第36話 ※番外編 王子様と『白黒』の真冬の日の贈り物と 元魔王様の真冬の日の贈り物③

 「それは物では無くてもいいのかな?やってもらいたいことでも?」


「「もちろんです!」」


 二人の話をじっくり聞いた王様は、とても真剣な顔つきで声を上げた。



 王様が二人をクロード、シローナと名で呼ばずに、で二人を呼んだ。


 この『白黒』という姓は、自分たちを守るための裁判を起こす時に一族の姓が必要だと知り、姓がない自分たちのために王子様が与えてくれたものだった。この『白黒』の名前の由来は「クロード」「シローナ」の名を合わせたものかと皆は思ったようだが、由来はまったく違うものだった。


「この名前の由来は、遠い国の言い回しで『物事の白黒を着ける』っていう言葉があってね、それにあやかって名付けたんだよ。真実を見極め、守るために戦うという国際弁護士になった君達にぴったりだと思ったんだ」


 王子様が姓を付けてくれるだけで、光栄な事なのに(例え二人の名前のまぜこぜでも嬉しいのに)、その名前の立派な由来に、一族は涙を流して喜び、王子様がくれた姓に恥じない生き方をすると誓った。


 ……その姓を王子様が呼んだ。


 つまりここにいるクロードとシローナという個人ではなく、『白黒』という一族に王様が叶えてほしい望みを口にするという事だ。二人は気合いを入れて、その後の王様の言葉を一言も聞き逃さないように耳を傾けた。




「……やっと、あの時の真冬の日の贈り物をする事が出来ましたよ」


 と初老の男は、元魔王レイフォードに謁見の許しを得て、魔王城の応接室で、お茶とカップケーキを前に話し出した。


「アンソニー様の遺言の後の2つは、アンソニー様が自分亡き後の未来のこの国を憂いてなされたものです。


 一つ、アンソニー様発案によるアンソニー様の名で作られた著作権のある物から、もたらせられる全ての利益は全て国民のために使われること。食料の心配がなくなった時点で国を運営する最低限度の費用以外は、王家や貴族が私腹を肥やすのではなく、国民の生活を見守り、国民の識字率、知力向上にそれらは使われること。王家も貴族もそのための努力をすること。


 一つ、親友である魔人国の魔王レイフォード様が、友情の証として守護魔法を国に施してくれたが、その魔法が解かれる200年後、国民の識字率が50パーセントを満たない場合、この遺言を公開し、絹の秘密を全ての国に明かすこと。


 ……真冬の日の贈り物として、この遺言と絹の秘密を代々、我々は守ってきたのです。身を守る染料と学ぶ機会と、一族を守る戦い方を教えてくれたアンソニー様への感謝の贈り物の返しとはいえ、本当に長い時間を一族はアンソニー様に捧げてきました。私は一族の長年の夢を叶えることが出来た長として、今、感無量の思いです」


「ふむ、だが、浮かない顔だな」


 レイフォードは、お茶を一口飲み、満足げに頭が軽く前後に揺れた。


「ええ。これまで流行病などで、一族の衰退の危機も何度かあったんです。でも、ご先祖様の悲願を思うと、何故か力がわいて、私の一族は200年続く名家と呼ばれるようになった。忌み嫌われていた我々が名家ですよ!?それもこれもアンソニー様の心のこもった贈り物のおかげです。こうして悲願が達成された今、私たちは何を励みに生きればいいんでしょうか……」


「……さぁ、な。とにかく茶を飲んだらどうだ?」


「あぁ、そうでした!これは失礼を……!」


「お前達のことを思えばアンソニーのことを神聖化してしまうのは、いたしかたないことだが、あいつは、あの可愛らしい顔からは想像も出来ないくらいの野心家、世界の歴史の中でも見たことがない位の根っからの大商売人だぞ?染料のことはともかく、学費や弁護士と言い出した辺りから、純粋にお前達のことだけを思ってやったとは思わない方がいいぞ?」


 初老の男は、お茶に口をつけると目を一瞬大きくし、カップケーキをナイフで一口切り分けて口に入れると、目を閉じ、その味をじっくりと味わった。


「……そんなことはクロードもシローナも、とっくに気づいていたんです。でもね、贈り物のお返しなんて一度も王子様は口にされたことはなかった、と。自分たちから声を掛けなければ王子様はそんなことを口にされなかったとはっきり言い切っているんですよ。本当にアンソニー様は大商売人だったんでしょうね。相手に少しの損もさせずに得のみを与えて、自らアンソニー様のために相手が動いて、自分自身の死後に自分の愛した民に大きい得を与えたのだから」


 初老の男は、お茶を2杯おかわりすると老いを感じさせない軽やかな動きで席を立ち、別れの挨拶をした。


「本日は会っていただき、ありがとうございました。ご先祖の仕えたアンソニー様の親友に、どうしてもお会いしたかったんです。……それと、このお茶とカップケーキを作られた奥様にお礼を。本当に美味しかったとお伝えください。そう、レイフォード様の奥様でさえなかったら、求婚を申し込んでしまいたいほど、美味しかった。……いえいえ、そう睨まないでくださいよ。独り身の老いた男の戯れ言ですよ」


 永世中立国に帰るという初老の男が出て行くのを睨んだまま目で確認すると、元魔王レイフォードは一つ大きくため息をついて、残りのお茶をグイッと乱暴に飲み干した。




何が老いた男だ!中身はアンと年も変わらない男のくせに、本当にクロードそっくりで嫌になる!どうせ、あの男もクロードのように近いうちに俺とアンの新婚家庭にやってきて、押しかけ顧問弁護士になるに決まっている!


……あの時、一時帰国したクロードとシローナは、共に永世中立国に帰る予定だったが、どうしてもとクロードが粘って、彼だけがアンソニーのそばで執事に職場復帰したのだ。アンソニーに自分の想いを伝えることなく最期までアンソニーに仕えたクロードの生まれ変わりのヤツのことだ。どうせ、このお茶とカップケーキからアンソニーの匂いを感じ取ったのだろうが、アンは俺のもので、俺はアンのものだからな!!


 苦々しい思いを振り払い、レイフォードは、そう言えばと古い記憶が蘇らせた。学院にいたころ、レイフォードもアンソニーに真冬の日の贈り物をもらっている。ただしアンソニーはその時、それを、


「クリスマスプレゼントです、魔王様!」


 と呼んで、お返しに何か欲しい物がないかと尋ねたら、アンソニーは食い気味に言ったのだ。


「ぜひ!ぜひ!やってほしいことが!!」


 あの時のことを思いだし、意味がわからなかった、あの行動の意味について考えるも未だにわからないままだ。


「あれは、何の意味があったんだ、アンソニー……?」




 脳裏に浮かぶ冬空の下で、させられたのはー。場所は魔人族国の国境の砦。轟く爆音。唸る雷鳴。そして黒いマントをはためかせて、笑い声と共に登場する魔王。


「そう、そこで、あのセリフです!魔王様!」


「ワハハハハハッ!!よくぞ、ここまで来たな、勇者!!だが、しかし!!この魔王に勝てると思うなよ!!」


「さすが!!さすが!!さすがです、魔王様!かっこいいー!!これがリアル、すっごーい!!」


 やっぱり興奮しすぎて鼻血を出して、綿で鼻を押さえながら、大喜びのアンソニーに首をかしげるしかなかった。




「さぁ、アンが、待ってくれている。帰ろう」


 レイフォードが愛妻が待つ家に帰ると、愛しい妻が、


「真冬の日に、あなたの傍にいられるのが、何だか幸せだなぁと思って。これは、いつもの感謝の気持ちです。いつもありがとう、レイフォード。大好きです!これからもよろしくね」


 と言ってキスと、手編みのマフラーを手渡された元魔王様は、嬉し過ぎて興奮すると鼻血が出るアンソニーのあの時の状態だけは今、理解することが出来た。




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魔王の彼と村人の私 三角ケイ @sannkakukei

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