第3話 人脈に物を言わせて

ニューヨーク州マンハッタン島


 ソニー・スカレッタは、ニューヨーク州マンハッタン島に聳える摩天楼の一つに居城を有し、そのペンタハウスからはトランプ・タワー、セントラルパーク公園、ニューヨーク近代美術館が一望出来た。


 彼は、その晩もセレブのパーティで拾った、名前すら知らない美人をベッドルームに連れ込み、劇的な夜を過ごすつもりだった。

 ソニーは、公共事業を手掛ける実業家にして、億万長者番付に載る大富豪、引く手数多のプレイボーイとして名前が知れ渡っているが、彼にはアメリカ東部に根を張った吸血鬼により結成された組織の頂点に君臨する存在でもある。

 そんな彼の部屋には、艶のある黒と銀の装飾のクラシックモデルの個人回線電話があり、それのコール音が響いた。

 それは裏社会の支配者としてのソニー・スカレッタが必要とされる事を意味だった。


 ソニーは、バスローブを羽織り苛立ちを隠さずに電話を取り、裏社会の大物らしい落ち着いた声で応対。


「俺だ」


「やぁ。のスカレッタ」


 ソニーはその一言で、心臓をくり抜かれるようにゾッとした。

 電話の相手は、とある地方特有の訛りがあるイタリア語で話していて、この方言を使えるのは、ソニーが知る限り3人。

 ソニー自身とソニーに話し方を教授した彼の姉でイタリアの吸血鬼を統括しているグレイス。

 そして、その彼女に話し方を教えたルーリナ・ソーサモシテンだ。

 

 ソニーはゆっくりと息を吐き、その人物と会話する時の手順を思い出す。


「お久しぶりです。良き隣人」


「久しぶり。突然だけど、は今、一つの厄介な問題を抱えてしまった」


 “我々”は吸血鬼一族を示す時に使う言い回しで、要するにロクでもない話だと予告するようなものだった。


「どう対応なさいますか?」


不確定な資産人物サムアメリカ政府の手が届かない所へ早急に移さなけれならない。

 可能なら君が………4日前の午後8時32年前方法で出来ないだろうか?」


 ソニーは、ちょうど32年前に起きたキューバ革命の時、キューバにあった別荘から骨董品や芸術品の数々を運び出した事を思い出し、今回はそれの逆で、誰かをアメリカからへとキューバに送り出したのだと理解した。

 

「コーラとラムをご所望ですか……。

 理解はしました、が。とても簡単な事じゃない」


 ソニーは、ルーリナからの指示を受け、その数時間後には、ニューヨーク在住の女子大生が行方不明になった。これ自体はニュースになるほど珍しくもない。

 キーラ・アンダーソンという女子大生は、ニューヨーク市警の留置場から釈放された瞬間から蒸発するという異例な方法で消えたのだった。


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 キーラ・アンダーソンをキューバへ。


 ルーリナがソニーに語ったキーラ護送計画には、一つだけ明確な問題が存在した。


 キーラをキューバに送りつけるのに、飛行機か船が必要だったが、アメリカとキューバは、思想が違い、世界を核戦争に巻き込みかけたほど仲の悪いのだ。当然、アメリカ合衆国はこのカリブ海の小国に対し、政府も民間でも飛行機を飛ばすのは難しい。


 この関係性は、アメリカからキューバに近づこうとする船は徹底的にチェックされるので、たった1人でもに入国させるという不当な利益は負いたくない。

 キューバとアメリカ政府に取り入ろうとしたマフィアたちは結果的に大打撃を被ったのをソニーは覚えていた。


 ソニーは最小限のリスクでこの問題を解決したく、ルーリナは、ソニーを深入りさせるのを避ける為、折衷案を申し出た。

 それはこの問題を、キューバと物理的に近いルイジアナ州ニューオリンズまで連れて行き、そこから小型船で密輸させる事。

 カリブ海は、国家同士の軍事力で閉鎖されていたが、難民や密輸品の流れを完封する事は出来ていないことは周知の事実で、難民や違法薬物は南米から北米に海を渡ってくるのだから、人を運ぶのは可能とした。

 ここでソニーの直面した問題は、ルイジアナ州にはソニーの支配力が及ばない点だ。


 スカレッタ一家とその幹部はフロリダ州までを“縄張り”としているが、それ以上西部に位置する州には手を出していない。住み分けのなされている裏社会で、“何も聞かずに通らせろ”はあまり良い結果を生まない事が多い。


 ソニーはこの問題も単純な方法で解決した。


 彼はキーラをフロリダ州までは自身の部下に連れて行かせ、それ以降はフリーランスの雇われ人に任せる事に決めたのだ。


 この案に、ルーリナはかなり難色を占めす。

 ルーリナからすれば、“フリーランスの運び屋”などという得体の知れない存在を雇うリスクを嫌ったたが、ソニーはそれを抗争が起きるよりはマシだと説得。

 電話越しで命令するだけのルーリナも背に腹は変えられない。


 この2人のフィクサーは、同じ吸血鬼という括りであっても考え方が全く異なり、ソニーにとっては、キーラ・アンダーソンの命よりも、自分の組織の繁栄ほうが大切で、そこを強く押し出されると、あくまで頼み事をしているルーリアは立場的に強く出る事が出来ない。

 そうやって、ソニーがルーリナの承諾を得させ。ソニーは部下にキーラを保釈されると即座に港へと誘拐させ、フロリダ州マイアミにいる彼の腹心の1人ファンディーノへと電波を飛ばした。


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オレゴン州フィクス


「分かりました。ボス。こっちに1人都合の良いダーキーがいるんだ。そいつならなんでもやるし腕も確かだ。そいつにやらせるから任せてください」


 山奥のコテージで響いていたのは、盗聴さた音声だった。


 これを聞いていたのは5人の男たち。1人は権力者で出資者。1人はフィクサー。後の2人はそれぞれ死刑人と殺し屋といああだ名を持ったゴロツキだった。

 この5人は、身分こそ違うが“人間こそ至高の存在”と信じ、アメリカを人間の為の国だと主張する“愛国主義的人間至上主義団体”のメンバーで、特にこの5人は、愛国心の表現としてエルフや吸血鬼のような亜人種は淘汰とうたするべきという考えを共有していた。


「これは、ニューヨークのロクデナシとマイアミのクソの会話だ」


 アザラシのように丸々と太った白人が忌々しそうにそう呟いた。

 彼の腹部の脂肪は、全て高級店の美食から生成されていて、この男にはそれを可能とする財力に加え、大物犯罪者を盗聴するからの情報を手に入れる人脈と権力を持っていた。

 

「そろそろ誰かが歴史の間違いを正してやらねばならん。

 この国は、人間の建国の父が人間のために作った国で、の国ではないと教えてやろうではないか」


 太った白人は政治家は、選挙で行ったよりも明確なマニフェストを打ち立てた。

 そして、彼のシンパたちは、そんな彼の言葉に共鳴し、同時にこの国に適さない生物の存在を突きつけられ、怒りに震えている。


ダーキーDarkeyダークエルフDark Elfか……七面鳥Turkeyみたいに剥製にしちまいやしょう」


「好きにしたまえ。だが、吸血鬼キーラ・アンダーソンは生捕いけどりだ」


「生捕?」と殺し屋は不機嫌そうに聞き返す。彼は殺傷を行えるから“殺し屋”と呼ばれているので当然の反応だった。


 怪訝な顔をする男を見て、太った政治家がニヤりと笑い、スーツを着こなした男のフィクサーに視線を送り合図した。


「スミス君。説明してくれたまえ」


 スミスと呼ばれた、この男は新手のフィクサーで、内面のドス黒さはここにいるメンバーと引け劣らないが、政府諜報機関にいた経歴と見た目は軍人然した凛々しさがあり、軍事産業方面の重鎮から熱烈な指示を受けた人物だった。

 

 彼は政治家からの目配せを受け、静かに語る。


「純度の高い吸血鬼は、非常に優れた実験素材として扱われる。その吸血鬼を捕まえる事は、“この国の未来の国益”になるのだ」


 殺し屋が目を輝かせて、話題に食いつく。


「実験材料! 真っ二つにして増えるか試したりするのか! あの、あの川の微生物みたい!」


私刑執行人がそれに答える


「確か……ミジンコだったか?」


「馬鹿、ミジンコはミジンコだ! もっとプランクトンみたいなやつだ」


「おう、そう言えば、クラゲはプランクトンに分類——」


「ゴホン」とフィクサーが咳払いで2人の会話を遮った。そして補足の説明を続けた。


「私たちには切り札がある」


 そう言って男は、ソファの影に置いてあったアタッシュケースを取り出す。


「90年。ブッシュ大統領はアメリカ合衆国で出生するすべての吸血鬼に発信機を埋め込む秘密計画に許可を出した。政府が把握していた吸血鬼は4万人。その全ての監視計画だ。

 次にその席についたクリントンは、これをすぐに撤廃したので、計画が実行されたのは90年から93年に生まれたほんのわずかな吸血鬼のみだが、このケースの中身は、その計画で作られたの追跡装置で、俺たちの獲物は92年に生まれだ」


 その場にいる者全てが意図を理解して笑みを溢す。こんな簡単な鬼ごっこはない。


 そして、太った政治家が、同志に協力を求めた。


「君たちにはこの人型コウモリを捕まえてきてもらいたい」


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