第47話「恐るべき強敵・軽蔑すべき敵」
霊の動きは、一言で表すならば
ならば対処のしようがあるし、何よりも援軍の
「とっとと行けよ!」
時男へ霊をけしかけ、動くスペースを潰してしまおうという狙いは正しい。剣術に限らず、接近戦とは空間の争奪戦。敵の間合いを潰し、自分の間合いを活かした方が勝つ。
しかし具体的、効果的な指示ができない律子では、時男の体勢は崩せない。
殺到とはいうものの、飽和攻撃とはお世辞にもいえないのだから、時男は霊が否応なく作ってしまう
右、左、そして縦――、コマ落としにすら見えてしまう動きと剣の閃きは、律子の苛立ちを容赦なく強めていく。
「お祖父ちゃん! 行け行けー!」
そして旺の動きも冴えが増して行った。時男の動きをトレースするには身体能力が足りていないが、「自分が可能な限り実行し繰り返す」という基本はできている。
縦横に剣と盾を振るい、討ち漏らせば……、
――オーレ! Fire!
でんの放つ稲妻が薙ぎ払っていく。
「頼もしいわい!」
視線すらも向けられない時男だが、声だけは旺とでんへ向けられていて、それが律子の苛立ちを怒りへと変えて燃え上がらせる。
「その内、声も出せなくしてやる!」
隠そうともしない悪感情。
だが、そこにこそ時男は付け入る隙を見ていた。
――手段の目的化じゃ!
律子は時男たちを殺す事が目的ではなくなっている。
――殺す事は目的でなく手段になっておる。
時男は見抜いた。
――自分の存在とか力とか、そういうものを存分に発揮して、儂の脳裏に焼き付けさせるための手段が殺す事になっておるな。
苛立ちが、恐怖させる事や足掻かせる事を重要にしてしまったのだ。
本来、時男や
――つまり、こちらを屈服させる事を優先する。
時男の結論はそうだ。
このオフィス
もしも出すとすれば、旺を殺し、時男に自分の無力さを嫌という程、思い知らせた後だ。
――ならば行くのみよ!
か細い糸に過ぎないとしても、それが勝機に繋がっているのならば、時男は手繰り寄せていく。
霊を斬る、攻撃を躱す、律子の懐へ――、
「ウザい!」
だが切っ先は律子が意地でも届かせなかった。
逃げたも同然の距離を走られては、時男も追撃はし辛い。深追いは死に繋がる。
そしてその時、律子が逃げた先は、この階へ降りてきた大穴だった。
「くッ」
舌打ちした時男も間合いから離脱する。時男には、一足飛びに屋上まで飛び上がるような力はない。
――非常階段か!
だが上る間、律子はただ屋上で待っているだろうか?
――僕が追い掛ける! おーくんとお祖父ちゃんは、階段から来て!
そんな時男の隣を、でんが駆け抜けていった。
「バカメ!」
屋上から見下ろしていた律子は、時男、でん、旺がばらけたのを見て真っ赤な口を大きく開いて笑った。
ミスをしたと思い知らせる切っ掛けになってしまったのだ。
雷獣であるでんが操る雷は、確かに霊が苦手とする静電気の塊であり、直撃が致命傷となるのは生霊である律子も同じ。しかし……、
「遅いし、ちゃんと使えてないんだよ!」
嘲笑と共に律子が天井を崩した力を振るう。でんの攻撃手段は確かに強力だが、惜しむらくは技術体系が確立されていない。効果的な使い方を熟知していないが故に、でん自身の戦闘能力は低くなってしまう。
追撃に出た出鼻を挫くように、律子の手から光が放たれる。
「避けられるモノなら避けてみろ!」
跳躍してしまっているでんに、空中で動く術がない事くらいは察知できていた。
「!」
でんの顔が歪み、見上げる旺が悲鳴をあげる。
「でんちゃん!」
しかし旺が悲鳴をあげる方がでんに攻撃が命中するよりも早いのだから、律子の攻撃スピードはドッジボールを投げる程度のものだった。
そして悲鳴に一度、フォーンと甲高い音が混じった事を、その場にいた誰もが聞いた。
「ヘイヘイヘーイ!」
廊下を大型二輪スポーツクルーザーで疾走してきた者の顔は白塗りで、間近で見る事になるでんも人物が判別できなかった。
だが廊下を疾走し、瓦礫を乗り越えて走るバイクに乗る者が、「まっとうな」存在であろうはずもない。
壁と瓦礫を走破してでんの身体をキャッチし、かつ律子の攻撃は急制動で回避する。
「おーくんと杉本さんは後から!」
妙なエフェクトがかかったように聞こえる声であったが、時男と旺には判別できた。
「
時男が目を剥く。白粉を塗って朱をさしているため顔が分からなくなっていただけでなく、その姿が律子と同種である事が何よりも強く驚かせた。
「生霊を倒すのに、生霊を使うのか……」
彩子の仕掛けである事は明白だったが、そこまでするとは思っていなかった事も手伝っている。
しかし棒立ちになっている場合ではない。
「お祖父ちゃん、行こう!」
旺は時男の背を叩き、非常階段へと向かう。
「そうじゃな。今は、そうじゃ!」
時男も続いた。
***
屋上まで駆け上がってきたバイクから降りる孝代は、今、律子の胸中で渦巻いている感情を考えてみた。
「ウザイ……って事くらい?」
でんを降ろしながら呟いた事くらいしか思いつかなかったが、当たらずとも遠からず、というところか。
「お前……」
律子の顔にある苛立ちは増すばかりだが、生霊となった孝代を見ても
――こっちの方が先になってる。
冥府でも手出しできない、神も悪魔もいない世界の住人である生霊は、本来、あらゆる制約から解放されている。空を飛ぶこともできるし、時間を超越する事もできる。それができないのは、律子自身が持つ固定観念や常識が制限となってしまっているからだ。
霊となってしまっては記憶を司る器官がないため、創造的な活動はできなくなるのだが、「慣れ」という名の経験は差として現れてくる。
律子と孝代では、その差がある――そして律子は、それを把握している。
だからこそ律子が孝代に対して抱く苛立ちと怒りは、時男に対するものよりも強い。
「ベクターフィールド……あの役立たず!」
孝代にせよ、時男にせよ、ベクターフィールドが始末できるタイミングがあった事すらも怒りの原因になった。
「こんな雑魚、一匹や二匹でいいから片付けとけよ。誰も殺せないままトンズラとか、有り得ないでしょ、フツー。だからしなくていい苦労をさせられる!」
「何?」
孝代は目を細め、
「何よ? 実際、そうでしょう? 誰も殺せてないじゃない。だから私が苦労させられてる。何で殴られたり、蹴られたりしなきゃなんないのよ。何で、そんな奴が得するように出来てるの? 私は――」
「この口げんかなら付き合ってあげるわ」
孝代が律子の言葉を遮る。頭の中から相手が口上を述べている隙に殴ればいい、という簡単な理屈も消える程、今、律子が口にした言葉が酷く感じた。
「あのね、ベクターフィールドは、確かに
細めていた目を見開き、律子へ射貫くような視線を向ける孝代。
「卑怯な振る舞いだけは、一回でもしなかったのよ」
孝代にとって、ベクターフィールドは軽蔑すべき相手ではなく、恐るべき強敵だった。
時男を罠にかけた時も、自分が前に出て来た。
どれだけの扱いをされようとも、契約を司る悪魔としてその場に残り続けた。
その孝代にとって律子は――、
「それが、あんた、何? 反撃されたらぶち切れるって、勝てる相手としか戦う気がないって事でしょ?」
軽蔑すべき敵だ。
「はン。勝てば良い。勝たなきゃ意味がないのよ、勝たなきゃ。悔しかったら勝ってみろ!」
口げんかの終わりは、人外大戦の始まり。
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