第40話「蛮力・暴力の夜」

 裏サイトには新たなスレッドが立てられていた。もう卒業して十年近い時間が経ち、裏サイトという性質上、何度も移転を繰り返しているであろうに、今も稼働し、人を集めているのは異様な光景でもあった。


「……これ、本人ですか?」


 孝代たかよが見つめるのは、スレッドを立て、また書き込みに使われている名前。



 続木つづき律子のりこと表示されている。



 こんな掲示板であるから本名を使う者は皆無だ。


 また誰が証明できるという訳でもないのだから、信用もできない。


「どうだろうネ」


 曖昧な事をいうのは、彩子あやこには続木律子の名前で書き込んだ者の素性など重要ではないからだ。


 重要なのは内容。


「……また動画ダヨ」


 クリックは――彩子に躊躇ためらわさない。


「リアルタイムじゃないカ!」



 彩子にクリックを急がせたのは、動画が録画ではなかったからだ。



「これは、どこかの部屋カ?」


 表示された動画を見て、彩子は眉間に皺を刻む。


 ――マンション。でも、どこダ?


 彩子でも、すぐに判断できる材料はなかった。部屋の窓から景色が見えているが、住宅街では目立つものが皆無。


 それよりも誰が、何のために撮影しているかを考えなければならない。


「これ!」


 孝代が画面を指差した。


 手だ。


 誰の手かは分からないが、その手がマンションのドアを開ける。


 その一室には、パソコンに向かう女がいて……、


「こんばんは、網谷あみたにさん」


 妙なエコーがかかっている声がかけられると、テレビを見ていた女――網谷が振り返った。


「え?」


 その瞬間、フレームの中に声を掛けた主の手がひるがえった。


「ぎゃああああ!」


 不気味な悲鳴。その手が女子の上唇から鼻に掛けてを引き裂いたのだ。


「ッ」


 その惨劇に、思わず孝代も目を逸らせてしまうが、目を逸らしたところで惨劇は止まらない。


「いやああああ!」


 網谷の悲鳴。


「あははは、あはははは」


 それと対称的な笑い声。


 動画はそこで途切れるが、更新すると、律子の名前で新たな書き込みがあった。



 ――10だけ数えて待ってやる。



 そしてキッチリ10秒後、動画が出て来る。


 今度は窓の外から。


 部屋の中には、ベッドにもたれ掛かって携帯を弄っている男。横顔が青ざめているのは、今の動画を見ていたからだろう。


小倉おぐらくん」


 またエコーのかかった声がかけられる。


「!?」


 男――小倉が振り向くと、そこでデジカメを落としてしまったのか、小倉の姿がフェードアウトした。


「ぎあッ!」


 映像は映らなくなったが、音声だけは聞こえてくる。


「ひぐッ、ぎッ、あぎッ……く、おおお」


 悲鳴と一緒に聞こえているのは、バリバリ、ビチャビチャと、小倉の身体を引き裂き、中身・・を出している音だ。


 動画が終わると、スレッドにはクラスメートらしい者からの書き込みが並び始める。


 ――続木、シャレになんねーよ。


 ――何だよ? 昔の事、根に持ってやがんのか?


 最初は驚いたのだろうと感じられる書き込みだったが、やがて姿を変えていった。



 口汚くののしる方向へ。



 それは厳然としたヒエラルキーがあり、律子は「格下」であると言う事を示している。


 しかし律子の書き込みは、やはり一言。


 ――今度は20数えて待ってやる。


 20秒後、やはり動画が上げられる。


「こんな……」


 吐き気をこらえる孝代は、言葉を失っていた。


 ――理解できない……。


 しかし孝代が理解できない行動は、律子の行動だけではない。


 掲示板に書き込まれていくクラスメートの罵声もそうだ。


 ――書き込むより、逃げる方が先でしょ!? スマホを弄ってる場合!?


 罵れば律子の強行が止まる訳ではない。クラスメートたちは必死に言い返しているのだが、そんなものが律子の手を止める手段にならない事は明白だった。


「なんで、こんな事するんだよ!」


 動画の中で、男が悲鳴を上げた。


中津なかつくん」


 不気味な声は――、


「お前には教えてあげない。他の奴らは、ちゃんと掲示板、見てろよ」


 何も教えないまま、動画が終わる。


 動画が終わり、画面を更新すると予告通り書き込みが現れた。



 ――痛くなかったからだよ。怖くなかったからだよ。悲しくなかったからだよ。楽しんでたからだよ!



 これは律子が気持ちを吐露したものだろうか。


「クラスメートが感じてた事だろって、意味カナ?」


「……」


 溜息交じりの彩子に、孝代は何もいえなかった。


 言葉はないが、しなければならない事はわかる。


「すぐにでも手を打たないとネ」


 彩子のいう通りだ。

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