泥棒

火田案山子

第1話



とある国のとある街。ごみで溢れたその街は、リサイクルの街と呼ばれていました。


上流階級の家庭から出たごみがここに運ばれてきては、ここの住人たちがリサイクルしてお金を稼いで暮らしています。


そんな街の一角に、小さなプレハブ小屋がありました。そこには4人の家族が住んでいました。


その家族の仕事は、泥棒でした。


ある晩の事でした。一家は小屋で夕食を食べていました。と言っても、しなびた野菜を適当にぶち込んだごった煮でしたが。


「……たまには肉食いたいな」父のテントがぼそっと言いました。


「もうちょいで金溜まるからさ、待っててよ」母シートが言いました。このごった煮を作ったのもシートでした。


「お野菜だけでもおいしいと思うよ」長男で12歳のペグが笑顔で言いました。


「兄ちゃん、ニンジン食べて」長女で8歳のポールが自分の皿から苦手なニンジンを兄の皿に移しながら言いました。


「駄目だよポール。ニンジンもちゃんと食べなきゃ」とペグ。ポールは「むう……」と不満そう。


テントは毎日空き巣に入っていました。


シートはリサイクル場から使えるごみやリサイクルされた物をこっそり盗んでいました。


ポールは8歳ながら親の教育によりスリや万引きの名人でした。


でも、ペグだけは泥棒が苦手でした。


「ペグ、お前はいつまでたっても盗めないなあ」とテント。


「うん……でもお父さん。僕やっぱり泥棒はいけない事だと思うんだ」とペグ。


するとテントは声を荒げて言いました。


「いけない事だと?分かってんだよそんな事は最初から!でもそうするしかねえんだよしょうがないだろ!」


するとシートがテントの頭をペチンとはたいて言いました。


「何子供に当たってんだい馬鹿。元はと言えばあんたが仕事を失ったからこうなってんじゃないか」


「何だとてめえ……」テントはシートに詰め寄りました。ペグとポールはそそくさとその場から逃げました。こんな夫婦喧嘩はよくある事です。ちょっとお酒を飲むとテントはいつもああでしたが、シートに勝った事は一度もありませんでした。


「あんた酒なんか買う余裕あったら肉買えやおらぁ!」

「いてててて!わかったって!ギブギブ!」


こんな日常がもう何年も続いていました。


そんなある日の事でした。テント一家は通報されて警察に逮捕されてしまいました。ただ一人、ペグだけを残して。


ペグはひとりぼっちになってしまいました。助けてくれる人は誰もいません。


「お前の家族は泥棒だ!」「恥を知れ!」「真面目に働いてればよかったものを」「お前も警察に突き出そうか」「こいつは何も盗んだ事が無いらしいが、蛙の子は蛙だ。いつ盗むか分からんぞ」


街の人々は心無い言葉の数々をペグにぶつけて来ました。今まで彼らの言葉は家族4人に向けられていたので辛くてもその辛さを4等分してきたので耐えてこられましたがペグには辛すぎました。


ペグはプレハブ小屋の中で一人でずっと泣いていました。狭い小屋なのに今はとても広く感じました。


街の大人たちはペグにリサイクルの仕事をさせました。ペグは泣きながらも一生懸命働きました。それでも貰える報酬は僅かでした。


「会いたいよ……お父さんに……お母さんに……ポールに会いたいよ……」ある夕方、トボトボと家に帰るペグ。すると、一人のおじいさんに会いました。おじいさんは道の片隅に座り込んでいました。


「……どうしたんですか?」ペグは気になって声をかけました。


「いやあ、杖が折れてしまってね。これが無いとうまく歩けなくてね、困っていたんじゃ」見ると、確かに折れてしまった杖が地面に転がっていた。


「じゃあ、僕が肩を貸してあげますよ」ペグは全く迷う事なくそう言いました。


「いやいやそんな、悪いよ」とおじいさん。


でもペグは言いました。


「でもこのままじゃおじいさん、おうちに帰れないんでしょ?僕は杖なんてなくても帰れるけどおじいさんは帰れないなんてかわいそうだよ」


そうしてペグはおじいさんを家に送ってあげました。


「ありがとう。坊やは優しい子だねえ」おじいさんは深々と頭を下げてペグにお礼を言いました。


ふとペグは、おじいさんの家の中がやけに静かな事に気づきました。


「もしかしておじいさんも一人なんですか?」


「うん?そうじゃよ。もう5年位になるかの……妻に先立たれてな、わし一人じゃよ」


「さみしくないんですか?」


「そりゃさみしいがな、わしゃ一人だけど一人じゃ無いんじゃよ」


「え?どういう事ですか?」


ペグの疑問におじいさんは答えました。


「わしの心の中には、今もあいつが生きとる。まだ若かった日、あいつに会って、恋をして、結婚して、子供が産まれ、子供と共に暮らし、やがて子供が大人になって家を出て行って、孫が産まれて……いい事ばかりでは無かった。辛い時も苦しい時も何度もあった。でもいつも隣にはあいつがいた。離れている時は胸の中にいた。もう一生会えなくなってしまったが、それでもあいつはここにいる。あいつと共にすごしたこの家があれば、わしゃ残り短い人生他に何も無くても生きていけるんじゃ。わしがあいつの事を思ってる様に、あいつもわしをどこかで思っておる。そう考えると、さみしさなんて忘れてしまうんじゃ」


その話を聞いていたペグの目からいつの間にか涙が流れていた。


「おじいさん……僕、家にひとりぼっちでもずっと家族がそばにいる様な感じがしてたんです。それはさみしさのせいだと思ってました。……でも違ったんですね。それは、本当は家族も僕の事を今も思っているからなんですね?」


「そうじゃな。ところで、坊やの家族は今何をしておるんじゃ?」


「……僕の家族は、今は離れた所にいます。けど、必ずまた会えます。会います」ペグは涙を袖で拭ってそう言うと、自分の小屋に帰っていきました。


翌日、ペグは家族が収監されている刑務所へ行きました。


「お願いです。僕の家族を返してください!」ペグは頭を下げて頼みました。


しかし所長はこう言いました。


「君も知ってるだろう。この国の王様は正義が大好きで悪が大嫌いなんだ。泥棒だろうが何だろうが、犯罪者は厳しく処罰される。だからこの国は長年平和を保って来れたんだ。諦めて帰りなさい」


「処罰って……僕の家族はどうなるんですか?」


「とうに判決は出ている。全員無期限の強制労働だ」


「……そんな……酷過ぎます!全員って……妹もですか?妹はまだ8つですよ!?」


「歳は関係無い。犯罪者には一切の容赦をするなと国王陛下のお達しだ。お前は家族の様なクズにならない様に真面目に働くんだな」


そのあんまりな言い様にペグは怒りと共に涙を流しました。


「犯罪者だからクズなんですか?……この街で、毎日必死に生きて来た僕の家族がクズだって言うんですか……?取り消して下さい!……謝って下さい!僕の家族を悪く言わないで下さい!!」


「社会に不適合な者をクズと呼んで何が悪い?お前たちは上流階級の皆さんが恵んで下さる廃棄物をリサイクルしていれば最低限の生活が保障されているのだ。そんな事も出来ない盗人は相応の罰を受けねば、真面目に働いている国民全員に失礼ではないか。」所長はまるでペグの話を聞いてくれませんでした。


「……だからって、僕の家族を永遠にこんな所に閉じ込めるんですか?僕から家族を奪うんですか?僕の大切な家族を奪うんですか!?だったら僕にとっては……あなた達の方がずっとずっと泥棒です!!」


それを聞くとさすがの所長もイライラしてきた様でした。


「……おい小僧、いい加減にしろよ?お前は一度も何も盗んだ事が無いから見逃してやってるってのに言うに事欠いて俺たちの方が泥棒だって?あんまりわがまま言うと、二度と家族と面会できなくしてやる事だって出来るんだぞ?」


そう言う所長をペグは涙目でキッと睨みながら言いました。


「あなた達は……それでも人間ですか?」


「当たり前だ。人間は正しく生きてこその人間なんだ。正しく生きられない奴は人間じゃ無い。犬畜生だ。お前は真面目に働いて立派な人間になれよ」


ペグは悟りました。もうこの男にはこれ以上何を言っても無駄だという事。それでも、ペグは叫ばずにはいられませんでした。


「返せ!!僕の大切な家族を返せ!!死んでしまったなら仕方ないけど、生きているのにもう一生会えないなんて辛すぎるよ!泥棒!泥棒!泥棒!!返せよ!せめて妹だけでも返せよ!僕から家族を奪わないでよ!返してよ‼」


いい加減うんざりした所長は職員たちを読んでペグを取り押さえさせました。そして、お仕置きだと言って、ペグを警棒で何発か打ちました。


「お前から面会権を剥奪する。ただし、最後に一度だけ面会させてやる。せめてもの情けだ。ありがたく思え」


面会室の窓の向こうにはテントが、シートが、ポールがいました。3人共ペグに微笑んでいました。


「元気でな」「ちゃんとご飯食べるのよ」「バイバイ兄ちゃん」そんな事を言われました。たった5分で最後の面会時間は終了しました。まだ喋りたい事がたくさんあったのに、その時点でペグは家族に二度と会えなくなりました。


その後、ペグは家に帰されました。小さいのに広く感じるプレハブ小屋で一人でしなびた野菜をかじりました。


目を閉じると浮かんでくるのは家族との思い出。


テントが連れて行ってくれた海で遊んだ事。

シートが歌ってくれた子守歌。

ポールのおむつを替えてあげた事。


貧しかったけど、いつも隣には家族がいました。


そう言えば、なぜ家族はペグに泥棒を出来る様にさせなかったのでしょう?


きっと、ペグにだけは真っ当な人生を歩んで欲しかったからではないでしょうか?


それから数年が経ちました。


大人になったペグは、やがて奪われた家族を盗み出そうとするのですが、果たして上手く行くでしょうか?




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