Epilogue. 10年後のオレ達から愛をこめて

「パパー! こっちこっち!」

「夢美ー! あんまはしゃぎすぎるなよー?」

「わかってるよー!」


 あれから10年が経った。オレ達は大学を卒業した後すぐに結婚し、府中のマンションで一緒に暮らしている。この場所を選んだのはオレのごり押しみたいなところもあるのだが、来望は文句一つ言わず首肯してくれた。


 それからオレ達の間に子供も授かった。可愛い女の子で、家ではオレや来望に甘えてくるが、外ではそんな素振りを見せない真面目さを見せている。どことなく来望そっくりだと思うが、来望みたいなクールさは欠片もなくとても元気に育っている。


 名前は来望がそうしたいと強く要望してきた。曰く、『夢いっぱいに育って欲しい』とのこと。ここまで強い願いをする来望も珍しいと思ったので、オレはその名前に即決した。互いの両親にも既に顔合わせしており、可愛い孫ができたと喜んでいる。そんな夢美も、もうすぐ小学校に入学しようという年齢まで育っており、親としても感慨深いものがあるな。


 そんなオレ達は休日になると東京競馬場へと足を運ぶ。それは夢美を遊ばせる場所がたくさんあるというのが一つと,もう一つが。


「颯馬、この子好き」

「じゃあヒモに入れてみるかな」


 オレも来望もまた競馬を見たいと思っているから。競馬サークルに入ってから来望は馬が走る姿に惚れたらしく、走っている姿を見たいというただそれだけの理由で競馬の知識をどんどんと吸収していった。それでも大量のお金を賭けようとしないのはオレの姿を見習ってくれていると信じている。


「颯馬ちゃんおひさー」

「あっ、悠里さんお久しぶりです」

「来望さんも元気になさってますか?」

「うん。絵愛さんも元気そう」

「もう場所取ってあるからさ、一緒にどうかな?」

「うん、ユーリは頼りになる」


 絵愛と悠里さんは事実婚という形で今も関係が続いているという。絵愛の家柄的にいろいろ言われてそうな気もするが、そこは悠里さんがしっかりとカバーしてくれているらしい。表向きはお嬢様と付き人みたいな形なのか、今も悠里さんは男装を続けているようだ。現に今もスーツを着てビシッと決めており、芝生の広場には少々刺激が強い。


「あっ、絵愛お姉さんと悠里お姉さん! こんにちは!」


 夢美が二人に気付いたのか、ドタドタと走ってきて一礼。元気はつらつといった感じで挨拶をすると、二人も微笑ましそうに夢美にむかってお辞儀をした。

 

「夢美ちゃんも大きくなりましたわね」

「いい子だよね夢美ちゃん。これは親の教育の賜物ですな。夢美ちゃんはパパとママのこと好き?」

「パパもママも大好き! この前のママすごかったんだよ! 白いドレスでわーって!」


 確か絵愛からパーティーに誘われたときのアレか。来望の記憶には無いが一応馬主サイドで競馬を見ていたこともあったからな。そこの繋がりが未だに残っているのもすごいと思うが。


「颯馬ちゃん、ちょいちょい」

「……来望、ちょっと任せてもらっていいか?」

「いいよ。夢美、絵愛お姉さんが一緒に遊んでくれるって」

「ほんと!?」

「まったく、仕方ありませんわね」


 オレは悠里さんに引っ張られてスタンドの方へと連れて行かれた。一体何なんだと思いながら悠里さんの方を見ると、ちょっと紅潮したような顔をしてどこか遠くを見ている。


「……悠里さん?」

「颯馬ちゃん、今はどう? 毎日楽しい?」

「そうですね……大学の時と同じようにはいかないですけど。でも、夢美が生まれてからはより充実感が生まれてきましたね」

「そういや最近女装はしないの?」

「たまに娘や来望にねだられるんですよね……もういい年なんだけどなぁ」

「マジ? 写真見たい」


 スマホを取り出してデータを見せると、悠里さんは笑いが止まらないといった感じでケタケタと声を上げる。それは恥ずかしそうに映るオレの姿と、そこを挟むように笑顔で映る夢美と来望の姿だった。さらに言えば、オレが着ている服はあの時のドレスである。来望の記憶からは消されてしまったが、オレの中では永遠に残り続ける純白のそれだ。


「こんな家族写真ある? ってかこの年で普通に着こなせてるのすごいわ」

「正直オレが一番ビックリしてますよ」

「夢美ちゃんも母親譲りのかわいさだし。アタシも可愛い子供が欲しかったな~」

「……後悔してますか? 絵愛さんと付き合ってること」

「いやいや全然。絵愛とは里親になろうかなって話もしてるとこだし」


 女性同士の付き合いとなれば子供を諦めざるを得ないというのは理解できる。それでも二人はそんな制約の中で最大限の幸せを掴もうと頑張っている。二人の仲は10年経っていても揺らぐどころか、より結束が固くなっているように感じられた。


 そして悠里さんの顔が真剣なものに変わると、打って変わって真面目な口調でオレに語りかけてきた。その語調の変化にオレは戸惑うが、そういう時の悠里さんのクセを知っているからこそ、オレはその話を真面目に聞こうと身構える。


「10年も経ったから時効だと思うから言いたいことがあるんだよ」

「なんですか?」

「アタシさ、もしもあの時颯馬ちゃんに告られたらOKしてたと思う。でもそうはならなかった。だって颯馬ちゃんには最初から来望ちゃんがいたじゃん?」

「……そうですね。サークルが分裂して、そんな中でも悠里さんには良くしてくれて、今でもホントに感謝してます。でも、オレは悠里さんを選ばなかった。選べなかったです。その時からもう来望のことは特別だと思ってましたから」

「だよね~」


 そう軽く言ってのけるが、悠里さんの横顔には少しだけ寂しさが滲んでいた。


「それが分かった時点でアタシには颯馬ちゃんを応援しようって気しか無かったんだよ。アタシが好きになってもいいって思った人だもの、最大級に幸せになって貰わなきゃ損でしょ?」

「……ホントありがとうございます。悠里さんがいなかったらここまで来られなかったと思うので」

「それは買い被りすぎだって。それに……颯馬ちゃんと付き合うってことは絵愛のことを諦めるってことでもあるから」


 悠里さんはオレと付き合ってもいいという未来を消して、オレを応援することで友人として隣に立ち続ける未来を選択した。悠里さんはそれを失敗だとは考えていない。むしろ大成功とすら考えているようとオレは推測する。


「さてと、チキンでも買って戻りましょうかね」

「そうですね。夢美もチキン好きなんで喜ぶと思います」

「アタシの絵愛もそうだけどね」


 オレと悠里さんの関係は今でも変わらない。先輩と後輩、競馬仲間、互いのカップルを応援する同志、そして大切な親友。そこに一切の変化が生じなかったのは運命の悪戯なのかな? 終わったことを考えても仕方ないと言えばそうなんだけどさ。


 来望たちのいた場所に戻ると、そこでは絵愛と夢美がはしゃいでいた。小さい子供と大きな子供がいるようで、とても賑やかである。それを見ている来望もまた楽しそうに笑っていた。


「お待たせ来望」

「うん。悠里さんとの話は終わったの?」

「ああ。ちょっと昔話をな」


 レジャーシートの上に座ると、オレの膝の上に来望がちょこんと座った。この定位置は10年経っても何も変わりはしない。


「絵愛ちゃんにお土産だよ~」

「この匂いは……あのチキンですわね」

「絵愛ちゃん好きだもんねーこれ」

「わたくしを子供扱いしないでくださる!?」

「ねー、夢美のは~?」

「もちろんあるぞ~」


 目を輝かせる夢美。そしてどこか物欲しそうな目でこちらを見てくる来望。まったくと思いながらもオレは買ってきたチキンを来望の目の前に置いた。


「ほら、オレ達の分もちゃんとある」

「ありがと。食べていい?」

「もちろん」


 場内にファンファーレが鳴り響く。昼前最後のレースとあってか、人の入りは普通だ。重賞開催日ということを勘案すればそれでも十分と言えるが。まだ少し肌寒さの残る中、チキンだけがその熱さを伝えてくれる。


「颯馬、当たるかな?」

「それは走ってみないとな」


 ゲートの開く音が響くと、場内の空気が一変する。そこから先はただ上がり続けるボルテージを感じ取るだけだ。蹄音が徐々に近付いてくる。観客の歓声もまたそれに合わせるかのように高まっていく。そんないつもの日常を、オレは何度も、何度も噛み締める。


「いけー! がんばれー!」


 夢美が悠里さんに抱えられながら声を張り上げた。4コーナーを曲がってくる馬たちを見送ると、あとはただ場内の実況と観客が上げる様々な声に頼るだけだ。


「……当たってる?」

「そうだな、ドンピシャだ」

「今日の食費くらいは賄える」


 軽く拳を突き合わせて笑い合う。それを見てか、悠里さんから降りた夢美もこっちに駆け寄ってきた。


「パパ夢美も! 夢美もやる!」

「はい、ほーらごっつん」

「ごっつん!」


 夢美が満面の笑みを咲かせると、オレもまた同じような笑みを浮かべていた。そして頭を撫でてやると、夢美がこんなことを聞いてきた。


「パパ、今幸せ?」

「当たり前だろ~?」

「きゃー!」


 夢美をハグしてやると、嬉しそうな声を出してくれた。そうやって喜んでくれる夢美の姿を見ることが、夢美が喜んでくれるように頑張ることがオレの使命の一つだろう。


 ……なぁ、見てるか神様。未来なんか見えなくてもオレ達は幸せになることができたぞ? 確定した未来の先にこんな幸せはないんだ。大好きな幼馴染のそっくりさんと一緒でも、そこにお金や愛情があったとしても、オレにはやっぱりたった一人の幼馴染だけが大好きなんだ。


 これがオレにとっての幸せの形、オレにとっての幸せな家庭。それを守ることが出来ただけで十分なんだ。そして一生守り続けていく。それが『未来視』という祝福をくれた神様への解答なのだから。

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未来視で手にした万馬券を手に求婚を迫ってくるオレの幼馴染にどうしても競馬を教えたい〜妹のように可愛がっていたクールな幼馴染と幸せな家庭を築くまで〜 黒埼ナギサ @Nagisa_kurosaki

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