第17話 対空戦闘(2)

「アビィ、お前階級は高いのだろう!? 私に魔法を使わせろ! 私なら奴らを叩き落せる!」


 アマビエは驚いた様子でこちらを見ると、目に涙を浮かべながら叫ぶ。


「は、はぁ!? ダメに決まってるだろ! そもそも君もあいつらの仲間じゃないのか……!?」

「だから私は人間だ! 人が目の前で死んでいるのだぞ! お前の仲間だろう、助けたいとは思わないのか!?」


 アマビエが息を呑む。が、その目には相変わらずこちらを疑うような光が宿っていた。


(くそっ! 話し合っている時間はない!)


 彼を論理的に説得する方法は思いつかない。ならば、正直な感情をぶつけて分かってもらうしかないだろう。


「目の前に助けを求めている人がいるのだ! 私は彼らを助けたい!」


 嘘偽りのない真実の言葉だ。だからこそ臆することなく全力で叫ぶ。

 アマビエが驚いたような表情を見せ、その瞳に迷いの色が浮かぶのが見えた。


「私の目を見ろ! これでも私が亜人だと……嘘をついていると思うのか!?」


 瞳を見つめながら思いの丈を吐き出す。互いにしばらく見つめあうが、やがてアマビエは苦しそうな顔をしながら目を逸らした。


「き、君の言葉は嘘じゃないのかもしれない……。でも駄目だ! 僕の独断で決めるわけにはいかない! それに、もし君が魔法を使えばあの女奴隷だって殺されるんだぞ!」

「っ!」


 やはり駄目か。だが、かといってこのまま攻撃を受け続ける訳にもいかないだろう。助けを求める人を見殺しにはできない。

 

 (えぇい! 魔法を使ったことさえバレなきゃいいんだろ!)


 身体の自由がきかなくても魔法を使うことはできる。加えて、YLSでは魔法名を口に出さずとも魔法の発動は可能なのだ。実際そのような発動方式は『無言詠唱』と呼ばれ、魔法職のテクニックの1つとして存在していた。だが……


(無言詠唱は難しい。普通の詠唱より正確に魔力操作をイメージしなくちゃいけない)


 YLSで魔法を発動する際、システムは『魔力操作のイメージ』と『魔法名の詠唱』という二段階でプレイヤーが使おうとしている魔法を検知する。そのため、『魔力操作のイメージ』がある程度大雑把でも『魔法名の詠唱』が正しければ魔法の発動は可能なのだ。だが『魔法名の詠唱』という過程をすっ飛ばす無言詠唱は、その分『魔力操作のイメージ』を正確にしなければならない。


(それに、口に出して詠唱するやり方に慣れてるから、無言だと魔法がイメージしにくいんだよな)


 そのような理由が合わさり、無言詠唱が可能なのは複雑なイメージを必要としない比較的低位の魔法に限られる。この世界でもYLSのように『システム』に検知されて魔法が発動するのかは分からないが、魔法名を口にできない分魔力操作はイメージしにくくなるだろう。


(でも、やるしかない……!)


 そう。他に選択肢など残されていないのだ。


 「矢をつがえろ!」


 掛け声が響き、弓兵が矢をつがえるのが見える。

 彼らの攻撃に合わせて視認性の低い攻撃魔法を放てば、恐らく矢で空中騎兵を倒したように見えるだろう。無言詠唱はそこまで得意ではないが他に選択肢はない。


 「よし、行くぞ」


 そう呟きながら飛来する空中騎兵に目を向けると、脳内で魔力操作のイメージを描き始める。


(≪未来位置予測フューチャーポジション・プレデクション≫)


 まず発動するのは敵の未来位置を予測する魔法。YLSでは高速で移動する目標に魔法を当てるには偏差射撃……いわゆる予測撃ちをする必要があるのだが、この魔法は発動中に目標の未来位置をある程度予測し、偏差射撃を補助してくれるのだ。


「……ん?」


 魔法を発動してすぐに違和感を感じる。YLSにおいては、≪未来位置予測フューチャーポジション・プレデクション≫を使った場合視界に予測点が表示され、その点めがけて魔法を放てば目標に当たるようになっていた。だが、今はどの位置に魔法を放てば命中するのかが直感的に理解できるのだ。


「引け!」


 号令と共に弓兵たちが一斉に弓の弦を引き、ロベルトも槍を投じる準備をしている。5騎の空中騎兵は一列になって急降下を開始しており、こちらとの距離は急速に迫りつつあった。


(無言詠唱じゃそこまで強力な魔法は使えない。ここは確実に敵の数を減らすことを考えよう)


 先程ロベルトは列の先頭の空中騎兵を狙って槍を投じた。彼が今回も同様に先頭を狙っているなら、自分は前から二騎目を狙うべきだ。上手くいけば一回の攻撃で二騎とも撃ち落とせるだろう。そう考え上空の目標を注視する。

 近くのアマビエや兵士たちは上空に目が釘付けで、こちらの動きに気付いている様子はない。


「放て!」


 号令を受け多数の矢と一本の槍が一斉に放たれる。それに合わせるように魔法の無言詠唱を行った。


(≪不可視の魔法の矢インヴィジブル・マジックアロー≫)


 手の先から透明な魔力の矢が放たれ、一直線に空中騎兵へと向かっていく。この魔法は威力は低いが素早く発動でき、視認性の低さと弾速の速さから回避も難しい。高レベル同士の戦闘では不意打ちや牽制程度にしか使われないが、巨大鷲程度なら一撃で叩き落せるはずだ。


 ロベルトの投じた槍が先頭の一騎に突き刺さり、続いて≪不可視の魔法の矢インヴィジブル・マジックアロー≫も数本の矢とともに二騎目に命中する。2騎は空中で血をまき散らしながら落下していき、残る3騎は急降下を中断して上空へと上がっていった。


「おお! 見ろ、敵が引いていくぞ!」


 残った空中騎兵たちは高度を上げたままどこかへ飛び去って行き、その姿は徐々に小さくなっていった。それを見て周りの兵士たちが歓声をあげる。


「やった! 我々の勝利だ!」

「さすがは将軍だ! 空中騎兵を二騎も叩き落すとは!」

「弓兵たちも見事だった! 三騎のうち一騎は彼らの手柄だな!」


 兵士たちの言葉を聞いてほっと息を吐く。どうやら魔法の使用はバレていないようだ。


「た、助かったのか……?」

 

 アマビエが立ち上がりながらぼんやりと呟く。死地を乗り越えたという実感が湧かないのだろうか。

 

「……ハッ! そうだ、ソフィアは!?」


 戦闘に夢中で彼女のことを忘れていた。慌てて周囲を見渡すと、少し離れた場所で空を見上げている彼女の姿が目に入る。


「良かった、無事だったか……」


 外傷も無いようなので取り敢えず問題はないだろう。安堵から肩の力が抜けた。


「馬鹿者、まだ気を抜くな! 周囲の警戒を厳にしつつ負傷者の救護を行え!」


 歓声をかき消す程の声量でロベルトが叫んだ。兵士たちはその声を聞くと慌てて口を閉ざし、きびきびと動き始める。


 (そうだ、負傷者だ。さっき魔法を食らった兵士たちは無事なのか? 場合によっては回復魔法を使って……ん?)


 そのように考えていると、ロベルトがこちらをじっと見つめていることに気が付いた。眉間にしわを寄せながらこちらを訝しむような目線を送っている。


 (……まさかバレた?)


 不安が湧き上がる中ロベルトと目が合った。口の中が乾き緊張から額に嫌な汗が浮かぶが、しばらく見つめ合うと彼はこちらから目を逸らした。


「百人隊ごとに人数確認! 急ぎ負傷者数を報告しろ!」


 ロベルトが再び兵士たちに指示を飛ばし始める。やはり気付かれていないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

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老人転生・ただ一人の魔術師 《俺だけが魔法を使える世界で》 金剛力士像 @konngourikishi

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