貝柱の人柱【私と貴女】
私の村では〝グリハマさま〟という大きな貝のお化けを祀っている。
そして、毎年、村の娘の中から一人が人柱として、〝貝柱〟に選ばれる。
今年選ばれたのは、私の親友のクイナだった。
クイナは涙ひとつ見せず、お役目を受け入れた。
*
村に面した浜辺の隅に巨大な貝が鎮座している。山から続く崖と一体化して、薄く開いた口は洞穴となっている。
松明を片手に、洞穴の入り口に立つ。足首のあたりをピチャピチャと波の満ち引きが濡らす。
友人が貝の中に入って三日経つ。
昨晩、私は夢を見た。クイナがあの貝の中から私を呼んでいた。
彼女に会いたい。その一心で、私は湿って陰気な洞穴の奥へと足を踏み入れた。
*
頼りげない灯に縋って、奥へと進む。雨垂れが上から降ってきて、私の衣服をしっとりと濡らした。
しばらく細い道を歩いた後、開けた場所に出た。
その中心には、太い柱があるはずだ。
真っ暗闇を照らし出すため、私は松明をかざした。
ぬうりと、艶かしく青白い脚が見えた。
しかし、それは、柱と同化して、柱にぴったりと融合していた。
「クイナ…」
クイナは肉の柱の縦筋に走った割れ目に埋もれるようにして、浅く息していた。
私の呼びかけに応じて、目が開く。
「ナツ」
呼びかけられた懐かしい声に表情が緩む。
「どうしてここに?」
「あなたに呼ばれたの」
「そうね……心の中で呼んでいたのかもしれない」
クイナは穏やかに笑った。元々大人びた人だったが、今の彼女は全てを受け入れ、実際の年よりもずっと上に見えた。
「クイナはすごい」
「……どうして?」
「こうしてお役目を受け入れて、立派に役目をまっとうしてる。」
「グリハマサマは村の護り主。蜃気楼を起こして、の脅威から守ってくれる。それを守る柱。とても名誉なことなんだもの」
「なら、代わる?」
「え……?」
私は凍りつく。松明を持つ手に手汗が滲んだ。
「少しの間だけでいいの」
クイナは暗い目を私に向けた。
「代わって」
あたりに霧が立ち込める。元々ひんやりとしていた空気がさらに温度を下げた気がした。
「私には、そんな大役、無理よ……」
取り繕うと、無理にあげた口角が引き攣る。
すると、クイナが不気味に歪んだ笑顔を作ってナツを睨めあげる。ゾッとして身を引く。
あたりの霧が纏わりつくように濃くなった。
「無理なんかじゃないわ。だって、あなたは選ばれた。本当はね貝柱は、二つ必要なの」
いつのまにか、クイナは柱と離れてナツのすぐそばに立ってた。
「……選ばれた?」
「そう、あなたもグリハマサマに選ばれたのよ。あなたは、グリハマサマに呼ばれたの」
「そんな、私は……………そんなの絶対に嫌よ」
瞬間、大きくクイナの顔面が、ひしゃげた。
恐怖に声をあげるまもなく、クイナの幻は消え去って、目の前には何もなくなる。
代わりに、靄が晴れて正面の影から現れたのは、本物のクイナだった。
完全に肉の柱と成り果てたクイナ。肉が張り付いて、目も開けられていない。歯のない口だけがぱかりと開いて、そこからだらりと長い舌が垂れ、何かを探すように蠢いている。
「ひーーー」
私は恐怖に駆られて後ずさる。
霧が濃度を増して、視界の全てを白く覆う。
もう一歩、引いた時、背中に生ぬるく、ぬめりのある、肉の感触がした。
*
濃い霧が立つ洞穴。
入り口にはただ波の音が立つばかりだった。
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