プレミアムパスで幸せを保証します

ちびまるフォイ

プレミアムパスの購入は18歳から

「あなた、生まれてくる子供の名前はなににする?」


「男ならたかし。女の子ならたかしにするよ」


「生まれてくるのが楽しみね……」


妻は大きくなったお腹を愛おしそうになでていた。

第一子ということで健やかに育つことだけを願っている。


「ねぇ、ところで相談があるんだけど」


「なんだい?」


「生まれてくるこの子には苦労をさせたくないの。

 幸せな人生を送ってほしいの。なんの苦労もなく」


「それは僕も同じだよ」


「だから、この子にはプレミアム子供パスを買ってあげたいのよ」


「それはいい考えだね! それならこの子の人生は安泰だ!!」


プレミアム子供パスは、まだ生まれていない赤ちゃんに非凡な才能を授けられるサービスのこと。

夫婦は子供のためにもやし生活を断行。

なんとかお金を工面してプレミアム子供パスを1個手に入れた。


「これでこの子は勉強めっちゃできる子になるわね」


「成績がよければ就職に困ることもないから安心だ」


「……でも本当にそれだけでいいのかしら」


「そういわれるとたしかに……。この世界は勉強だけできれば幸せとは限らないな」


「あなた! プレミアム運動神経パスも買いましょう!」


「それだけじゃダメだ! プレミアム幸運パスも人生には必要だ!」


夫婦は霞を食べて天井のしみを数えるだけの毎日を送って、なんとか2つのパスを買った。

生まれる前にプレミアムハイパーエグゼクティブ会員となった「たかし」は、

すこぶる頭がよく、びっくりするほど運動神経がよく、友達にも恵まれるという幸運を保証された。


誕生を心待ちにする夫婦はついにその日が訪れた。


「う、うまれ……」


「すぐに病院を!」


「……た」


「過去形?」


持ち前の幸運により赤ちゃんはなんの障害もなく、するりと出産した。

母子ともに健康という幸運に夫は喜んだ。


「あなた、たかしはきっと最高の人生になるわね」


「ああ、そうに決まってる。一応、プレミアムIQパス会員にもなっておくか」

「そうね」


子供のために追加で新しいサービス会員になった。

ただでさえ賢い子供はIQが良くなる薬をたくさん打たれて、頭の使い方もよくなった。


それだけ手厚いサービスを受けているだけあって、たかしの成長速度は非常に早かった。


誰よりも早くに言葉を覚え、誰よりも早く二本足で立った。

病院や近所でも神童だとしてもてはやされた。


ある日のこと、夫が家に帰ると沈んだ妻の背中が見えた。


「おい、どうしたんだ電気もつけずに」


「……話したいことがあるの」


「な、なんだよ。浮気なんてしてないぞ!?」


「今朝、たかしと公園に行ったのよ……」


妻はぽつぽつと話はじめた。


公園にいる同世代の子供の中でもたかしは非凡であったこと。

才能あふれる子供を連れた母親との落差が大きかったことを。


「本当は私の子じゃないとか、あなたの子じゃないとか言われて……」


「たかしは僕たちの子供だろ!」


「そんなのわかってる! でも周りから見たらおかしく見えるのよ!」


「いじわるなママ友の陰口なんか気にすることない」


「……プレミアムパスを止めたいの」


妻のひとことに夫の顔色が変わった。


「本気か!? なんのためにこれまで我慢してきたんだよ!

 すべてはたかしが幸せになるためだろ!!」


「わかってる! でも、この子が才能を発揮するたびその差に私はさらされるのよ!」


「そんなの放っておけばいいだろ!」


「じゃあ私には我慢して死ねっていうの!?

 あなたはいつもそう! 女は黙っていればいいってスタンスじゃない!!」


「お前は自分が楽になりたいからってたかしの幸せを踏みにじろうとしてるんだぞ!」


「なんでわかってくれないの!? こんなにつらいのに!!」


夫婦はだんだんと距離を置くようになっていった。


たくさんのプレミアムパスで賢くなったたかしは、

その原因が自分の才能であることを理解して表立って才能を出さないようにした。


能ある鷹が爪を隠すのがあまりに上手なので、周りからは非凡な能力を気づかれずに凡人として扱われるようになった。


そのことに我慢ができなくなった父親はたかしを呼びつけた。


「こないだの草野球の結果を聞いたぞ。お前、三振したんだって?」


「……」


「お前の才能ならあんな球、止まって見えるだろう!?

 なんでわざわざ三振なんてするんだ! 自分の才能を周りの雑魚に見せつけろ!」


きっと父親の脳裏にはホームランをかっ飛ばす息子を指差し、

"あれ僕が育てたんですよ"と誇らしげに語るビジョンがあるのだろう。


その後ろで母親が辛そうにしているのにも気づかないことをたかしは知っていた。


才能を発揮すれば差で母親が悩み、発揮しなければなぜだと問い詰められる。


板挟みに悩むたかしはどんどん追い詰められていって、

ストレスで体を壊してしまいトラウマができて本来の能力の発揮ができなくなった。


その頃にはすでに離婚していた夫婦だったが、たかしが死にかけていると聞いて病院に飛んできた。


「たかし、大丈夫か!?」

「たかし、大丈夫なの!?」


「うう……」


「どうしてこんなことに! プレミアム健康会員にもなっているのに!」


「すべてあなたのせいよ! この子は能力を発揮したくないのに、

 あなたが才能を見せつけろとか洗脳させるから!!」


「僕のせいじゃない! たかしは才能があるのにそれをセーブさせようとするから、

 かえってストレスが溜まってこうなってしまったんだろう!?」


「私のせいにしないで!!」

「僕のせいにするのはちがうだろ!!」


病室で怒鳴り合う二人の声でたかしが目をあけた。


「ああ、たかし……こんなに弱って……」


「なんでもいいなさい。パパとママが何でも買ってきてあげるよ」


たかしは最後の力を振り絞って口を動かした。




「ぼく……両親を選べるプレミアムパスがほしい……」

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