Race12. お姫様と王子様は未来へ駆け抜ける

「実家、楽しかった」

「そうだな。久々に親の顔を見られてよかったよ」


 3月も終わりに近付き、オレ達は東京へ戻るべくまた新幹線に乗っていた。あの日のプロポーズ以降、オレ達の関係は見た目こそ変わらないものの大きく前進した。恋人になって、婚約指輪まで渡して、そしてオレ達は夫婦になる前段階を済ませた。本格的な結婚は大学を卒業してからになるが、それでも問題ないだろう。最短で2年のブランクが空くが、2年程度でオレ達の愛が揺らぐとは思えない。


 そうしているうちにオレのスマホに一件の通知が届く。その宛先は絵愛からだった。


『今日東京に帰りますのよね?』

『そうだな』

『新入生募集の件でお話がありますわ。16時にサークル棟まで来てくださらないかしら?』


「颯馬?」

「うちのサークルの部長からの連絡だよ。新歓の打ち合わせだってさ」

「それって絵愛さんって人?」

「あー、そうだな」

「私も行きたい」


 うーん、これはどうなんだ? 一応絵愛と悠里さんには来望の未来視を知っているが故に、未来視が消えたことでの記憶の消失については話している。当然絵愛も驚きを隠せないといった感じだったが。……一応聞いてみるか?


『来望も一緒じゃダメですかね?』

『構いませんわ。わたくしも来望さんにお話がありますから』

『分かりました。じゃあ16時で』


「いいってさ」

「……私と絵愛さんって人、仲が良かったんだよね?」

「一緒に写真撮ってたしな」

「あのお姫様みたいな格好も?」

「溝呂木さんが用意してくれたんだって」


 その話を聞くと、来望は少しだけ暗い顔をした。まぁそれもそうか。絵愛のほうは来望と仲が良いものだと思っているし、様々な経験を来望としている。でも来望はその経験を覚えていない。その亀裂が明確化された以上、どうすべきかと熟考してしまうのも無理はないだろう。


「……私、大丈夫かな」

「記憶が無くなったことを責めたりはしないよ」

「それは……そうだけど」


 来望の不安そうな顔が消えることはなく、オレ達のアパートまで辿り着く。そこで荷物を置いてから大学へと向かう。


「……颯馬、手つないで」

「ああ」

「……あたたかい」


 来望はそっとオレの方へと身体を寄せる。こんな行動にも徐々に慣れてきたのか、オレも照れることなくまっすぐ歩けるようになってきた。むしろこうしてる方が安心感すらある。ここから大学までは歩いて数分の距離であるため、予定の時刻には余裕で間に合うのだが、少しだけ遠回りして大学へと向かう。それに来望は意義を唱えることなくただ無言で歩を進めていくだけだ。こうして予定の時間ぴったりのタイミングでサークル棟に着くと、そこにはいつもの二人が待ち構えていた。


「おひさー颯馬ちゃん! ちょっとキリッとした?」

「そうかもしれませんね」

「ごきげんよう颯馬さん、来望さん」

「こっ、こんにちは」

「来望さん、少し肩の力を抜いてくださいな。ここでの立ち話はなんですからこちらへどうぞ」


 そうしてオレ達のサークルの部室へと入り、それぞれのカップルが向かい合う形で座る。来望はそこでも不安を隠しきれないのか、オレの手を握って離さなかった。それを絵愛と悠里さんが微笑ましそうに見ている。……というか絵愛さんの左手薬指にも指輪がはめられている。オレも少しだけ肩の力がほぐれたような気がした。


「既に颯馬さんからお話は伺っていますわ」

「……ごめんなさい。私、貴女たちのこと全然分からなくて」

「伺ったときは嘘かと思いましたが本当だとは驚きですわね」

「まぁこんな状態だしさ、もう一度自己紹介しとこっか」


 こういう時の悠里さんは頼もしい。マイナスに引っ張られそうな空気を一瞬でプラス方向へと持っていってくれる。そんな悠里さんだからこそこのサークルを立て直すことができたのだし、絵愛さんとも釣り合いが取れるのだろう。


「アタシは長岡悠里。ここの副部長みたいなポジションかな? でこっちが」

「溝呂木絵愛ですわ。本サークル部長で、来望さんとはお友達でしたのよ」

「……やっぱり私、二人のこと覚えていない。でもどうしてこんな良くしてくれるの?」


 絵愛と悠里さんは顔を見合わせる。そして吹き出すように笑った。その様子に来望は混乱している。二人が思うことは同じだ。そしてそれは既にオレも知っている。知っているからこそオレはこの場に来望を連れてきていいという判断を下せたんだ。


「記憶が無くなっても設楽さんは設楽さんでしょ? まぁいろいろあったことを忘れちゃうのは悔しいけどさ……。でも、アタシが楽しかったってことを覚えていれば、その楽しさはまた巡ってくるっしょ?」

「そうですわ。わたくしだって来望さんとの思い出はどれも鮮明に覚えていますもの。そのひとつひとつがわたくしの礎になっていますわ。特にあの時の来望さんは素晴らしいものでしたから。一生忘れないと思いますわよ?」

「あの時って、これ?」


 来望が見せたスマホには、聖母の微笑みを携えたあのドレスを着ている来望の姿が映されていた。それは気を取られた一瞬を撮ったという形で、場所から推定するにこれを撮影できるのは絵愛しかいないという世界に一枚しか存在しない写真だ。


「わーすっご、ガチのプリンセスじゃんか」

「……」

「颯馬ちゃん尊さで語彙力失ってる!」


 ポニテ、ドレス、そしてこの表情。尊みの三重奏だろこれ、反則だ反則。


「そのドレス、既に来望さんに差し上げましたからいつでも着られますわよ?」

「……二人とも、やっぱりいい人」


 来望の表情が徐々に生き生きとしたものに戻ってきた。来望もまた二人に好かれていたんだなと考えると、彼氏たるオレとしても鼻が高い。


「来望さん、これはわたくしの個人的なお願いなのですが……このサークルに入ってくださりませんか? わたくし、もう一度来望さんと仲良くなりたいですわ!」

「入ったら颯馬と一緒の時間増える?」

「当たり前ですわ。颯馬さんも異論はありませんわよね?」

「来望の意思を尊重するよ」

「……うん、入る。競馬のことはまだ全然分からないけど」


 彼女はかつて未来を見ることができた。彼女はその力を一人の男のために存分に振る舞った。だがその力は男の意志によって失われる。しかしそれは不幸の始まりではなく、新たな幸福の始まりだ。


「そこはまぁ……ね?」

「そうですわね」


 二人してオレの方を見ている。まぁオレに期待される役割はたった一つだよな。


「オレが基本のキから教えてやる」

「うん。颯馬……大好き」

「っ……そういうのは二人きりの時にしてくれよ」


 絵愛や悠里さんに冷やかされるオレを見ながら笑う来望。それはどこにでもあるようなありふれた日常に過ぎない。でも、そんな日常をオレ達は誰よりも渇望していた。


 オレの幼馴染はクールで、感情を表に出さなくて、それでいて世界一可愛い最高の恋人だ。そんな彼女に競馬を教えるなんてと人は言うだろう。それは叶わなかったかもしれない物語。でも今、物語は現実となってオレの目の前に現れた。


 オレはこんな関係を大事にしていきたい。未来を書き記す第一歩はもう既に始まっているのだから。

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