バンシーのいた家【私と貴女】
私のお家が雨漏りしてるからとかじゃなくて、家の中では傘を差さなきゃいけない。
でないと、家族の涙で濡れちゃうから。
主にママの涙。
ママの涙が怒りで熱せられて水蒸気になって、いつも部屋天井の少し下に雲を作っている。
それがずっと続いて、ママは泣き女になってしまった。
*
月日が経っても、ママは表面的には優しいいつものママだった。でも、その画面の下には常に嘆きがあったのに、私は気が付いていた。
ある朝、酷い怒鳴り声が聞こえて、私は布団を頭から被って耐えた。
静かになってから台所に降りると、水洗い場の前で、ママがレンチを片手に立っていた。
「直してみたんだけど、止まらなくて」
洗い場はいつものままだ。泣き濡れて濡れそぼっているのは、ママの顔の方。
「ママ……」
呼びかけたその時、ママが機械的な動きで頭上高くレンチを振り上げた。
私は固まって動けない。
ガツンと一発。破裂する水道管。
水飛沫が天井まで上がり、家は水浸し。見る間に私の足元まで水が及んだ。靴下が濡れて、傘なんて意味がない。
水道水と多分自分の涙でびちょびちょのママの顔は虹でも見たように晴れやかだ。
そして独り言のように呟く。
「これは私の目から出た分だけじゃない。みんなのものだってわかってる」
レンチを振り上げたまま、部屋にできた雲を散らした。その時ついでに部屋の照明の電球が派手に割れる。ガラスの雨が降って、私はひゃっとしゃがみ込んだ。元々つくりの脆かった傘が穴ぼこだらけだ。
「ママ!!!」
「私はママじゃないわ」
少女のような微笑みに私は心を奪われる。
「私はいたいところにいて、行きたいところに行くの」
「そんなのパパも私も、おばあちゃんも誰も許さないよ」
「そうだね」
そう言って、ママは颯爽と家を飛び出した。
外はゲリラ豪雨で、ママは一瞬で濡れ鼠になった。しかし、変に明るい外の光と、滝のような雨の中、ママは軽やかにバレエを踊る。
昔習っていたという話を聞いたことがある気がする。ママは自分のことなんていつも教えてくれなかった。
「外の方がずっと冷たくて、悲しいね!」
ママは言葉に反して満面の笑みで、一人、踊り狂う。
飛沫が横から飛んでくるし、傘の穴から雨が突き抜けてくるし、傘を放ってしまおうかと思った。
ママがふと、視線をこちらに向ける。
「一緒に来てもいいよ。私はいつもいたいところにいる。あなたはあなたのいたいところにいればいいの」
何も持たない私は、黙っていることしかできない。連れて行って欲しい。そうも思ったが、結局、握りしめる傘を手放すことができなかった。
ふと、晴れ間が見える。
それを目指して、バンシーは跳ねるように飛び上がった。
わたしとあなた【ルーズリーフsss集】 二夕零生 @onkochishin
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