肩甲骨
薊
肩甲骨
少し湿度の高くなった部屋にベッドの軋む音が鳴る。深夜3時。涙で錆び付いた瞼を開け、月明かりを頼りに窓辺へ行く。あと少しで満月になる月は歪で。しかし煌々とその青白い光を地面へと突き刺していた。
好きでもない男に抱かれ、涙するのはもう何度目だろうか。別に悲しくて泣いているわけではない。単に不甲斐無いのだ。私は誰かに愛されたいがためにこんなことをしているのだろうか。否、独りで生きていけないから依存先を見つけ転々としているだけに過ぎない。渡り鳥と変わらない。暖かい土地を求め飛び立つ鳥と。
昔、誰かが言っていた。
「遠い昔、人間は背中に翼が生えていて、肩甲骨はその名残なの。いつかある日、またここから翼が生えて飛べる日が来るのよ。」と。
これはイギリスかどこかの御伽噺であり、何の根拠のない台詞だった。が、今の私はその御伽噺を信じたかった。飛べる気がする。
地上22メートルほどの高さにあるベランダにはミヤコワスレ一輪だけ咲く鉢植えが置いてあった。もう時期終わりの花が悲しそうにその紫を覗かせている。前の女が置いていった物か、それとも自分で買ったものかは分からない。もう消える命は月に照らされ、枯れるのを待つばかりであった。
頑丈な手すりに腰を掛け、吸えもしない煙草に火をつける。線香の代わりになるか分からないけど、こんな私には十分だと思った。
眼前に広がる東京の街は眠ることを知らないようで、空の星よりも輝いていた。人工的な光が空の輝きを食い尽くしている。
「私、飛べるかしら。」
誰に言うでもなくその言葉を呼出煙と共に空に流し、腰を浮かせた。
翼が生えたと信じて。
肩甲骨 薊 @Thistle_misanthropy
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