休日の夕暮れ
水岡周
第1話
夕暮れのビーチは空いていた。波の音だけが聞こえる。少し冷たいオフショアで、モモ腰のトロ厚の波が形良く割れていた。引きに合わせて正解だ。そう思いながら、はやる思いを抑えつつ、いそいそとウェットに着替えた。最近ウェットがキツい。太ったな。やっぱりビール抑えないと。そういや昨日も飲みすぎた。おかげで朝イチを寝過ごした。今日はたまたま夕方の引きに、間に合った。こうやって歳をとって行くのかな。
懺悔にも似た気持ちで板を抱えると、イヤイヤ俺もまだまだ、と気分を奮い立たせる。海水は思ったより冷たかった。体が重い。パドリングがなんだかキツい。ああ、準備運動を忘れたからだ。まったくしょうがない、ゆっくりいこう。ふと気づくとアウトで波が盛り上がってきてる。向かって右からテイクオフしようとしてるサーファーがいた。滑らかなパドルとテイクオフ、一連の流れが美しい。ローカルかな。俺の前で颯爽とボトムターンし、ショルダーまで上がってウォーキング、ハングファイブする。肩の力の抜けたクールな背中に見惚れた。
沖に出ると夕陽が眩しかった。オレンジ色の世界だ。油を敷いたように海面は静かだった。アウトからゆっくりと海面が盛り上がり、通り過ぎる時静かに俺を上下させる。インサイドで崩れる音だけが聞こえる。隣でウェイティングしてる人と目が合った。軽く挨拶を交わす。まだ一本も乗ってないのに気持ちいい。五感を優しく刺激される感覚だ。
アウトから少し大きめのウネリが入ってきた。セットだ、うしろにも見える。どっちだ?隣がパドルし始めた。じゃあウラにしよう。ウネリに軽く向かい乗り越えてから向きを変えた。ゆっくり盛り上がってくる、ショルダーが張ってきた。焦るな、波のパワーを感じて合わせろ。スッと板が滑り出した。素早く立ちながらレギュラーに向けた。トップがヒラヒラしてる。ショルダーの上の方をキープできてる。一歩踏み出しても安定してる。一気にノーズまで進み片足をかけた。すぐにノーズが沈む。バックステップしてるうちに、波が崩れた。スープに乗ってインサイドへ。夢のような一時。この一瞬のために、多くの時間を準備に費やす。
日の入りまでの小一時、のんびり楽しめた。いいライディングと言われれば、最初の一本だけ。トータルでも両手で数えられる。それでも体中を心地良い疲労感が覆っていた。今夜のビールは美味いぞ。飲み過ぎないようにしないとな。キツくなったウェットを脱ぎながらひとりニヤついていた。
休日の夕暮れ 水岡周 @satoshima
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