第二幕・外伝(上)『きみのいない世界で陽が沈む -キミノイナイセカイデヒガシズム-』
――長かったほど良い気温もとうに過ぎ去り、凍てつかせるような冷たい空気が世界を静かに漂う。
積もった汚れのない真っ白な雪を、重さに耐えかねた枝葉がその身をしならせながら散らしていく。真下で木の実を
屋根の
地面に薄く張った氷には眩い朝日が反射し、どこか淋しさの感じられる季節を少しではあるが照らしてくれている。
早い者は既に外で雪かきを終え、早朝の厳寒の中狩猟に出ている者もいた。
――とある村の一角に位置する、とある一軒家。丸太を何本も削って造られた二階建てのその部屋の中で、幾許かの日の出から目覚める者がいた。
一度二度寝返りをうったあと、自身の体温でぬくもった心地良い毛布を名残惜しむように跳ね除ける。半開きなまだ重い瞼をほぐすように擦りながら窓辺に立って陽の光を浴びるのは、小柄の少女だ。
少女は厚めの毛で覆われた薄青の寝間着姿をしていて、ほんの少し大きいのか、袖で手が隠れていた。単純にサイズが合っていないのか、それともこの白銀の世界の寒さから逃れるためにわざと大きめのを着ているのか、それは本人にしか知りえない。
下半身は上着よりさらに薄い青色をしていて、上半身よりも薄めの生地で膝下まであるスカートになっていた。
毛布の微かな擦れる音につられて目を覚ましたもう一人の少女も、手を口にあてがって欠伸をする。
「ふああ……。――おはようローリア。今日はいつもより早起きだね」
ベッドの上に座り込んで大きく身体を伸ばしてから、彼女は欠伸で出た涙を指で拭う。
窓際に手をついて外の銀色の世界を眺めていたローリアと呼ばれた少女は、特徴的な蒼い髪を揺らしながら声のしたほうへ振り向く。
「ああ、おはよう、シエラ」
朝の静けさに便乗してゆったりと息を吐くように、ローリアは隣のベッドに座っている少女の名を呼ぶ。
「キミの実家なんだ。ボクのことは気にせずまだ寝てていいんだよ。朝食の準備が整ったら、また起こしに来るし」
「ううん……。せっかくだし、もう起きるよ。確かに二度寝は気持ちいいけどね」
ローリアの配慮に、早起きが苦手なシエラは弱々しく首を振ってから苦笑いする。
シエラの寝間着はクリーム色で長袖の上下セットになっている。季節に合った素材で作られていて、内側は汗をかいても大丈夫なように吸水性のあるさらさらとした生地、外側は保温性に優れたモコモコの生地をしている。
――二人は温まった寝間着を脱ぐと、それぞれ昨晩のうちに畳んで準備をしておいた服に着替える。シエラはいつも通りの見慣れた服装だが、一方のローリアは違った。
着古されたローリアの服は壁に掛けられたままだ。下着は別段何も変わらないが、彼女が代わりとして上に羽織ったのは採寸し直された一着の黒革のコート。フードの部分に銀のファーが施されたこれは、かつて一人の男が着ていた一張羅だ。今はもういない、悲観的な思考を宿した青年の。
「似合ってるよ、ローリア」
コートに袖を通したローリアを見て、シエラはどこか寂しさの残る笑みを垣間見せる。
「ありがとう。この村の仕立て屋に感謝だな。針を通すと言われたときは少し気が引けたが、それでも着られず埃を被せるよりかは断然ましだよ」
「大事な物だって言ったら
「切れ端も、ボクにとっては大事な一部だからな」
言いながら、着替え終えたローリアは部屋の扉の取手を捻って開ける。
――ローリアとシエラが一緒になって階段を下りると、香ばしい匂いが一気に空気を漂ってくる。自然と空腹感を誘発させられる良い香気に引き寄せられて行くと、リビングとなるこの家で一番広い部屋にある長机に朝食が並べられていた。
洗い立ての水滴のついた緑の生野菜が中心に置かれ、各席には村の近辺で採れた山菜と茹でた肉のスープ、そして卵でできた料理が置かれている。
席には一人の男が座って珈琲を嗜んでいた。ウェルアー・ルレスタ――、シエラの父だ。
「おはようシエラ、ローリアちゃん」
「おはようございます」
「おはようお父さん」
朗らかで物腰柔らかなウェルアーに朝の挨拶を返す二人。シエラの親であるウェルアーの頭には当然子と同じ獣耳が生えている。狩りや力仕事を生業としているため見た目こそ少し
「いつかみたいに朝の挨拶と一緒に抱きついてきてくれてもいいんだぞ、シエラ」
「もうしないよ! いつの話してるの。ローリアの前だからって意地悪言わないでよお父さん」
「悪い悪い。でも、おかげで少し目が覚めたろう? 朝から元気でいるのはいいことだ。――朝食が冷めないうちに席につきな」
珈琲を
「起こしてくれれば朝ご飯作るの手伝ったのに」
「いいのよ、いつも手伝ってくれてるんだから。その気持ちだけで充分」
卓上の湯気を立てる料理を見て呟くシエラに、キッチンから女性の声が飛んでくる。
声の主となる女性もウェルアーと同じ栗色をした頭髪で、こちらは癖っ毛だ。後ろ髪を結って肩に垂らされたルーズサイドテールをしている。肌はこの場の誰よりも色白で、おっとりとした目つきからでも彼女の優しさはうかがい知れる。この者がシエラの母親であるユフェリア・ルレスタ。シエラは母親似だ。
「でも……」
渋るシエラの言葉を遮って、ユフェリアは先に起きていたぺトラスフィルに取り皿を渡す。
「それにほら。ぺトラちゃんがこうして手伝ってくれてるもの。ぺトラちゃん、凄くお利口さんなのよ」
見ると、台所からぺトラスフィルが若干照れながら皿を運んでいる姿が目に映る。これまで疑問にすら思うことなくしてきた行動をユフェリアはいちいち褒めてくれるものだから、内心嬉しいのだろう。別に無茶をしなくてもいいというのに、両手だけでなく器用に頭の上にも皿を乗せている。まるで大道芸人である。
「すみません。ぺトラですら手伝ってるのに、居候のボクが何もしてなくて……」
「ローリアちゃんも気にし過ぎだよ。いつもシエラと仲良くしてくれてるんだ。俺たち夫婦にとっては家族も同然さ。何も気を遣うことなんてないよ」
「そうそう。何もしてないことないじゃない。昨夜も遅くまで研究資料を漁ってたの、私知ってるのよ。日々私達が過ごしやすいのも、そうしてローリアちゃんが色々と発明してくれてるお陰なんだから」
申し訳なさそうに眉をひそめるローリアだが、ローリアのそんな言葉もウェルアーとユフェリアに快く否定される。
「それでも流石に何もしないのは気が引けます。少しでも手伝いますよ」
「じゃあローリアちゃんにはあとで役立ってもらおうかしら。皿洗いなら、水を扱い慣れてるローリアちゃん、得意でしょ?」
皿洗いならば一人暮らしのローリアはよくしていたことだ。自炊ができないわけではないが、ローリアとしては調理よりも準備や後片付けのほうが得意といえる。
「ではそれで。――ぺトラ、頭の上にお皿を乗せるのは行儀が悪いよ」
「……オレに品を
ちょうど前を通りかかったぺトラスフィルの頭に乗った皿を慎重に取って机に置くローリアに、頬を膨らませながらぺトラスフィルは抗言する。
「お父さん。そろそろ先生も呼んだほうがいいんじゃないの?」
ローリアとぺトラスフィルのやり取りに苦笑しながらシエラが言うと、机にカップを置いたウェルアーは「そうだな」と立ち上がろうとする。しかし直後に家の外へと通じる扉が開くと、その向こうから低温の冷気とともに女性が姿を現した。
気遣い気味に冷たい空気がなるべく屋内に入らないよう早々に扉を閉めると、立ち上がりかけていたウェルアーへと向き直る。
「除雪と薪割り、終わりました」
「相変わらず早過ぎやしませんか。別に急がなくてもよろしいんですよ」
驚きを通り越して呆気にとられているウェルアーをよそ目に、女性は手に持っていた雪解け水で少し濡れた斧を、布の敷かれた場所に立て掛ける。
「
「よほど手際がいいんですね。さすがは大国の実技科の教師だ。本日もご苦労さまです」
「どうぞ、ここへ座ってくださいセリア先生」
シエラが言いながら椅子を引いた席に促すと、セリアは一瞬の間を置いてそこへつく。
セリアの目の前にも皆と同様の朝食が整列されている。そこへさらに、ウェルアーによって
「お身体も随分冷えてることでしょう。こいつで温まってください。角砂糖は一つでしたよね」
「はい。どうも」
リー・スレイヤード帝国にいた頃いつも一人で朝食を摂っていたセリアは、大勢の食事にまだ違和感があるのか、僅かに戸惑いの滲んだ表情を浮かべながら遠慮がちに珈琲を受け取る。
セリアは自分の前に置かれた小皿に乗る角砂糖を指で摘むと、渡された珈琲へ入れて溶かす。
「ルレスタさんの狩りには及びませんよ。ここへ来たばかりの頃に一度同行させてもらいましたが、私の気付けなかった遠方の小動物の気配にも的確に反応しておられました。あれを見て私も更に鍛錬を積まねばと、感心と共に痛感しました」
「またご謙遜を。獣の血が混じっていない身であの猛吹雪の中平然としている先生に言われても、皮肉にしか聞こえませんよ」
珈琲の入ったカップを両手で包んで温まるセリアに苦笑いしながら話すウェルアー。そんなやり取りも数分続くと、台所からユフェリアが歩いてくる。
「皆揃ったわね。この寒さだとすぐに料理も冷めちゃうから、早く食べましょ」
言いながらユフェリアが最後に椅子に座ると、きちんと全員いることを再確認したウェルアーが口を開く。
「それじゃあ。食べ物になってくれた命と、それを調理してくれたユフェリアに感謝して……」
「毎度のことながら、私の名前は出さなくてもいいわよ」
本気なのか茶化しているだけなのか分かりにくいウェルアーの言葉に、ユフェリアは照れ隠しに表情筋を緩ませながらはにかむ。しかし、
「いや、これは俺なりの妻に対する愛情表現だ。やめるわけにはいかないな」
「もう……。――ごめんなさいね、夫が馬鹿で」
「いえ、見ていて微笑ましい光景です。これで寒さも紛れるというものですよ」
ユフェリアに向けられた言葉に、セリアも口元に微かな笑みを浮かべて悠々と返す。
ルレスタ家の仲の良さは村でもよく知れ渡っている。中でも周知されたウェルアーの愛妻家ぶりは村一番といわれているほどだ。よってユフェリアの一言くらいでは簡単に折れ曲がったりなどしない。
何より当の本人であるユフェリアが満更でもなさそうな反応をするものだから、かえってウェルアーの想いは年々上昇傾向にある。
「シエラの家は仲良し家族だな」
「そうだよ。こうして端から見ているだけでも、なんだか心が和やかになる」
「なんか、いいな……」
どこかもの羨ましげな視線を向けるぺトラスフィルにローリアも心底共感を得ながら、再開された朝食に二人もありつく。
ローリアの両親は早くから亡くなり、ペトラスフィルの親に関しては生死すら不明。そんな二人からしてみれば、目に映るルレスタ家の光景はとても羨望に満ちた輝かしいものに見える。
「ちょうどいい大きさに千切られてて食べやすいな」
「でしょう? 今日の野菜はぺトラちゃんが早起きして全部仕立ててくれたのよ」
ウェルアーの呟いた独り言に、ユフェリアは黙々とスープを
「おっ、どうりで食べやすいわけだ。なんかこう、ぺトラちゃんの手の味って感じがするな」
「な、なんだよそれ……。ってか、オレも料理できるんだからもっとちゃんとしたのでも……」
「あら? 野菜の盛り付けも立派な料理よ。私はとても助かってるんだから」
褒められたのが恥ずかしいのか、ぺトラスフィルは手に握ったスプーンを咥えたままもごもごと口を濁す。
――半神リテによって過去へと旅立ったミツルと別れて数ヶ月。あれからローリア達はシエラの案により、彼女の故郷であるルランダ村で隠居生活を行っていた。
ルランダ村はリー・スレイヤード帝国領の内部にある村だが、村に住む全員が未だ差別対象にされやすい人間と獣人の中間にあたる存在のため、その場所は本国からかけ離れた辺境にあり、結果として追尾されにくい場所となっている。加えてルランダの村の住人はその処遇から結束力が高く、たとえ国の捜索隊がローリア、ぺトラスフィル、セリアの潜むこの村へやって来たとしても、同胞であるシエラの仲間を見す見す差し出すような真似はしない。
一度、クラウディアスが戻ってこないセリア達の在り処をリテから聞いて本人自ら村に赴いたことがある。セリアに事情を聞き、クラウディアスも国内よりもしばらくルランダ村に居たほうが無難だろうという判断を下し、現在に至る。
「――あ、そういえばウェルアーさん。保存してあるお肉なんだけれど、明日いっぱいで無くなりそうなのよ」
悩ましげに右手を頬に当てつつ言うユフェリアに、ウェルアーは「お、そうか」と顔を上げる。
「なら今日は狩りに出ないとな」
「私もお付き合いします。我々が余分に減らしてしまっているわけでもありますから」
スープをすくっていた手を止め、セリアは申し訳なさそうに自ら狩猟へと志願する。
「気にしなくていいですよ――と言いたいところですが、正直ありがたい。先生がついてくれた日はいつもよく捕れますからね」
「村の男達の間でも話題になってます」と苦笑混じりなウェルアーに、セリアも微かに愛想笑いを浮かべる。
ユフェリアはそんな目の前の男女のやり取りを見ても嫌な顔一つせず、そればかりか一緒になって喜んでいる素振りを見せる。
ウェルアーは一途で一線を越えるようなことは絶対にしないと信用しているのか、ほかの女性と仲良くしていてもユフェリアは焼きもちも嫉妬心も抱かない。ルレスタ家のおしどり夫婦の秘訣は、こうした互いの理解し合った信頼関係が源となっているに違いない。
――雑談を含めた朝食も一旦落ち着き、やがて全員が手を止める頃合いになるとローリアがスプーンを皿の上に置いて立ち上がる。
「ご馳走さまでした。今日も美味しかったです」
「お粗末さま」
ローリアの言葉にユフェリアは柔らかな笑顔で応じる。ローリアは自分の食器を両手に持ちながら「ぺトラ、手伝ってくれ」と言って台所へと向かった。ぺトラスフィルも椅子からひょい、と軽快に降りるとローリアの後ろをとことこついて行く。
「――さて、朝食も食べたし狩りに出ようと思いますが、先生どうします? もう少し休憩してからにしますか?」
「お心遣い感謝します。ですが大丈夫ですよ。装備の支度だけしていただければ」
言いながら席を立つウェルアーにならい、セリアも立ち上がる。
ローリアは研究に加えたまに食器の後片付け。ぺトラスフィルは奴隷時に独学で培った料理でユフェリアの手伝い。シエラは両親に都度何をしようかと聞き、セリアは薪割りや雪かき、ウェルアーの狩猟のフォロー。
世話になっているからにはと各々で分担を行う日々は、決して悪いものではなかった。
田舎ならではの静けさのあるルランダ村。彼女達もここでの生活に慣れてきた頃合いであろう。自分で何をすべきかきちんと考え、判断し、ただ隠居して怠けているだけではないようだった。
突如押しかけてきてそれぞれ迷惑しているのではないかと内心危惧していたが、ウェルアーとユフェリアが言うには『家族が増えたみたいで楽しい』と。
夫婦二人だけの生活も新婚気分でいいものだが、久しぶりに一人娘であるシエラが帰ってきてくれただけでなく、友であるローリアに新たに加わったぺトラスフィル。それに教師であり帝国最強でもあるセリアまでもが、一時的ではあるにせよ衣食住を共にしてくれるのだから拒む理由などないと、この夫婦は二つ返事で受け入れてくれた。
その気持ちが心からの本心であることに彼女達は非常に感謝し嬉しくもあったのだが、それと矛盾するように、実は寂しさもあった。いや、今でもあり続けている。
住まわせてもらっている以上、一応ウェルアーとユフェリアにも事情は話してある。ただしアリヤの死とミツルという名の男については伏せているのだ。
アリヤはローリア同様シエラの親友であるためよく家に赴いていた。そのためウェルアー、ユフェリア共アリヤのことをよく知っている。幼馴染み、そう呼んでもいいくらいには知っているのだ。
シエラが時たま帰省する際にも、アリヤとローリアはもはやセットのように当たり前に着いてきていた。用事が重ならない時以外は当然のようにだ。
それが今回ではどうか。国に追われ、故郷にしばらく身を潜めるなどというなかなかに深刻な事態に陥っていながら、いつも一緒に行動していた大切なアリヤの姿は一切合切見えないでいる。
言及しようにもアリヤについて少しでもほのめかす姿勢を見せようものならば、彼女達ははぐらかすように顔を苦笑に浸してしまう。そのあまりにも痛々し過ぎる笑顔を前に、ウェルアーも、そしてユフェリアにさえもこれ以上口からは言い出せない禁句と化していた。
明らかに何かあったことも、見るからに彼女達が精神的に無理をしていることもわかってはいたが、そのことに目を背け、耳を傾けさえしなければ、普段と何変わらぬ日常を過ごせると、そう思ってウェルアーとユフェリアはあえて何も追及せずにいる。それが今の少女達の傷を抉る質問ならばなおのこと聞きはしない。みんなが寝静まったとある夜、夫婦二人は密かにそう決めたのだ。
「つ、め、た、過、ぎ、る……」
「このくらい我慢しろよな。シエラの母さんなんて毎日やってんだから。そんなんじゃこの寒さ乗り越えられねーぞ?」
食べ終わったばかりの皿をぐいぐいと洗いながら水道水の冷たさにたまらず強ばった声で弱音を言い漏らすローリアの真隣で、ぺトラスフィルは平然とした態度で言う。ローリアのほうが年上なのに、今この時の会話はまさに親と子だ。
「キミは慣れてるからだろう。水のマディラム使いでも、この時期の皿洗いは辛いんだよボクは」
「なら下水道で暮らしてみっか? ここの水なんざお湯に感じるぜ?」
「え、遠慮しておくよ……」
キツい冗談を投げるぺトラスフィルに、ローリアは受けきれず「はは……」と苦笑いで逃れる。
ウェルアーとセリアもとうに狩りへ出かけ陽も次第に高く昇りはじめると、明朝の薄暗い屋内も和やかな明るみを増し、気温もわずかだが上昇する。
――そんな一段と閑静なシエラ宅の玄関扉に、ふと、小さな振動とともにコン、コン、とノックする音が響いた。
「「っ!?」」
静かなノック音だが、しかし、それはローリアやシエラらの心臓を大きく跳ねさせるのには十分過ぎるものであった。
「大丈夫よ、二人とも」
ついに隠居していることがばれたのではないかとローリアとシエラは固唾を呑んで扉をじっと睨むが、ユフェリアは緊張をほぐすように二人に優しく語りかけると扉へと近付いていく。
温和な性格ながら、ユフェリアはこういった場面では意外に堂々としている。普段はもの柔らかで優しいが、子の危機に際しては身を呈して守ろうとする。そんなまさしく、母は強しを体現したような女性だ。
がしかし、ユフェリアが警戒して開けた扉の先から見えた人物は少女達を捕らえようとする者ではなく。
「――どうも」
ローリアやシエラの意表を突く来訪者である、一人の男だった。
男は身を隠すためなのか目深のフードのついたマントを羽織っており、ぱっと見では顔はうかがえ知れない。軽く会釈をしながらユフェリアに対し挨拶をした声から予想するに若い男、青年だろう。
目前に立つユフェリアだけには青年の表情が見えるのか、彼女はその面相からも滲み出る警戒を解くや肩の力を抜いた。
直後、再び顔を上げつつフードを取る青年。その中から現れたのは、ローリアとシエラもよく知る人物だった。
Negative Fugitive 鬼灯二人 @Nicht0410
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