第4話 避けれない綱渡り

太平洋洋上・キュアアクア船内


「急な依頼なのにありがとう。バレンショー。私は、ルイジアナ州のくっさい沼地もあなたのペットのクロコデュート君も大っ嫌いなのだけど、あなたは好き」


「ガハハッ。オイラにはカリブ海なんか海水浴場みたいなモンよ。

 デュートもあんたの脚の味が忘れらないらしいぜ」


 ルーリナは、彼女の知る限り最も密航の得意なアメリカ人の不可解なアメリカ南部訛りと、その話者の蓄えた顎髭が受話器に擦れる音に背筋をゾワつかせながら依頼を終えた。


「はぁ。なんて信用できない頼みの綱だろうか」


 ルーリナは、通話の切れた電話に呟くと、青烏に押し付けた無理難題の状況を確認しに向かった。


 ルーリナは、ソニー・スカレッタがマイアミの部下に探させた“ダーキー”がどのような人物かを青烏に調査させていた。


 「SNSで実名アカウントがヒットしないって、もう立派な社会不適合者ですよね」


 青烏は、忙しくキーボードを打ちながら呟いた。


「私も持ってないけど?」


 ルーリナは、首を急角度で傾げ、青烏と画面から間に割り込むようにして睨む。


「ほら、私の理論は間違ってない」


 青烏は、「しっ、しっ」と口とジェスチャーで強大な吸血鬼追い払いつつ作業を続けた。


「さて、全世界の電子の海から、ヴィズ・パールフレアという発音になる音を全て集めて、ダークエルフで、マイアミに関連があって裏社会の吸血鬼とも関連がありそうな人物は………」


 ルーリナには、青烏の周りに囲む液晶ディスプレイに記号の羅列が並んでいるのを見た。

 この吸血鬼には、ハッカーである青烏が何をしているのか全く分からない。


「私は……シエーラに頼ろうかな」


「あの人も迷惑じゃないですか………おっ! 見っけ」


 ルーリナが、衛星電話のアンテナの咥えながら伸ばし時、青烏は素っ頓狂な声を挙げ、エンターキーを強く叩く。


「当ったりー。うわっ、これはひどい」


 青烏は、膨大な電脳世界から、ヴィズ・パールフレアがカリフォルニア州で車両窃盗を働き、逮捕された時の記録を見け出した。

 1970年の記録に、そのダークエルフは17才の女性と記録されている。

 

「うわぁ……確かに」


 だが、その証拠写真に写っていたのは顔の半分が腫れあがったエルフの少女で、このダークエルフが逮捕される前に私刑鉄拳制裁を受けた事を容易に想像できた。


「ま、まぁ、これで顔認証が使えますから、この……マシな部分と、腫れてる部分も統計的なデータから推測させて検索をかけてみます」

 

 約40前の逮捕歴から青烏は、さらにヴィズの詳細を探った。


「お、ヒット! ……これは……パスポート写真ですかね……」


 1975年に撮られた写真は、白黒で身分証写真のようにヴィズ・パールフレアの顔正面の全体が写されていた。


「なかなかエキゾチックな美人さんね」


 ルーリナは、エルフを見慣れていたが、ダークエルフであるヴィズの褐色の肌とラテンアメリカ系のようなはっきりとした目鼻立ちの顔をそう称した。

 短く刈り上げた髪と鋭く凛々しい目つき。腫れのない顔は、確かにエルフらしい整った容姿をしている。


「入隊用の写真みたい……軍歴で調べてみたら?」


「イエッサー」


「それ、私は良いけど、シエーラはそーゆのめちゃくちゃにうるさいから気をつけなよ?」


 ルーリナは、青烏のところから一旦離れ、二杯のマグカップを持って戻った頃には青烏は新たなの成果を出していた。


「ヴィズ・パールフレア。アメリカ陸軍に70年に入隊。その後……選抜射手の試験とレンジャー部隊と魔導士の訓練を受け———」


「エリートね………、いや、前線送りを避け続けたのかしら?」


「どうですかねぇ……その後、75年に魔導工兵としてベトナムに派遣されてます。

 そっから懸命に戦って77年に満期除隊で帰国。その翌年78年には再入隊して……またベトナムに……………除隊は80年ですけど、アメリカに帰国したのは84年……」


 ベトナム国内で独立派と親帝国派の内戦が本格化したのは65年。アメリカ軍は70年に独立派を支援し、その後軍事力の提供も行うようになり本格的なベトナム統一戦争が勃発した。

 この戦いは、全ての勢力に瀉血しゃけつを求めるように長期化、泥沼化していきアメリカ軍は15年に及んだ支援を打ち切り1985年に撤退。

 独立派はその一年後に事実上は壊滅して、内戦は終結している。


「ちょっと……思いつきですけど……画像判断のしきい値を下げてみます。そうすれば、ヴィズ・パールフレアを探せるはずです」


 次にヒットしたのは、たまたま撮られた戦争写真だった。


 どこかの前哨基地から田園を舞うトンボの群れのようにおびただしい数のヒューイ輸送ヘリが編隊を組んで飛び立ちそれを背景に、M16突撃銃アサルトライフと銃剣付きのAK47突撃銃をそれぞれの手に構え、さらに口にはコルト45拳銃を咥えて、勇ましいポーズを決めているダークエルフが映っていた。


 そこに映るヴィズは、制服のジャケットの前を開け放ち、下に着込んだシャツは裾を縛ってあったのでヘソが覗いていた。

 軍隊用のヘルメットを被っているが、頭に乗せただけで、ストラップの垂らしてあり、ヘルメットの側面にはラッキーストライクという銘柄のタバコが括り付けられている。


「この人は、ジョン・ランボーとは真逆のタイプっぽいですね」


 青烏は、その後も顔の特徴と写真を照合し、新たな情報を探す作業を続けたがこれは難航した。


「一致度23%!? こ、こんなん、日焼けしたおっさんじゃねーか!!」


 延々と写真を眺めていた青烏は、ベトナムのどこかの街で、よく日に焼けたアメリカ軍人と現地の女性が肩を組んでいる写真にキレた。


「青烏! 待って」


 次にいこうとする青烏をルーリナの制止。

 そこで青烏は照合が一致した部分と写真に写るアメリカ人が関係ない事に気づき、写真を拡大。

 この写真は82年に撮られた物で、認証システムが認識したのは写真メインの被写体ではなく、その奥に映ったカフェテリアの一角で談笑している男2人と女1人。全員がラフな格好をしていて、その中の女性こそがヴィズ・パールフレアだった。


「青烏。この2人も調べてみて」


「分かってます。中年の白人2人、どうにもボーイフレンドには見えませんもね」

 

 青烏は、ヴィズを調べた方法で2人の男性も調べ、思わず「ビンゴ」と呟く。


「分かりました。こっちの男はMACVー南ベトナム軍事補助司令部 SOG不正規戦部隊のお偉いさんで、もう1人のアビエーターサングラスの男は、CIAの工作員です」


 不正規戦部隊もCIAもベトナム独立戦争では、前線以外での戦闘を行った事で悪名が高い。つまりは、要人暗殺や心理戦争。アメリカ国内で発生した場合、“テロ”と呼ばれる事柄全般だ。


「わぁお。陰謀の香り……」


 そこから後は、青烏の天才的な技能を持ってしても確実な証拠は得られず、ヴィズの経歴と、目元と耳までを黒く塗りつぶされた写真が何枚か出てきた程度。


「ヴィズ・“ラッキーストライク”・パールフレア。

 ラッキーストライクは同僚からつけられた彼女のあだ名で、SOGサグの隊員か、CIAのエージェントだったのかは釈然としませんが……この時は“ファーマー農民”ってコードネームだったようで……主な仕事はベトナム国内の要人暗殺。

 当時の資料には、厭世えんせい的な皮肉屋。

 “頭脳明晰で優秀な工作員だが、盲信的な生存主義と自滅願望の気があり、意図的に過剰な破壊行為を好む”だそうです。

 どうやら彼女は、冷戦ではなくベトナム統一戦争の工作員だったようですね………スパイというより、アメリカ軍“お抱えの殺し屋”と言ったところでしょうか……?

 彼女が正確には、何をしていたのかまでは分かりません。紙資料だったのか、既に処分されているのか、それ以降の足取りも85年にカリフォルニア州に帰還。

 90年にはフロリダ州でスピード違反と公務執行妨害で拘束されたくらいですね……」


 ルーリナは、青烏の説明を聞きながら、空になったマグカップをあおり最後の一滴を舌に落とす。


「彼女が、まだCIAと繋がってたとしても……今は彼女しか頼れない」


 写真の中のダークエルフをじっと見つめていたルーリナは、狗井にダークエルフの写真を見せながら尋ねた。


「狗井。もし、この“戦争の犬”が私に噛みつこうとしたら———」


 狗井は当然のように答えた。


「歯を剥こうとした時点で、斬り伏せます」


 ルーリナは狗井の頼もしい返答に満足し、笑みを浮かべる。

 だが内心は、それでも大博打綱渡りだと自嘲していた。



 

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