時間越え

夜の寒い空気がよく身に染みる。時計に目をやると11時半を指している。

「そろそろ行くか。」

何気なくつぶやく。

新宿御苑のゲートに軍曹からもらった券を入れる。

歩みを進めながら軍曹に言われたことを思い出す。

『君には9月13日11時42分59秒までに新宿御苑の食堂裏の男子トイレの一番前の個室で“イザベラ”の数値を2198.1102.093020に合わせておく。時刻が来たら“イザベラ”の引き金を引く。武器等の携帯は禁ずる。未来への影響を最小限にするためだ。だが、未来はどうなっているかは検討もつかない。強化ゴムスーツを服の下から着て行け。君が未来に着いたらこちらから連絡する。』

『了。』

『木越上等兵、幸運を祈る。』

本当に未来へ行けるのだろうか。不吉な考えが頭をよぎる。米ソがロケット開発競争をしていた時代、2ヶ国の飛行士は大勢、宇宙に散っていったそうだ。俺もその大勢の一人になのではないか。そんなことを考えていると、トイレの前までついた。


なかなか小奇麗なトイレだ。周りにスタイリッシュなガラスの装飾が施されている。しかし、なんでトイレで......あぁ未来でも格式ばった公園は残ってる可能性が高いし、“御苑”なだけに無暗にトイレの位置は変えずらいとか言ってたな。

個室のドアを閉じる。一呼吸おいて、時計を確認する。11時41分30秒を指している。

“イザベラ”のダイヤルを右に回すと電光板の数字がピピピピと子気味良い音で増えていく。ぴったり合わせて時計に目をやると11時42分28秒を指している。トリガーに指をかける。28,29,30......秒針が普段よりゆっくりそれでも確実に進んでいく。

いまだに信じられないが、もし.......本当に今、手に持っているこの機械が未来に行けるもので失敗したら俺はどこに行くのだろう。『今』に取り残されるのか、『未来』へ行けたとして無事に帰れるのだろうか。トリガーにかかる指が震える。42,43,44......それでも秒針は進んで行く。

軍曹の言葉を思い出す。「まぁなんだ『物は試し』ともいう。」

そうだ。まだ行けないと決まったわけじゃない。行けるかどうかなんてこの地球上——少なくとも『今』の地球上にはどこにもいないんだ!

トリガーにかける指に力が入る。50,51,52,53,54,55,56,57,58.......

「ええぃ、ままよ!!」

59

......

特に何か変わったようにも見えない。成功か?失敗か?もう一回引くか?

俺が戸惑っていると“イザベラ”が鳴った。俺は慌てて出た。

『こちら木越。軍曹ですか?』

『ああ、私だ。木越上等兵。何か変わったことはあるか?』

『いや、なさ過ぎて逆に実感が湧きません。』

『そうか。ちょっと失礼今通話中なん......今、連絡が入った。今現在、木越上等兵の存在は確認されていない。少なくとも今、上等兵がいる所は「今」ではない。とりあえずトイレを出てみたらどうだ。』

『了。』

通話を切って、トイレを出てみても特段変わったところは見えない。

「やっぱり実感が湧かねぇな。」

数歩歩いて、なんとなく後ろに振り返る......

「あぁ、確かに未来のようだな......」

小奇麗でスタイリッシュだったガラスの装飾は、経年劣化によるものと思われるボヤが全面にかかっていた。

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タイムアドベンチャー 亀両秦乃介 @elkagura

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