いつまでのゴースト?

ohne Warum

第1話

水中に顔が映ってない。幽霊の条件をクリアすると大変。腕を反対の腕で掴むことで、そこに実体があることを初めて実感できる。見ただけでは風景となんら変わりがない。なので「認識が崩壊する」という人は多いのかもしれなくても、こちらは「認識が融解する」のほうが相応しいと感じる。溶けてしまう。砕け散ることではなくて。支柱を崩壊させることはない。人格もそのまま。ですが存在感を失いかけたり、輪郭の線の形は変化してしまうけど、組織が分解することもないし、痛みはない。皆んなは、人体損壊がどうとか、痛みがどうとか。だからといって淑子のように悪知恵は知らない純情ジブリファントムなので。でしたら、肉体と精神は必ずしも互いに司ることなどはございません。なので人体の患う余計な不遇と、内界に蔓延する不都合な恩恵の数々。それらを大切に撫でさすりながら、人の経験し、見つめ続けるこの世界には、初めから溶けてしまっては、体験できたことも霧の微睡む夢の街での日々。なのでグラスに浮かぶそれは僕ではなく、それはただの凍らせた僕の告訴状。


はじまりの海では勿論、その告訴状も、ただ焼けつく日差しに溶けたくても、そうは出来ずに、いつまでも潮に返されることを待ち続けていた。しかし崩壊した魚肉の浮かぶ赤い海に漂ううちに、溶けることさえ出来ないくらいには肉質を固めてしまい、どこを見ようと、そこには沈もうとしても、浮かんでは血を舐める子鯨の群れ。そこで争うことも魚肉を弄ぶことも、きっと血の香りに気づかなくなったことが主な理由なはずだから。なので凍らせた鰭の一部を死にゆく彼らに分けてあげる。勿論、ひとかみするだけで、君たちなんか、七つの贈り物に大感激して失血死。なのでやはりこれではまだ血の海になんか溶けられそうにもないものだから、君の飲んだそのタヒオカジュースのサイダー味だって、本当はケチャップを落とすべき。それだと詩集に花がついたままなので、やはりタヒオカショップの並ぶ列には、モササウルスの肋骨を埋めておかないといけない。そうしなければ、君たちはいつまで待とうと、渦森今日子さんの見る世界を生きることに、望郷に似た甘々安らぎファンタジーを瞼の裏から剥がすことはできない。クリーナーを塗ったところで、うまく剥がすことなどできやしない。なので君たち子鯨には、きちんと初めから、柔らかい氷の感触が、霧とゼリーの中間を揺らぎ続けることを知ってもらわなければならないね。でないといつまで経っても、君たちが「幽霊」や「クラゲ」や「ソーダ水」なんかの語彙に、情緒の搾りかすを振りかけることをやめたりはしないはず。代わりに毒々しくて可愛らしい、ヒョウモンダコの魅せるイリュージョン劇場に招待して差し上げる。そうすれば必ず君だって、毒の味わいが、コーヒーフレッシュを舐めた際の爽快感と、まったりした不快感を行き来するだけなのだと、寂れた事実を突きつけられて夢から醒める。そのうち歌うこともやめてしまうはず。装飾品は街行き。これから鮫のデザートに選ばれる君たちには不要なはず。

生きる日々の残骸としての詩に、この世の見えない、それらの感触を想起することだって可能なはず。なので言葉で惑わす必要はなく、ただ生きるだけで、君の爛れゆく口の隙間からは、言いたいことを言わないうちから吹きこぼしてしまうもの。この二週間で捕らえた魚たちの味わいをまとめて見るだけでも、小説のプロットは思いつける。小説のプロットというのはきっと、プロットの触覚は長そう。俊敏な動きで岩陰へと逃げ込んでいくのだろうし、皆んなそれに触ろうとしても、我々のご先祖様が、その昔、プロット大帝国で奴らの群れを焼き払うのに苦労したはずだから。だからプロットを容易に支配できるものが、この世にはまだ少ししか存在していない。君だけじゃなく、大半の人類は、プロットの仕留めかたを日々模索している。だから心配はいらない。君もプロットの蠢く瀕死体に怯えることなどある筈もない。


氷が溶けるので、プロットの提供はこれまで。納得のいくプロットを建築してね。全体図から攻めればこっちのもの。ゲーテもそう言ってる。マイスターになれたら、庭にメロン畑を敷けるはず。まずは職人を目指すこと。メロンは斧と鎌で採集する。それだけはわかって欲しくて。昔送ったタヒたちがここで役立つとはね。

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