毬藻

ohne Warum|

第1話

友達や恋人がいなくとも、ただの人間であれば、そこらへんにちらほらいるものです。ほかの多くの人間たちとは異なり、彼らが見る世界を共有する場はあまり多くはありません。なのでお願いをすると、こちらの見えたものを伝えなければならない代わりに、彼らにしか知り得ることのない不思議な感覚世界の数々をちょっとだけですが、僕にだって目をよく凝らすと、そのうち見えてくるものだということくらいは教えてくださいます。なので孤独を感じることがありませんし、君たちの感じてきた孤独を感じたことは、おそらくはこれまでに一度もないものだと思います。そもそも我々の感じる、その「孤独」とやらにも個体ごとに、それぞれ別の姿と目の色を備えており、愛や死の形に限りはないことと同じように、うまく召し上がることで、人々に自由を与えるものだと思います。なので君たちが常日頃から思い悩んだり、苦しみの主原因として抱え込むような、それらの黒いまりもを、清流の通る岩の隙間にひっそりと生かせてあげて下さいませんか。幾ら可愛いからって、暖かくてなだらかな河川に浸して、夢を見させるとせっかくの禍々しさが溶け去ってしまうものです。なので、もしも大切に見つめていたいのであれば、割ることの叶わない頑丈な曇り硝子に隠れたまま、凍らない冷水の中に沈めてあげていて欲しい。毬藻はそのうち「個体」という根源的な支配を取り払い、禍々しく生えるその他のカビや苔とともに、その微かに浮かんだ輪郭さえをも、我々からは見えなくさする。そこにあるようで、実は何もない。あったとしても、いないことと変わりがない。君と同じで枯渇する運命にある。

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毬藻 ohne Warum| @mir_ewig

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