第41話「敷き詰められた地獄は双方にあり」

 問題は山積みだった。


「まず、標的が絞れるか?」


 取り急ぎホテルへ戻ってきた時男ときおは、確認できた被害者一覧を見てギッと歯軋はぎしりさせられている。


 当初の標的だったかつてのクラスメートだけでなく、続木つづき律子のりこは今までトラブルを起こしてきた相手を全て追加したのだ。


 絞りきる事は不可能といっていい。


「難しいですネ」


 こればかりは彩子あやこもお手上げだった。


「心理学の分野ですヨ」


 律子のりこの行動にはパターンがあるのだろうが、その分析は彩子では手に余る。


「まぁ、多分でしかないですけどネ……」


 そう前置きしていえる事も、推測でしかない。


「最初の標的になった……続木つづき律子のりこがSNSでケンカを売りに行った相手は、恐らくテストケースだったんでしょうネ」


 生霊になった自分に、どれくらいの事ができるのかを試すためだったんだろう、というのが彩子の推測だ。


「この一件の後、クラスメートに標的を変え、その後、もう一度、SNSの恨みに変わっている訳ですカラ」


 生霊に限らず、霊には時間や距離は関わりがないが、それがどれ程の範囲、効果を持っているかのテストケースとして襲われたのではないか、と彩子は考えている。


「だから、この人を吊し上げた時、養護するコメントを書いた人は被害に遭っていない?」


 孝代は自分のスマートフォンに当該するコメントを書いた者のSNSを表示させ、そのページが今も更新されている事を確認していた。


「可能性でしかないけどネ」


 確証のない話だが、彩子がいうのならば孝代と時男は納得する。当てずっぽうをいう女ではないし、経験を積んだ者の直感はバカにできない。


 しかし、そうなると懸念がムクムクと孝代の中で膨らんでしまう。


「としたら、クラスメートが一段落したら、この子に移る可能性があるんですか?」


 もう一度、スマートフォンを見た。


「この子、鳥取ですよ……」


 守りに行くにしても遠く、待ち伏せをして空振りした時、戻ってくるまでのタイムロスが痛いところだ。


「……」


 彩子は溜息ためいきく。


「得意そうに色々といっても、私も打開策が浮かんでいる訳じゃないし、決定打に欠けるから色々といえてるんだヨ」


 それを認めなければならない無念の溜息だ。


「実際、厄介じゃ」


 トーンを落とし始めた雰囲気に、時男が口を挟む。


「中学生でもあるまいしの。フタが実に卑怯臭い」


「フタ?」


 孝代が視線を向けた先で、時男は態とらしい程、大仰に片方の眉を上げる仕草をした。


「自分は最初から正義なんて名乗ってないし、正義じゃないのなんて分かってる。だから道理で自分を責めても無駄だ――そんな感じでいいまくる相手じゃろ」


 律子の反論がモロに当てまる。普段は正義、公平、公正と口にするが、少しでも突かれればてのひらを返す。そして伝家の宝刀とばかりに抜いてくるのは、「日本人ならば当たり前の感情」という言葉。


「中学生なら可愛いもんじゃが、笑えない状況になっておるよ」


 時男にしては珍しく嘲笑を含めていた。これが中学生が振り回している言葉であれば「幼稚だから」で済む。二十代が振り回している言葉であったならば、「いい加減、現実を見ろ」となる。


「しかし生霊となって、こういう事を実行するすべを手に入れてしまったヤツがいっているとなれば、大問題ですネ」


 彩子の声は幾分、軽くなってはくれたのだが、問題解決の最終策までもは浮かんでいない。笑えない状況を止める術を探さなければならないのだが、それが難しく、時間もないと来ている。



 律子は、止める側にいる孝代たちよりも、確実に厄介な能力を有していた。



 焦らされるのは、そんな厄介な能力があるからだ。


 焦りは簡単に思考を硬直させ、硬直した思考は打開策を浮かばせなくなる。


 しかし時男の言葉は、彩子に僅かばかりではあるが冷静さを取り戻させた。


「いや、これはできるかも知れないネ」


 ならば浮かぶ。


 地獄に垂らされた蜘蛛の糸ほどにか細いが、手があるのだ、と。


「あるんですか?」


 孝代が思わず腰を上げ、彩子は大楊に頷いた。


「ある。待ち伏せできれば、杉本サンの刀は生霊も斬れるんダ」


「あぁ、確かに」


 時男が頷いた。確かに時男の玄鉄が斬れない――この場合は特効ではない――のは、神と魔王と死そのもの。


 生霊は斬れる。


 ならば手があると、彩子はパソコンとスマホを確認した。


「今、続木律子が沈黙しているのは、標的を切り替えるタイミングかも知れません。クラスメートから、SNSなどのトラブル相手への、ネ」


 可能性はある。


「ここで、トラブル相手の誰かが大きな動きを見せれば、それが最優先される標的になるハズだヨ」


「そんな都合のいい相手が?」


 身を乗り出した孝代に対し、彩子は「いるんだヨ」と、自分・・を指差したのだった。


「サイ子さん?」


「あの後、色々と調べて見たんだヨ。裏サイトの管理権限を乗っ取ってネ」


 彩子の笑みは苦笑い。点と点を線で結べない程、焦りに支配された目は曇っていたのだ、という意味の。


「バッファオーバーフローを利用すると、案外、簡単に乗ってれてネ。で、リファラやIPアドレスなんかを抜いて調べて見たんだヨ。なら、前に私とバトった相手だった事が分かった」


 自らの恥を晒す事になるが、彩子はコミュニティサイトを開いてみせる。


「パソコン関係のサイトでネ。掲示板に、こんなのがあったんダヨ」


 トピックを一つ、開いてみせる彩子。


 ――スマホ対応ページとか使いにくいんだよ。パソコンで慣れてるから、レイアウトが変わったら何が何処にあるのか分からなくなる。手間が増えるだけだから、スマホ対応ページなんて止めてほしいってのが本音。


 よもやま話をする場であるから、誰もがフランクに話しかけている。


 それにして、そのトピックに書き込まれたコメントは酷いあおり方であったが。


 ――今はもうスマホ、タブレットがあたりまえ。PC使ってるのなんてニート様ぐらいだろ。


 これが律子の書き込みだと彩子は突き止めたのだ。


「リファラから、この書き込みはスマホからだと分かっている。IPも一致してるから、たまたま、あの公営住宅に続木律子と同じ機種を使っている相手がいない限りは本人ダヨ」


 人気機種でもなく、また海外製の高級機種でもないのだから、律子の確率は高い。


 事実、律子の書き込みだった。


 律子は自分用のパソコンなど持っていない。家族と共用のパソコンはあるが、一昔前のものであるからネットを閲覧するか、それとも簡単なオフィス系ソフトを使うかくらいしか出来ないもの。


 だから自分のスマホで見ている律子には、スマホ対応について色々といわれる事がしゃくさわった。


 ――働けよニート。


 律子はあおるつもりで書き込みしている。


 しかし顔が見えず、また常体が当たり前のサイトであるから、当然、それには噛みついてくる相手がいた。


 ――スマホとパソコンは用途別に使っているから、何でそんな言い分になるか理解不能。それと、いつも自分に言われている事だからって他人に言うなよ、ニートくん。


 煽りは煽りを呼ぶものだ。


 想定の範囲内であっても、堪え性のない律子はムカついた。


 他にも律子の書き込みに対する反発は様々であったが、最も律子の怒りを買ったのは、ひとつだけあった毛色の違う反論。


 ――タブレットってサイズからくる制限が意外と大きいですネ。当たり前というのなら、出先での確認や中高生のコミュニティはスマホをメインで考えた方が合理的でも、仕事だとか方向性の違うデータを同時に使うなら従来のパソコンが有利ですネ。


 感情論ではなく、技術の方で語った書き込みは、彩子がした。


 そして感情論でないからこそ、律子に反発していた連中の喝采かっさいを浴びる事になるのだから、律子が黙っていられるはずがない。


 ――いや、書類作成程度ならもうタブレットだ。ノートとかウルトラブックなんて持ち運びに難のあるタイプはもう仕事で使えない。零細企業とかパソコンなんてろくに使わないところぐらいだろ、据え置きに頼ってるのは。


 律子は想像で反論した。実際の現場など知らない。


 それに対しても、彩子は感情論はない。


 ――例えば、見積書なんかで修正点を打ち込むだけのようなものなら、タブレットが便利なのは間違いないですヨ。でも契約書など、複雑で長いものはどうしてもキーボードが必要になりますネ。また長いだけでなく、契約書だとか重要案件の、いわゆる社外秘とされる書類作成にタブレットとBluetoothキーボードを接続して行う、と言うのはセキュリティ上で重大な問題を抱える事になりますヨ。


 正論といえるだろう。


 だから益々、律子の反発は大きくなっていく。


 ――あのね。そういう流出すると困るような文章を作成したり機密系のデータを扱う端末はメーカーに特注して作ってもらうの。据え置きPC!? 青歯!? そんな次元の話してねーし。何を言ってるのかな(笑)


 一から十まで律子が書き込めるのは感情論しかないのだが、彩子は感情論には乗ってこない。


 ――特注するのは、ハードウェアではなくソフトウェアですヨ。データの暗号化と複合化を行う専用のソフトを使うので、それが動くのならば、別に据え置きでもラップトップでもタブレットでも構いません。ただ端末そのものの盗難などがあるため、ただ単にデータ入力するだけでないなら、そう簡単に盗まれたり落としたりしない据え置きが向くという話です。覗き込まれて情報流出と言うのもありますからネ。


 ――明らかにおかしなことを言ってるからね。そこを正して何が悪いの? なんだか知ったかぶってるみたいだからさ(笑)端末なんて言い方をしたのはね、もはやPCなんて呼べる代物じゃないからなの。見た目は船の操舵室の操舵盤みたいに馬鹿デカいの、見た事ないんだろ? こんな事に必死になる前に、まずは本業のほうでしっかりお勉強して、お出世して、然るべきポジションにつけるように頑張ったらどうなのかな~?


 律子が終始、煽る。


 しかし、ここまで話をすれば、彩子の方が支持された。


 ――ついてる人だから書き込めてるんだろ。と言うか、こいつはなんでここまでスマホを愛してるの?


 そんな第三者からの書き込みは、余計に律子の煽りを呼ぶ。


 ――いや、なんだかムキになってるみたいだから、もうコミュニケーションなんて成立しないだろうし、重箱の隅を突いて、得意げにドヤ顔したいだけだろ? 話し相手になるとは思えないね。適度に煽って弄んで差し上げるぐらいが相応しいと思うwwwwww


 やはり煽るだけの律子は支持など得られるはずもなく、


 ――なんかゴタゴタと論争になってっけど、要するにパソコンを持ち運びする必要がなければ、タブレットやスマホは不要?


 もう誰も律子の意見など求めていない。


 ――それでいいと思いますヨ。自分のしたい事、しなればいけない事を満たせる機能があるか、という点が問題ですから。


 彩子の言葉は、これで締められた。


 ――タブレットを使いこなせない人が保障したところでwwwwww


 律子の煽りも同様に。


「よくやり合いましたね……」


 自分なら途中で投げている所だ、と孝代は渋い顔。


「建設的な意見が出てこないから苦痛だったヨ、確かにネ。だけど、役に立つ時が来たんダヨ」


 彩子の顔に渋い表情はなく、ただ律子の復讐によって恐慌に陥った掲示板へ向けられる目に輝きが宿っているだけ。


「ここで、流れを無視した書き込みが来たら、続木律子は激怒すると思わないカナ?}


 自らを囮として、律子をここ――皆生かいきホテルへ呼び寄せる算段を立てたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る