第26話「師弟は目指す。黄泉比良坂」

 時男ときおの調査は、続木つづき律子のりこを掘り下げる事だった。


 手帳を彩子はが読み上げる。


「小学校まで追っているネ。市立松嶋まつしま小学校」


 高校は兎も角、公立の小中学校など全てを頭に入れていられない彩子あやこであるが、その名前だけは頭にあった。



 兎に角、特徴的な卒業生が目立つというのが、その理由である。



 義務教育には「最低限、ここまでは」という基準がある。四則演算や漢字の読み書き、科学的知識など、全て平準化するが故に、特徴的な、更にいうならば尖った教育にはならない。


 その結果、高校へ送り出される均一化された・・・・・・少年、少女の是非については兎も角、それをある意味で一点突破した小学校である事を、彩子は記憶していた。


の教頭がいたんだったネ」


 彩子は目を細め、顔を顰める事で嫌悪感を表した。


「教頭……たに 孝司こうじは、実に巧妙な方法でクラスの意識統一をする教師でネ。この松嶋小学校に教頭として赴任する前の小学校で大成功して、教頭に出世したんだヨ」


 彩子がアクセントを置いた「巧妙な」という一言に、孝代は軽く身を乗り出す。


「それは?」


 孝代にはどうにも、彩子のいう「巧妙」とは、いい意味を持っていないと感じる。


「子供の意思統一、団結というのは難しい。子供には無限の可能性があり、その可能性こそが唯一無二の価値というのなら、実は子供たちには皆、平等に価値がないという事になるからネ」


「いや……それは……」


 孝代も鼻白んでしまうのだが、彩子は「事実ダヨ」と鼻を強く鳴らした。


「人気者になるのは精々、かけっこが得意な子供カナ? 世界レベルには程遠いし、10万円も出せば買える中古の原付・・・・・にも勝てないけど」


「それは仕方ないでしょう?」


「その反応だヨ」


 孝代の反論に、彩子はカッカと笑った。


「色んな子供がいるけれど、運動も勉強も、大人に比べれば大した事ないのサ。つまり純粋に、その一点だけ比べれば価値はナイ。けど価値を見出す事、競争に勝つ事は子供が持つ本能だヨ」


 彩子はフーッと深く溜息を吐き、宙に視線を彷徨さまよわせる。


「競争に勝つために目的意識を持つ事、それを統一する事は重要サ。だけど、これが難しい。テストの平均点を何点にする、合唱コンクールで入賞できるようにする、運動会で勝つ……どれもこれも得意な子供用だから、苦手な子供にとっては苦痛だネ」


 つまり目標を掲げるだけで終わってしまう事が往々にしてある。掲げるだけの目標では、意思統一など望むくもない。


「それを谷センセは逆手に取った」


 ここに彩子の嫌悪感はある。



「目標を達成できなかった時、誰かを叩く事でクラスを団結させたんだヨ」



 無価値と見下せる誰かを作る事によって、自分たちの価値を上げたのだ。


 三文字で表せる、その方法を、孝代は嫌悪感と共に口に出す。


「イジメ……」


 彩子が巧妙・・といった事も、孝代は気付いてしまう。


「教師が中心になって、またクラスが一致団結してしまうと露見しない……」


 これこそ彩子も孝代も懐く嫌悪感の原因であり、この問題が持つ深く複雑な事情である。


 彩子はふんと鼻を鳴らして気を取り直す。


「頭が回ってくれたネ」


 孝代も「当たり前です」という。


「流石に分かります。テストの平均点が下がるのも、運動会で勝てないのも、郵便ポストが赤いのまで、全て一人のせいにして、何も考えずに叩けば凄く気楽に生きていけます」


 孝代の嫌悪感は、吐き気を覚えるくらいだ。


 そして、こんな話が出る事が何を意味しているかも想像できる。


 彩子は読み上げるのではなく、手帳を示した。


「で、杉本サンも調べてくれていたヨ」


 時男の手帳には、続木律子がその一人――いわば生け贄役である事が書き込まれている。


「ブラッディー・メアリーの被害者と、続木律子の関係を調べていく過程で分かったみたいだネ。そしてブラッディー・メアリーは、私たちが阻止した。次に狙うのは……」


 慎重にページを捲っていく先にあるのは……、


「黄泉比良坂?」


 彩子ですら首を傾げさせられた。



***



 時男の死を、リトルウッドと律子は笑いで向かえたが、ベクターフィールドは、とてもそんな気分にはならない。


 ――勝ったと浮かれてはいられないだろう。


 リトルウッドと律子を横目で見ながら、今の状況を楽観視する危うさをベクターフィールドは感じている。


 確かに皆生かいきホテルが持つ切り札であった杉本時男と、時男が振るっていた恐るべきレアメタル製の剣は始末できたが、だからといって「我らに敵なし!」などとは間違ってもいえないはず。


 ――これで皆生ホテル側は本気になってやってくるかも知れないんだぜ?


 だが警戒レベルは寧ろ上がるはずだと思っているのは、ベクターフィールドだけ。


 律子は先程から笑いっぱなし。


「バカなジジイ」


 笑みの下では、時男の醜態を想像している。


「今頃、地獄で苦しんでんだろうなぁ。助けてくれ、助けてくれって泣き叫んでさ」


 リトルウッドの手によって地獄へ落とされ、責め苦を味わっている時男の姿を想像すれば、律子は「笑わない方がおかしい」と思う。


「リトルウッド、どれくらいで発狂すると思う?」


「さァな。俺は、それに耐えられず悪魔になってくれた方が有り難いが」


 こき使ってやるぞというリトルウッドの言葉は、冗談ではない。


「いずれ悪魔になる。拷問される側から、する側に移る。これは絶対だ」


 その言葉と共に、ベクターフィールドへと視線が向けられる。


 ――お前もそうだったな?


 言外に告げるリトルウッドの言葉に、ベクターフィールドから言葉の返答はない。ただベクターフィールドも、心中では首肯する。


 ――そうだ。


 答えたくもないが、本当なのだ。


 ――小4……谷孝司と、先公のいう素晴らしいクラスの仲間。


 ベクターフィールドが思い出すのは、奇しくも自分が律子の先輩である事。


 顔にも態度にも出さず、ベクターフィールドは席を立つ。


「工事の進捗を見てきます」


 その場から立ち去るベクターフィードを、リトルウッドと律子は負け犬が去ったと捉えたはずだ。


 だからベクターフィールドも、廊下に出てから吐き捨てる。


「知るか」


 呟く程度でも、そうでもしなければ苛立ちが抑えきれなかった。


 ベクターフィールドが様子を見に行くといった工事は、今、霊を使って急ピッチで行っている。



 かつて海底トンネルの建設調査のために掘られた調査坑――その発掘だ。



 調査坑へ至るまでのトンネルは緩やかな傾斜。


 ――黄泉比良坂・・・・・


 ベクターフィールドが心中に浮かべた単語はそれだ。


 日本書紀によれば、それ・・は特定の土地を示す言葉ではなく、状態・・を表す言葉であるらしい。

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