貝柱の人柱【私と貴女】

 私の村では〝グリハマさま〟という大きな貝のお化けを祀っている。

 そして、毎年、村の娘の中から一人が人柱として、〝貝柱〟に選ばれる。

 今年選ばれたのは、私の親友のクイナだった。

 クイナは涙ひとつ見せず、お役目を受け入れた。



 村に面した浜辺の隅に巨大な貝が鎮座している。山から続く崖と一体化して、薄く開いた口は洞穴となっている。

 松明を片手に、洞穴の入り口に立つ。足首のあたりをピチャピチャと波の満ち引きが濡らす。

 

 友人が貝の中に入って三日経つ。


 昨晩、私は夢を見た。クイナがあの貝の中から私を呼んでいた。

 彼女に会いたい。その一心で、私は湿って陰気な洞穴の奥へと足を踏み入れた。



 頼りげない灯に縋って、奥へと進む。雨垂れが上から降ってきて、私の衣服をしっとりと濡らした。

 しばらく細い道を歩いた後、開けた場所に出た。


 その中心には、太い柱があるはずだ。

 真っ暗闇を照らし出すため、私は松明をかざした。

 ぬうりと、艶かしく青白い脚が見えた。

 しかし、それは、柱と同化して、柱にぴったりと融合していた。


「クイナ…」


 クイナは肉の柱の縦筋に走った割れ目に埋もれるようにして、浅く息していた。

 私の呼びかけに応じて、目が開く。


「ナツ」


 呼びかけられた懐かしい声に表情が緩む。


「どうしてここに?」

「あなたに呼ばれたの」

「そうね……心の中で呼んでいたのかもしれない」

 クイナは穏やかに笑った。元々大人びた人だったが、今の彼女は全てを受け入れ、実際の年よりもずっと上に見えた。


「クイナはすごい」

「……どうして?」

「こうしてお役目を受け入れて、立派に役目をまっとうしてる。」

「グリハマサマは村の護り主。蜃気楼を起こして、の脅威から守ってくれる。それを守る柱。とても名誉なことなんだもの」

「なら、代わる?」

「え……?」

 私は凍りつく。松明を持つ手に手汗が滲んだ。

「少しの間だけでいいの」

 クイナは暗い目を私に向けた。

「代わって」

 あたりに霧が立ち込める。元々ひんやりとしていた空気がさらに温度を下げた気がした。


「私には、そんな大役、無理よ……」


 取り繕うと、無理にあげた口角が引き攣る。

 すると、クイナが不気味に歪んだ笑顔を作ってナツを睨めあげる。ゾッとして身を引く。

 あたりの霧が纏わりつくように濃くなった。

 

「無理なんかじゃないわ。だって、あなたは選ばれた。本当はね貝柱は、二つ必要なの」


 いつのまにか、クイナは柱と離れてナツのすぐそばに立ってた。


「……選ばれた?」

「そう、あなたもグリハマサマに選ばれたのよ。あなたは、グリハマサマに呼ばれたの」

「そんな、私は……………そんなの絶対に嫌よ」


 瞬間、大きくクイナの顔面が、ひしゃげた。

 恐怖に声をあげるまもなく、クイナの幻は消え去って、目の前には何もなくなる。

 代わりに、靄が晴れて正面の影から現れたのは、本物のクイナだった。


 完全に肉の柱と成り果てたクイナ。肉が張り付いて、目も開けられていない。歯のない口だけがぱかりと開いて、そこからだらりと長い舌が垂れ、何かを探すように蠢いている。


「ひーーー」


 私は恐怖に駆られて後ずさる。

 霧が濃度を増して、視界の全てを白く覆う。

 もう一歩、引いた時、背中に生ぬるく、ぬめりのある、肉の感触がした。


 *


 濃い霧が立つ洞穴。

 入り口にはただ波の音が立つばかりだった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る