第48話「手繰り寄せた勝機と結末と」
生霊の戦闘能力は、本人の資質が最も大きく影響する。
本人ができると思える事ができ、できないと思ってしまった事はできないからだ。
「退けよ!」
怒鳴りながら光球を放ってくる
距離を詰めようとする
――これ、
舌打ちしながら逃げるしかない孝代は、これができない。
スピードそのものは、でんに放ったものと同じくドッジボールくらいでしかないため回避は容易いのだが、飛び道具の有無は
――私だってできるんだろうけど……!
律子にできるという事は自分にもできるはずなのだが、孝代には光を集める事すらできていなかった。
――落ち着いて! 当たらなかったら大丈夫だから!
孝代と逆方向へ走るでんから、心配そうな声が出ていた。でんは飛び道具を持っているが、その隙を掴めずにいる。律子はできるだけ孝代を引き離そうとしているが、でんが稲妻で狙うには難しい距離を保っているからだ。
「ありがとう」
孝代はでんを一瞥するくらいしかできなかった。
余裕がないというよりも、自らの仕事に邁進できる要素を見つけたからだ。
――私が一対一で戦う事になんて、期待されてない。
孝代は師の考えに辿り着けた。
――生霊になった山脇サンが、かならずしも続木律子より強いとは限らない。
耳に蘇ってきた彩子の言葉は、孝代が生霊になったから律子に勝るという単純な理屈は存在していない事を示している。
――多分、杉本さん!
時男の存在こそがキーになると孝代は考え至った。
――多分、サイコさんが考えてたのは、少々の被弾は無視して突っ込んで、取り押さえたところを杉本さんに諸共、斬ってもらう算段だったんでしょ。
それならば彩子が、自身も時男に斬ってもらう事が解決だといっていた事と繋がる。時男も戦闘の中では
とはいえ、孝代は同様の手は取れない。彩子に生きて帰ってこいといわれたのだから、相打ちや自己犠牲はタブー。
――時間を稼げば勝てる。なら、こんなに簡単な事はないでしょ!
時男が階段を駆け上がってくる時間を稼ぐだけで、戦況は劇的に変わるのだ――その考えに賭けて、孝代は律子の攻撃を回避していく。
――手詰まりだと笑われている方がいい。
律子のように光球を放てない事を武器に変える。
――多分、あれは熱エネルギーを集めて作ってる。
そして分析はできていた。
――鉄砲の弾は、重量に速度の二乗を掛ける事で熱量計算ができる。一般的なライフルの弾は……確か……。
しかし、いつもならば暗算でもできるものができなかった。
――これが生霊の弱点でしょ!
脳という記憶や思考を司っていた
――相手が謎の光を武器にできているのって、常識がなくなっていってるからでしょ!
恐らく全ての常識が失われた時が、律子がこの世に帰還できなくなる時なのだろう。
――そうか! 秒速500メートル! だから、鉄砲の弾は1500ジュール!
ならば水1.5リットルの温度を1度だけ上げる程度の熱量で、人間は急所を射貫かれると致命傷を負う事になる。
理屈としてはそうなのだろうと考えている孝代だが、そういう常識があり、理屈を考えてしまうが故に、律子のような攻撃を繰り出す事ができない。
だが律子は魔法のようなものを、そういうものと折り合いをつけられる性格だからこそ、この攻撃を繰り出せている。
「!」
屋上に続くドアが荒々しく開かれた音も、孝代はでんに対する時と同じく
それが現実は、扉を開けて屋上に来る者が時男だと分かっているが故に、視線どころか意識すらも向けてしまっている。
律子は、見逃さない。
「流してきた涙の数が違う! 死ねぃ!」
力を凝縮するように握りしめた拳を斜めに薙ぐと、光線が刃のように孝代の足下を切り裂く。
隅に立っていた孝代の足場を打ち砕く一撃。
「!?」
孝代も今は生霊であるから、地面に叩き付けられても死ぬ事はないかも知れないが、しかしもう一度、屋上まで上がる間、時男はまた単独での戦闘を強いられる。
それでも空を飛べない孝代は落下していくしかない。
「クッ」
それでもと壁に手を伸ばす孝代は、まるで頭の中に響いてくるような声を聞く事になる。
――ありがとうよ。
誰の声かに覚えはなかったのだが、今の状況だからこそ孝代にはわかった。
「ベクターフィールド?」
魔王となって自分たちの前から消えた男だ。
――弁護してくれて、ありがとうな。流石に、あいつにバカにされるのは我慢ならなかったぜ。
律子がバカにした事は、ベクターフィールドにも届いていた。無論、孝代がベクターフィールドを恐るべき敵だと認識している事も。
ベクターフィールドの姿が、孝代の視界に映った。
そのベクターフィールドがいう。
「全て巻き上げてやるぜ。安全圏なんて作れないから、死ぬ気で耐えろ!」
言葉と共に両手が天へ伸ばされた次の瞬間、孝代の墜落予想点から竜巻が巻き起こった。
「――!?」
孝代は何もいえない。言葉さえも出せない強烈さだった。魔王の称号と力を手に入れたベクターフィールドの魔法は、個人に対して使用するような規模ではなくなっている。
孝代の落下を止め、もう一度、屋上へと巻き上げるだけの威力を見せる。
「あの女!」
風で髪が乱れるのも構わず、律子は苦々しい顔を竜巻へと向けていた。
自然現象であれば上空へ延びるだけだろうが、ベクターフィールドの魔法は屋上へ孝代を運ぶ軌道を取っている。
「何をしようと、私との差は埋まらないわよ!」
生霊として繰り返した凶行が、律子を熟達させていた。
「あたしの邪魔をしないで! 何度もいわせないで!」
迎え撃ってやると両手を構える律子であったが、その両手に溜めた光が炸裂する事はなかった。
「逃さぬ」
時男の剣が一閃されたからだ。
「手、手ェ!?」
手首から先を落とされた律子は目を白黒させるが、手を斬られた痛みよりも遙かに重く、遙かに激しいものが襲いかかってくる。
「デヤァーッ!」
風に乗った孝代は、跳び蹴りのような体勢で律子に飛び込んできた。
跳び蹴りからの着地、そして身構る孝代へ、でんの声が飛ぶ。
――お姉ちゃん、力を貸すよ!
技術体系を持たないでんだが、見て閃く事がある。ベクターフィールドの魔法を見て、必殺の一撃を閃いた。
その声に律子の顔が向けられるが、身体にもう一度、衝撃が走った。
「このーッ!」
旺が円盤のように投擲した盾だ。
悪意や敵意を含まない、純粋な殺意が込められたEVA樹脂製の盾は、生霊にとってはハンマーで殴られたに等しい衝撃を与える。
大きく跳ね上げられる律子を
――行くよ!
でんが孝代へ向けたのは、
嵐の化身である雷獣が持つ、もう一つの力――風だ。
空気を流動させる事で静電気を溜め、孝代の蹴りをマイナスエネルギーの砲弾と化させる。
再び孝代の跳び蹴りが律子を
「こんな……こんなので!」
呪いの言葉を吐き出しながら耐える律子であったが、一拍、遅れてやって来た一撃が何もかもを断ち切った。
時男の居合い。
律子の身体を形作る
「そう……これが、死ぬって事か……」
痛みは、
「初めてよね……死ぬのは。アハッアハハハハッハハハ!」
律子は笑い、そして――、
「ひぃぃいいいい!」
悲鳴をあげた。
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