第3話心の色

 「お前は、誰だ……」

 変な緊張と困惑で気管支が上手く広がらない。

 息苦しくてたまらない。

 「私が尋ねているんですよ。こんな一律に色が統御された空間も珍しいと思いますけれど、君が今動く事が何故出来るのかも分からないですし」

 「あ、あれは……」

 左手を上げて壇上の壊された学長に指をさす。

 「ん?……ああ、あれはただの傀儡でしょう?」

 「傀儡?」

 「え?……気が付いていなかったんですか? 本当に?」

 そう言うと彼女は困った顔になった。

 人間らしい仕草にまた急に緊張がほぐれそうになったが、忘れてはいけない。

 この女は今俺のこめかみに真っ白な銃を突き付けている。

 「俺貴方に何かしましたかね……」

 「……私が何かされたら人に銃を向ける人間だと仰ってるんですか?」

 「違いますよ。全然違う。なんだか不思議で仕方が無いんですよ。貴方とはまたどこかで会えたら嬉しいなって思ってたくらいなので」

 「……今お話ししている感じではどう思っているんです?」

 「嬉しいですよ。今日の朝会って、もう会えたんだからそりゃ嬉しいに決まってる。むしろ運がいいかもなんてことも考えてる」

 白い彼女の眉間が少し歪む。

 「今の状況が分かっていないんですか? 私が引き金を引いたら貴方死にますよ?」

 「状況なんて馬鹿みたいなものじゃないですか。現に今何が起こっているか分かんないけれども、俺は別にどうだっていいんです。入学式で学長が破壊されたのに、平然としてる周りのこいつらも。どうだっていい。俺は俺の病気を治す手がかりが欲しかった。ただそれだけなのでね」

 「貴方は」

 「俺はずっと変わりたいって思って生きてきました。昔の自分の事が嫌いだし、今昔の自分をこの目で見ようものなら全力で目を逸らすでしょう。それでも俺は今、生きてて、だから、俺は」

 ああ、まただ。

 また後先考えられずに無茶苦茶言ってる。

 これだから俺は。

 「死にたがりだけど、生きてたいんですよッッ!!」

 「!?」

 こめかみに突き付けられた銃を握りしめた。

 「何をッ」

 「撃ちたいなら撃てばいいッ殺したいなら殺せばいいッ……俺は朝数分俺と話してくれたあんたが善人じゃないなんて思う方が辛い!」

 「……」

 意味が分からない、と言った顔をしていた。

 当然だ。生きていたいと言っておいて殺したいなら殺せというのだから。

 矛盾している。そして、

 その矛盾こそが歯車ネジの本質でもあった。


 「あっれれ~! おかしいなおかしいな! 白ちゃん何やってんの~~!?」

 「!!」

 入り口前に、全体的に赤い少女が立っていた。

 さっき話しかけてくれた人間の内一人。

 

 「私の仲間候補に何やってんのかな???」

 その瞳は緋色に輝いていた。

  

 「ッ待って赤!!」

 「ヤダ☆」

 指を鳴らす音が冷たく広がったかと思うと、

 瞬間。

 入学式場全体が、赤く赤く燃え盛った。

 生徒も何もかも巻き込んで。


 熱風に俺と彼女ごと吹き飛ばされ、俺は銃口から逃れることになった。

 

 「私は私の仲間の味方だよ! 私に指図するなんて私の仲間じゃないもん! だから白ちゃんの言う事は聞いてあーげない!」

 「くっ……」

 白い彼女は酷く困ったような顔をしていた。

 「これ以上は割に合わない」

 「それはこっちの台詞かもしれないね」

 「ッ次から次へと……!」 

 声は壇上の上から、学長が倒れた場所から聞こえてきた。

 見るとさっき話していた男が立っている。

 「さっき破壊されたんじゃ……」

 そんな俺の言葉を無視して、男は続ける。

 「困ったことをしてくれたね。厳格に行われるべき入学式をこんなにしちゃって、まあ、別にどうでも良いけれど」

 「貴方の目論見通りにはさせませんよ、目黒

 「白々明さん。君は少しばかり焦って事を仕損じるきらいがあるね。直したほうが君にとって良い事だ」

 「うるさいですよ。ただの機械の癖に」

 「その言葉は君にそのまま返そう。白々明さん」

 目黒は片眼鏡を丁寧に拭きながら、

 「歯車ネジは私の所有物だ。手を出すな」

 ……。

 ……。

 ……?

 「ん?」

 所有物?

 俺が?

 

 「いーや違うね! 歯車君は私が頂く! その色は貴重だ!」

 赤が両腕を腰に付けてドヤ、という格好をしながらそう言った。


 いや、待て。

 「ちょっと待て!! 何で俺がお前らの物なんかにならないといけないんだ!」

 「色さ」目黒は言う。

 「君の心の色はとても複雑で、今の時代には珍しい。我々のように単調な一色ではないからね。」

 「言っている意味が少しも分からねえ! 俺はただ学校に通いたくてここに来たんだぞ!!」

 「……まだ夢から覚めていないんだね。無理もないけれどちょっと遅い」

 それとも、思い出したくないのかな。

 そう意味ありげに続けた言葉の意味も分からない。

 何も分からない。

 分からない。俺が何を覚えているっていうんだ。

 「この状況は何だ! 俺は何でこうなってんだ!!」

 「なら思い出してみるといい。私が君に送った入学証明書を」

 「入学証明書……?」

 普通に入試を受けて、合格したと確認して、

 紙が届いて、それで……。

 届いた用紙を必死に思い出す。大丈夫なハズなのに、間違っていない筈なのに猛烈に不安になる。

 考えたら、もう引き返せないような謎の感情が沸き起こる。


 あれ?


 「俺、父さんと、母さんが、いない……?」

 目黒がニヤと笑って指を一本だけ挙げた。

 

 マズい。

 何かを忘れているけど、

 絶対に思い出したくないと心の中で誰かが言う。

 「俺は人間、か……?」

 いつ生まれた?

 いつ入試を受けた?

 いつ病気にかかった?

 

 今、自分がこの状況にいるから俺は分からない事が多いんじゃない。

 俺は初めから分からないんだ。

 全部、皆が分かってるだろうことが分かってないんだ。

  

 一人だった。

 果てしなく、一人だった。

 両目から涙があふれ出てくる。

 寂しい。怖い。まるで暗いトンネルにいるような。


 「あー! 目黒の馬鹿! 歯車くんを泣かせたな!!」

 子供っぽい顔からは想像できない程、目が黒々と、いや赤赤と染まる。

 「私の仲間を泣かせるなんて、酷いんだ! !!」

 

 赤の掌から火の玉が出てきた。

 「『小さな太陽』……」

 目を覚ました白々明が俺の近くでそう呟いた。 

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怪物機械は笑顔を知らない 黒犬 @82700041209

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