エピローグ

 結局、ルサルカはその日に旅立つことが出来なかった。


 というのも、エレンやエドワードなどに全力で止められたからだ。


「旅立とうとしたら指名手配するとかは、さすがに酷いんじゃない?」

「酷くなんてありません。だって私たちはまだ何の恩返しも出来ていないのですから」

「だから、恩とか感じる必要なんてないって言ってるのに……」


 自分はただそこにいただけ。


 頑張ったのはエレンで、戦ったのもエレンだと言っても頑として聞き入れてくれない。


 本当に、こういうところはセリカそっくりだと思う。


 そもそも自分は大金貨一万枚で買われたのだから、最初に戦えって言われたらそれで終わっていた。


「まあ、もしそうなってたらきっとエレンはずっと過去に捕らわれてただろうけどさ」

「そうですね。ルサルカ様が導いて下さったから、今私はこうして笑顔で未来を見られるんです」


 そうして始まるのは、ルサルカのお別れパーティー。


 エレンとクーリアのオルレアン姉妹が主催者となり、公爵家の大広間を使っての大々的な物、になるのはルサルカが全力で止めた。


 ――私はただの旅人だ。その度にそんな大きなパーティーを開かれたら、溜まったもんじゃない。


 そう告げたことで、当初の予定から大きく縮小されたそれは、身内だけで行われるものとなる。


 美味しそうな料理がずらりと並ぶ立食パーティー。


 この半年でお世話になったオルレアン家の使用人たちに代わる代わる声をかけられながら、適当に見繕ってもらったワインを飲む。


「……美味しいなこれ」


 水の都ということでミネラル豊富な水に育てられたブドウから作られるワインは、ルサルカがこれまで飲んだ中でも一二を争う美味しさだった。


 これはあとで買い揃えようと、これまで貰ったお小遣いを頭の中で計算していると、少し離れたところでこちらを見ている人たち。


 エレン、クーリア、アレス、エドワード。


「あとついでにクドー。というかあいつだけ明らかに場違いだ」

「おい、聞こえてんだよこのアホエルフ」

「あ……」


 小さく呟いたつもりだったがどうやら聞こえていたらしく、瞳を釣り上げて睨みながらゆっくりと近づいてくる。


 逃げるか、そう思って背中を向けると、その肩を掴まれて振り向かされた。


「はぁ、お前は最初から最後までなんも変わんねぇなぁ」

「そりゃあたった半年じゃ変わらないよ」

「……ま、そりゃそうか」


 たった半年、と彼女は言うが、クドーからすれば人間というのは半年もあれば色々と変わる。


 もちろん本人そのものもだし、人と人の繋がりというものそうだ。


 だが彼女は終始一貫して、自分たちとの距離は変わらなかった。


 それは長寿であるエルフだからなのか、それともルサルカが特別なのか……。


「まあ、どっちでもいいんだけどよ。お前がしみったれた態度を取るとは思えねぇし」

「なんだ、クドーは私と離れるのが寂しいの?」

「むしろせいせいするね。俺もこの後はこの街を出るつもりだが、今後はオルレアン公爵家がパトロンになってくれるって話だからよ。これからはまっとうに生きられるぜ」


 奴隷商人に売られてからここまで、ずっと日の当たらない場所で生きてきた。


 だがこれからは、誰に対しても憚ることなく、ただ明るい道を進み続けられる。


 それは誰にも言えなかったが、クドーがずっと求めて止まなかった道だ。


「まあ、それがお前を捕まえたところから始まるってのは、ちょっと癪だけどよ」

「違うよクドー」

「あん?」

「これも、お前が頑張ったからだ」

「……お前ってホント変わんねぇなぁ」


 まるで子どもを誉めるようなルサルカに、クドーは苦笑する。


 ルサルカは決して自分のおかげだとは言わない。


 自分にも、エレンにも、クーリアにもアレスにも、頑張った自分が偉いのだとそれだけ言うのだ。


「きっとお前は、魔王を倒した勇者にも同じことを言うんだろうな」

「……さあね」


 なんにせよ、これから自分たちの道は分かれることになる。


 クドーは商人だ。多くの出会いと別れを経験してきた。


 それはただ道が分かれただけでなく、死別することも珍しくない。


 そんな中、なんとなくこのちょっとおかしなエルフとは、何故かまた再会する気がした。


「お前に頑張れって言うのは変な話だし、言わねぇ。ただまあ、楽しい旅が出来るよう祈っておいてはやるよ」

「そう。じゃあ私も、これから苦労しまくるであろうクドーの安全を祈っておいてあげる」

「だから嫌な予言するんじゃねえよ!」

「ふふふ」


 ――まあ、別に祈る必要なんてないんだけど。


「あん?」

「なんでもないよ」


 そう笑って、クドーはなんとなく釈然としない様子の顔をしながら、ワイングラスを軽く出す。


 甲高い音が会場に響き、それを別れの合図とするように彼は離れていった。


 そんなクドーと入れ替わるように、エドワードが近づいてくる。


「ルサルカ様、ありがとうございます」

「うん……」


 ただ一礼。深々と頭を下げた彼は、そのまますぐに後ろに下がる。


 執事は決して主の前に出ない。ただそれでも、彼から深い感謝の想いは伝わってきた。


 そうして、まだ幼さの残る二人が近づいてくる。二人揃って瞳には涙を浮かべていた。


「先生……」

「ルサルカさん」

「やあクーリア、それにアレス」


 二人はすでに泣きそうな顔になっている。


「本当に、行くんですか? ここで私たちに魔法や剣を教え続けてはくれないのですか?」

「俺も、もっとルサルカさんには色々と教わりたいよ」

「ふふ……」


 中々可愛いことを言ってくれる。


 クーリアなど、最初は目の敵にしていたのが嘘のようなしおらしさだ。


「クーリア」

「……はい」

「魔弾」

「っ――!」


 その瞬間、彼女の周囲に二十の魔弾が生まれた。


 その大きさは指先程度のもので、凄まじく魔力が圧縮されているのがわかる。


「いいね。合格だ」

「あ……」


 その言葉に、クーリアはすべてを理解した。

 彼女はもう、自分にこれ以上の魔法を教える気はないのだ。


「私はエルフで、感覚的に魔法を学んできた。だからはっきり言って、これ以上の魔法をお前には教えてあげられない」

「そんな……でも……」

「その代わり、今のお前なら人間が使える魔法はすぐに使えるようになるはずだよ」


 ――私は、お前がそうなるように教えてきた。


 ルサルカがそう言うと、クーリアはふるふると身体を震わせながらコクリと頷く。


「もし今からもっと魔法使いとして成長したいなら、人の魔法を勉強することだ」

「人の、魔法……」

「うん。今はまだエルフの魔法の方が優れているかもしれない。だけどいつか、人の魔法がそれらを超えていくことだろう」


 前世において、人間は絶対にありえないと思われていた空を飛び、天を超え、月にまで辿り着いた。


 人の探究心は際限を知らない。だからこそ、この世界でもいつか同じような時代が来る。


「エルフの魔法は停滞だ。私たちは誰かにこれを教えることもなく、勝手に覚えて勝手に使うだけ」


 だけど、とルサルカは続ける。


「人間は次世代に残し、伝え、後世に託す。お前たちはそうやって未来を紡ぎながら、私たちを超えて行くんだ」

「未来を、紡ぐ……」


 ルサルカは自分に寿命がないことをなんとなく悟っていた。


 だからこそこの旅を通して出会いと別れを繰り返し、その未来がどうなったのかをまた見ることが楽しみだった。


「……私、頑張ります。前に先生が言ってくれたとおり、魔法が好きだから!」

「楽しみにしてるよクーリア。遥か先、お前が紡いだ未来を見ることをさ」

「はい!」


 真っすぐこちらを見る姿を見て、きっと彼女はなにかを成し遂げるだろうなと思う。


「アレス」

「うん……」


 ルサルカはまだ子どもでありながら、圧倒的な肉体を持って生まれた少年を見る。

 

「お前が生まれ持った力は、戦乱の世であればきっと怪物と呼ばれるほどの力だ」

「……」

「平和な世界ではきっと満足出来ない。だけどその時は――」

「お前は、誰かを守るために戦える優しい怪物だ。そう言い聞かせればいいんだよね?」

「ん。その通り」


 ルサルカは軽く宙を浮くと、その大きな頭をゴシゴシと撫でてやる。


 たったそれだけのことで嬉しそうに笑う少年は、見た目に反してとても可愛い。


「クーリアを守ってあげな」

「うん。俺、頑張るよ」


 そうして大きな少年と小さな少女が二人寄り添う姿は、本来ならとてもミスマッチな組み合わせだろう。


 だがしかし、ルサルカの目には二人はとてもお似合いに見えて、きっと一生共にあるだろうと確信を持てた。


「さて……」


 そうしてルサルカは最後に一人の少女を見る。


 彼女はこちらを見て、微笑むだけ。


 そしてルサルカもそれに応えるように微笑み返す。


 二人の間にこれ以上の言葉は必要ない。なぜなら、すでに別れの言葉は何度も何度も繰り返したから。


「エレンの未来、楽しみにしてるよ」

「はい……いずれ、私の未来が貴方に届くよう、頑張ります」


 そうして、屋敷の中に一陣の風が舞う。


 人々は驚いたように瞳を閉じ、そして次に目を見開いた時には、エルフの少女はどこにもなかった。


「……ありがとうございます、ルサルカ様」




 かつて救国に導いた勇者セリカの傍には、一人の魔法使いがいた。


 魔王討伐後いつの間にか姿を消してしまった彼女を見た者は一人もおらず、のちの歴史書には架空の人物として扱われることになる。


 それと代わるように現れたエルフの魔法使いが世界を回り、人々を導いた。


 歴史家の中にはこのエルフこそが魔王討伐の魔法使いだと謳うが、しかし種族が違うと否定的な意見も多い。


 五百年後にそれを読んだエルフは、みんな好き勝手言うなぁ、とつい笑ってしまう。


 そして、ふとしたときに思うのだ。


 たった六年しかしなかった勇者たちとの旅が、自分の一生のうちのわずかな時間が、とても楽しく、大切な思い出だったのだと。


 この旅があったからこそ、それから先の自分の人生は彩りに満ちたものだったのだと、そう強く思う。


「永遠に続くものなんてないってあの時は言ったけどねセリカ、それでもきっと――」


 彼らと共に歩んだ日々を、自分は生涯忘れることはないだろう。


 たとえ千年経っても、一万年経っても、きっと色あせることなく思い出せる。


「それにエレンもクーリアも、アレスもクドーも、みんな頑張った。うん、お前たちの未来はちゃんと届いたよ」


 五百年ぶりに戻ってきたこの水の都オルレアンは、未だに世界一の美しさを誇る街として有名だ。


 そして彼女たちの功績は五百年経った今でも語り継がれていた。


 この街で彼女たちの話を聞くたびに、エルフの少女は嬉しくなってしまう。


 ゆっくりと流れる海風も、青く広がる空も、あのときのまま。


 少し離れたところでは、少し見覚えのある蒼髪の姉妹と少年が仲良く楽しそうに走り回っている。


 その姿を見て、つい微笑んでしまったのは、彼女たちの面影を引き継いでいたからだ。


 そんな少女たちから背を向け、ゆっくりと歩きながらオルレアンの街から外に出た。


「さてと、それじゃあまた旅を続けようか。私は、そのためにこの世界に『転生』させてもらったんだからね」


 そうしてエルフの少女は歩き出す。その足取りは五百年前と変わらず、とても軽いものだった。



ルサルカ ~魔王を倒したエルフの魔法使いは悠久の旅をする~ 

Fin

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ルサルカ ~魔王を倒したエルフの魔法使いは悠久の旅をする~ 平成オワリ @heisei007

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