「だだ吸血鬼だ。その女吸血鬼を“我々の仲間”がここマイアミの集積埠頭にまで連れて来る。

 それからは、お前にルイジアナのニューオリンズまで運んで貰いたい」


 吸血鬼。この世界人口の4%は無自覚の吸血鬼と言われてる世の中である為、ヴィズはその単語を聞きながして本題へと移った。


「飛行機や船を使わないの? あんたら得意でしょ?」


「使えればな、こんな所に来ない」


 交渉役は、肩をすくめて言うが、そこには“申し訳ない”という意図は無い。

 酒とタバコの匂いを放つダークエルフは、だらだらとした口調と間の抜けたトーンで話つつも、護身の為に交渉役の言葉の端々から推理の材料を細かく集めていた。


「そう、いいよ。じゃあ、おたくの財布にはいくら入ってる?」


 ヴィズも背もたれに顎を乗せて話を進めるが、無意識に目はすがめている。

 交渉役はそこで僅かに笑みをこぼす。


「“ウチの財布”は痛まないんでね、成功報酬で2000万C D(コモンドル)を約束———」


「乗った」


 スーツ男の話を遮ってでも交渉成立を宣告する。


「その金で中古のポルシェでも買おうかな」


928ナマズ顔ポルシェとか好きそうだな」


「アレは、あんたに似てるから嫌い」


 場が和んだところでヴィズは、目を伏せがちにビジネススマイルを続けて、指は“チップ”を要求するジェスチャーをする。

 マフィアの交渉役は、それに応えた片眉を吊り上げた。


「上の上の連中ときたら……。無駄な事に金を注ぎ込む。政府と対して変わらんよ」


 そう言って男は、スーツの内ポケットから、100万CDの札束を5つを取り出した。

 

「手付け金だ。この後は積荷の受け取った瞬間から完全に独立して行動してくれ。積荷は24時間後には到着する」


 そう言って立ち去ろうとする交渉役を、ヴィズは門まで見送り……その途中で男が何かに気がついた。


「パールフレア。あんたいい車を持ってるな……マスタングか?」


 車に乗り込んだ交渉役は、ドアウィンドーを開けてヴィズが無許可で陣取っているジャンクヤードの奥を示し、その先には旧型のアメリカン・マッスルカーがあった。


 初めて本心から笑みを浮かべるヴィズ。


「えぇ、69年型のボスよ。見た目は悪いけど、中は手を入れてる」


 男は、最後に白い歯を見せながらスモークの貼られたサイドウィンドーを閉め、SUVにバックライトが灯った。


 ヴィズは、スーツ男一行の車が角を曲がってテールランプが見えなくなるまで眺め続け、車が去るのを待った。


 その後すぐさま小屋へと引き返し、受け取った札束の厚みにニコニコしながら、フロリダ州からルイジアナ州までの旅に必要な品々のリストの制作に取り掛かった。

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