第16話 対空戦闘(1)
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「み、みんな上を見ろ! ゴブリンの空中騎兵だ!」
その声を聞いて周囲の兵士たちが一斉に空を見上げる。自分もつられて空の影を注視するが、鳥のシルエットの上に小さな人型のものが乗っているのが分かる。
それらの影はこちらに向かって急降下しつつあった。
「あれは……〈
あのモンスターには見覚えがあった。自分がYLSにおいて幾度も戦ってきた相手。その名は……
「〈ゴブリンの
〈ゴブリンの
「あのタイプならレベルは高くても50ほど。YLSでは雑魚敵の一種だったが……」
〈ゴブリンの
「ゴ、ゴブリンとの戦線はもっと東のはずだろ! 何でこんな場所まで奴らが……!?」
アマビエが怯えた声で叫ぶが、『ゴブリンとの戦線』という言葉が引っ掛かった。
(どういうことだ? オークだけじゃなくてゴブリンとも戦争をしてるのか?)
見れば、急降下する6騎の空中騎兵は一定の間隔を保って縦一列に並んでおり、明らかに部隊行動の訓練を受けているように見える。ということは、彼らの背後には国や部族などある程度の規模の社会があるのだろう。
「おい! この国……オーリア帝国とやらは、ゴブリンとも戦争をしているのか!?」
隣のアマビエに向かって尋ねると、彼は顔に恐怖を浮かべながら叫んだ。
「当たり前だろ! ゴブリンもオークもオーガも……。オーリア帝国は亜人たちから袋叩きだ!」
「何だと!? それは一体どういう……」
その言葉を遮り、ロベルトの号令が周囲に響き渡った。
「総員戦闘用意! 攻撃魔法を警戒! 十人隊ごとに散開し、互いに距離を取れ!」
それを聞いた瞬間、兵士たちは列を崩して散らばり、街道沿いに広がる麦畑の中に踏み込んでいく。彼らは顔に恐怖こそ浮かべているが混乱している様子はない。それは逃走ではなく規律の取れた迅速な散開だった。少し遠くでソフィアも兵士の1人に担がれていくのが見える。
「アビィ、我々はどうするのだ?」
「み、密集すれば攻撃魔法のいい的だ! とにかくこっちへ!」
そう言いながら、アマビエは自分の身体を担ぎ上げて畑の方へと走った。人一人を苦も無く担ぎ上げるとは、細身であるとはいえ、彼も訓練を積んだ兵士ということなのだろう。
畑の中に踏み込むと、アマビエは自分を地面に降ろして数名の兵士と共に身をかがめる。
「くそっ、何でよりによってこんなときに!? 本隊から孤立してる僕たちを狙ってきたのか? それとも……」
アマビエが動揺した声を上げると、近くの兵士が自分に目を向けた。
「や、やはりこの男が関係しているのでは? 我々からこいつを助け出しに来たとか……!」
「だーかーらー、私は人間だと言っているだろうが!」
そんなとき、少し離れた場所からロベルトの号令が聞こえてきた。
「弓兵、矢をつがえろ!」
周囲を見渡せば、散開した数十名ほどの弓兵が立ち上がって弓に矢をつがえている。
「引け!」
弓兵たちは弦を引いて空へと狙いを定める。彼らの目線の先には既に空中騎兵が迫っており、魔獣の背に乗るゴブリンがはっきりと見える程の距離だった。
「放て!」
号令と共に矢が放たれ、空を切り裂きながら空中騎兵に向かう。
「む……!」
飛来する〈
(〈
YLSにおいて最高位の弓使いが放つ矢は竜の鱗すら貫通し、命中すれば小型の飛竜なら一撃で叩き落せるほどの威力がある。だが、あの弓兵たちはその域には到底達していない。先程の森の中で見たロベルトの動きは凄まじかったが、他の兵士たちはそれほど身体能力が高くないのだろうか。
そんなことを考えていると、飛来する空中騎兵たちが地上に向かって手をかざすのが見えた。次の瞬間、彼らの手から赤い火の玉が放たれる。
「なっ! あれは≪
≪
「うおおぉ!?」
放たれた火球が近くの麦畑に着弾し、兵士達が怯えたような悲鳴を上げる。着弾点を中心に炎がまき散らされ、焦げ臭いにおいがここまで漂ってきた。
「うろたえるな! 負傷者は!?」
「負傷者なし! 全て外れました!」
ロベルトの声に兵士たちが返事をする。幸い直撃は避けられたようだ。
「油断するな! もう一度来るぞ!」
見れば、魔法を放った空中騎兵たちは高度を上げて地上から距離をとっている。だが飛び去っていくわけではなく、弓が届かない程度の高さでこちらの上空を旋回していた。
「上空からの一撃離脱か。効果的な戦術だ。あんな弓だけでは対処できまい。それに……」
遠距離の目標に1発で魔法を直撃させるのは中々難しい。2発目、3発目と攻撃を続けながら、徐々に目標との誤差を修正して直撃に近づけていくものなのだ。
(だとしたら、次以降の攻撃は……)
兵士たちの弓が有効打にならない以上、自分たちはこれからも敵の反復攻撃に晒されることになる。そして、攻撃の度に敵の狙いは正確になっていくだろう。もはや全弾外れるという幸運は期待できない。
(一体どうしたらいい?)
ソフィアを人質に取られている以上無暗に魔法は使えない。ならばこの状況を黙って見ているしかないのだろうか。
そのように考えていると、再びロベルトの声が響き渡る。
「ブルーノ、弓兵の指揮を執れ! それから私に槍を!」
「了解! 弓兵、矢をつがえろ!」
部下の1人に弓兵の指揮を任せ、ロベルトは近くの兵士から槍を受け取った。
(まさかあれを投げて……?)
先程森で見たロベルトの身体能力を考えれば不可能ではないだろう。だが、仮に命中したとしても撃ち落とせるのはたった1騎。弓が決め手にならない以上、敵を追い払うまで一体どれほどがかかるのか。その間にもこちらは攻撃を受け続ける。ロベルトほどの身体能力を持つ兵士は他にいないのか。
「おいアビィ! 他の兵士は将軍ほど強くないのか!」
そう叫ぶと彼は慌てた様子で返答する。
「はぁ!? そ、そうだよ! ロベルト将軍は特別だ!」
自分に対し情報を漏らして良いのか……とも思ったが、動揺のあまりそれどころではない様子だ。
「特別だと? どういうことだ!?」
「知らないのか! 生き物は戦えば戦うほど肉体が進化して強靭になっていく! ロベルト将軍は歴戦の戦士だ! だから普通の兵士とは比べ物にならないくらい強いんだ!」
戦えば戦うほど強くなる?
それはまるで……
(YLSのレベルアップそのものじゃないか!?)
これで確定した。やはりこの世界にもレベルの概念は存在する。そして、将軍を除いてこの兵士たちはそこまで高レベルではない。
「引け!」
号令が響き、弓兵が弦を引き絞る。ロベルトも槍を構えて上空に投じる準備をしていた。上を見れば、空中騎兵は再びこちらに向けて急降下を始めている。
「放て!」
その声とともに数十本の矢と一本の槍が空に向けて放たれる。矢は全て空中騎兵の脇をすり抜けていくが、槍の方は先頭の巨大鷲の翼の根元に深々と突き刺さった。巨大鷲は空中でバランスを崩し、その背にゴブリンを乗せたまま地面へ落下していく。
「おお!」
周囲の兵士からどよめきが起こった。だが残った5騎は引き続き降下を続けており、彼らの手から再び火球が放たれる。
「うわああああぁ!」
火球の着弾と同時に苦痛の叫び声が辺りに響く。頭だけを動かしてそちらを見れば、幾人もの兵士が身体を炎に包まれながら地面を転げまわっていた。火球が兵士の一団に直撃したのだ。
「おい、急げ! 火を消せ!」
数名が駆け寄って転げまわる兵士を布ではたくが、火の勢いは収まらない。≪
「ひ、ひいっ……!?」
火だるまとなった仲間を目にし、周りの兵士たちが動揺した声を上げた。隣にいるアマビエも恐怖に顔を引きつらせている。
そんな彼らの様子を見て、頭にある考えが浮かんできた。
(待てよ? 今なら皆混乱してる。この隙にソフィアを連れて逃げられるんじゃないか……?)
見回せば、ソフィアはさほど離れていない畑の中で数名の兵士と共に身をかがめていた。自分が魔法を自由に使えないのは彼女が人質に取られているからだ。彼女の周りにいる兵士さえ無力化できれば問題は解決する。魔法さえ使えれば逃げるのは容易だろう。
(まずソフィアの安全を確保して、その後俺の周りの兵士も無力化すればいい。それから魔法で麻痺を回復させ、飛行の魔法で逃げる。考えてみれば簡単なことだ。その気になればもっと早く逃げ出せたかもしれないな。……よし!)
首だけを動かしてソフィアの周囲にいる兵士に顔を向けると、脳内で魔法のイメージを描き始める。何も殺す必要はない。短時間身体の自由を奪うだけでいいのだ。
……そう考えた瞬間だった。
「だ、誰かあああああぁ!」
炎に包まれた兵士の絶叫が周囲に響き渡った。彼は苦しみ悶えながら地面を転がり、必死に助けを求めている。
「……」
改めて周りを見渡せば、兵士たちは顔面を蒼白にしながら震えていた。次に火だるまになるのは自分かもしれない。かといって有効な反撃もできない。そんな恐怖が彼らの身体を震わせているのだろう。
「だ、だ、大丈夫だ! みんな落ち着け! 取り乱したら敵の思う壺だぞ!」
すぐ隣からアマビエの声が聞こえた。顔面は蒼白であり、目の端には涙が浮かんでいる。声からも恐怖の色が滲み出ており、いっそ滑稽と言ってもいい程の怯えようだ。だが……
「心配ない! あんな奴ら、きっとロベルト将軍が追い払ってくれる! だから、だから……!」
彼はそれでも必死に声を張り上げている。恐怖を押し殺し、周囲の兵士を鼓舞しようと精一杯努めているのだ。
(……俺は一体何を考えてた?)
胸中を強烈な後悔と自己嫌悪が満たした。
今の自分は彼らを救いうる力を持っている。
だというのに自分だけ逃げるのか?
(そうだ、今の俺はへーロス……。彼は困っている人を見捨てない)
へーロス。大胆不敵で自信満々な最強の魔術師。こうなりたいという想いで作り上げた自分の理想像……。気弱な自分が嫌いで、いつかへーロスのようになりたいとずっと思っていた。
いや、いつかではない。
今がそのときではないのか?
そう思いながら前方に目をやると、そこには恐怖に目を見開きながら空を見上げる兵士達がいた。
(今、この力が必要とされている……)
自分はいつも周りに助けられてばかりだった。そんな自分が大嫌いで、本当に周りから必要とされているのかいつも不安だった。だが、今自分は目の前の人々を助けることができる。誰かに必要とされているのだ。
見れば、既に空中騎兵たちは次の急降下の準備を始めていた。もはやロベルトの所まで行って交渉している時間はない。そう考えると、すぐ隣にいるアマビエに向かって叫んだ。
「アビィ、お前階級は高いのだろう!? 私に魔法を使わせろ! 私なら奴らを叩き落せる!」
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